第2話 邪神官、弟子を鍛える その2
2日目。
その日も走り込みとなった。
周回数は同じく100周。クインは前日の走り込みでボロボロになった足を引きずりながら挑んだが、途中で脚が動かなくなり、やはり走り切ることはできなかった。
3日目。
当然のように走り込みだった。100周は変わらず達成できなかった。
クインは草の根に足をとられて転び、ひどく足を挫いた上に、大きな擦過傷を負ってしまった。
そして4日目―――…。
「おら、走れ」
授業という名のシゴキ、地獄の走り込みが今日も始まる。だが
「走れねぇっつってんだろ! 見ろよこれ!」
クインの膝も足もボロボロだった。クインの足の裏は皮膚が破れているし、爪は折れた。足指の先も変な色になっている。そして、昨日転んだことで膝を大きく擦りむいており、痛々しい傷が膿んでいた。
「その程度の怪我で走れないわけ?」
「走れねーよ! お前走れんのかよ!?」
「私だったらその傷を魔法で回復させてから走るわね」
「俺、魔法使えるようになる為に走ってんだよなァ!?」
「はいはい、わかったわかった。【治療】~」
緩く、かつ短い詠唱と共に魔力の光がほとばしり、クインの全身を暖かい光が包み込んだ。
光が消え去ると、そこには痛みと傷が消えた足が残る。爪も元通りだった。
「ま、マジか…。治った…」
「おら、走れ」
「くそ…!」
そうして、クインが走れなくなれば魔法で治療し、クインの体力が尽きるまで100周を目指して走る、という授業ならぬ”修行”は、それから一週間続いた。
一週間と4日、約10日間走り続けて、彼も学ぶところがあった。
100周走れというリピューテリアの"課題"は、徹頭徹尾全力でこなす必要はないと、彼は気づいたのだ。
日暮れまでという時間制限はあるものの、疲れ切って足を止めてしまえば、そこで疲労の波に追いつかれ、その日の走り込みは終わる。気持ちは続けて走ろうとも、身体が悲鳴をあげてそれを拒否してしまう。
ならば、最初から”日暮れまでに”100周走りきることが可能なペースで走り通せばいい。リピューテリアにおちょくられたとしても、そこで熱くなってスピードを速めることをしてはならない。亀のように遅くたっていい。しっかりと体力を温存して走りさえすれば、100周は走りきれる。
それと、走るコース、これにも問題があった。
木の根が出ている場所、草木の濃い場所、足場が見えづらい場所を確認する。そして、転倒の原因に成りうる小石や朽木を除去し、転倒リタイアするリスクを減らす。草木を抜いて、地面の凹凸を均し、走るべき道を作る。
ただ走る為に、こんな小細工までしなくちゃならないのか、と彼は思わなくもなかった。しかし彼は、100周も走れないのかと、ため息混じりに言うあの女の驚く顔を見たくて、その一心で策を弄する。
明日こそはやり遂げてやる…と、草を抜いた。
そして、その翌日――
「っしゃあッ!!!!」
「おー? 終わった?」
汗だくの姿のまま、地面に膝を付き、天を仰いで拳を突き出しているクインに、リピューテリアはパチパチと乾いた拍手を送った。
太陽はまだ暮れていない。まだ、西の端に輝いている。
「もうちょっとかかるかと思ったけど、やるじゃん」
「見たかよ! これが俺の実力だ!」
「ええ、見直したわ」
リピューテリアは素直に称賛した。
「アンタが弛まぬ努力をしていたのは見ていた。道を均して、障害を取り除いてるのもね。そう、あんな場所じゃ禄に走れないもの。道を作ることは走り切るために必要なことだったわ」
「なっ!? 見てたのかよ!?」
「それに、良く気づいたわね。”それが可能なペースで走る”ってこと。もっと馬鹿だと思ってたわ」
「んだと!?」
「この廃墟だって、決して小さいわけじゃない。それを100周なんて結構な距離よ? 大体、ハーフマラソンくらいの距離ね」
「ハーフマラソンってなんだよ…」
「そういう競技があんのよ! ともかく、普通の奴が何も考えず走ったって、走りきれるわけじゃないわ。足も肺も持たない。だからアンタはそれができるように”手加減”して走ったんでしょ?」
「…悪いかよ」
「悪くないわよ。褒めてんのよ。世の中にはね、それが出来ない奴もいる。別にそれが悪いってわけじゃないわ。常に全力全開で挑む必要がある場面だってあるんだからね。でも、これが違う。アンタはそこんところが判別できたってことでしょ?」
「………」
「次があれば、一発で見抜きなさいよ。それが長生きのコツよ。可能なら、適度に手を抜きなさい。全力を尽くして何も達せられずに倒れるのではなく、達せられるように頭を使って足掻け、ってこと」
「ちっ、何を偉そうに…」
「まぁ! 態度が悪い生徒ね…!」
「で? 100周走ったぞ! 次はどうすんだ!?」
「腕立て伏せと上体起こしと、それからスクワット。それぞれ200回ね」
「はぁ!?」
「さぁ、まだ日暮れまで少しは時間あるわよ! 始めっ!」
「ふっざけんな! 何だよこれ! 魔法とどう関係するんだよ!? 腕立ては明らかに魔法と無関係だろうが!」
「関係あるからやれっていってんでしょーが!」
「マジでどんな関係があるのかちゃんと説明しろって!」
そう文句を垂れつつも、クインは腕立て伏せの姿勢を取り、律儀に腕立て伏せを始めた。足も腕も、100周の疲労でガタガタだったが、泣きを見せるわけにも行かず、結局彼はその後、腕立て100回まで頑張って力尽きた。
こうして、100周の走り込みのあと、基礎的な筋力トレーニングが追加された。
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