全開放! 究極爆裂魔法・尻穴エクスプロージョン!

 駅事務所に連行された私はかなり焦っていた。シリアナのHP減少速度が思ったよりも速かったからだ。

 今、駅長と思われる男が痴漢被害者と話をしている。


「つまり首筋にハアハアと息を吹きかけられた、ということですか」

「そうなの、すごく気持ち悪かったわ。あと、あたしの背中の辺りで手を動かしたり、膝のあたりでごそごそしたりしていたの」

「なるほど。わかりました」


 普通なら駅事務所で事情聴取などしない。通報された後、問答無用で警官に引き渡され最寄りの警察署へ連行されるだけだ。

 しかし今回は加害者も被害者も男。しかも被害者が身長2mはありそうな大男でありながら女言葉を喋る中年オヤジだったということもあり、通報の前に簡単な質問が行われることになった。


「今の話、聞いていたでしょう。本当なんですか」

「悪いがその前にトイレに行かせてくれないか。ずっと我慢しているのだ。このままでは満足に話もできぬ」

「そう言ってトイレから逃げるつもりなんでしょう。できません。それよりも今の話は事実なんですか」

「事実だ。それは認める。だが理由がある、はうっ!」


 猛烈な腹痛が私を襲った。痴漢に間違えられたという心理的負担が内臓にも影響を与えているようだ。


「理由とは何ですか」

「腹痛だ。車内では必死に便意をこらえていたのだ。今もそうだ。あうっ! 頼む。トイレに、トイレに行かせ、ぐふっ!」


 私は立ったまま受け答えをしていた。守護女神シリアナ召喚中は常に足を交差させていなければならないからだ。


「下手な演技は止めてください。先日もトイレの窓から逃げたヤツがいるんですよ。で、息を首筋に吹きかけた理由は?」

「痛みが激しくて呼吸が荒くなっただけだ。それがたまたまあの男の首筋に当たったのだろう。あうっ! 故意に吹きかけたわけじゃない」

「背中のあたりや膝のあたりでごそごそしていた理由は?」

「腹と膝にある下痢止めのツボを押していたんだ。これはかなり効いた。くうううー」

「ふむ、理屈は通っていますね。容疑者はこう言っていますがあなたはどう思われますか」

「ウソよ、絶対ウソ。あたしの豊満なムチムチボディを見て、触らずにいられる男なんてこの世に存在するはずがないもの」

「……」


 駅長が言葉を失っている。このおっさん、怪し過ぎるだろう。


 ――ギュルルル。


 まずい。シリアナの力が衰えるに従って腹痛もひどくなり始めた。息が乱れる。


「はあはあ。お願いだ、トイレに、トイレに行かせてくれ」

「ですからそれは無理だと言っているでしょう。少し黙っていてください。で、あなたは先ほど容疑者がごそごそしていたと言われましたが、背中と膝を撫でられたのですか」

「ううん。まだ撫でられてないわよ。でも撫でようとしていたのは確かね」

「つまり実際の被害は首筋に息が当たった、それだけなのですね」

「ま、まあそういうことになるかしら」

「……」


 駅長が苦虫を噛み潰したような顔をしている。この調子なら私の無実もすぐ明らかになるだろう。それよりも腹痛だ。


「くく、はうう、トイレ、トイレに」

「幼児でもあるまいしもう少し我慢できるでしょう。さて、それで結局あなたはこの容疑者をどうしたいのです。警察に引き渡したいのですか」

「あたしもそこまで鬼じゃないわ。警察は呼ばなくてもいいわよ。でも罰は必要ね。あたしを撫でようとした仕返しにあたしもこの人のお腹や膝を撫でるってのはどうかしら。あ、お腹っていうのはもちろん下腹部よ」


 こ、こいつ、どこまで変態なんだ。ああ、もう限界だ。シリアナのHPはすでに一桁になっている。苦しい、苦し過ぎる。


「トイレ、トイレ、便器に座らせて」

「ああもう、しつこいですね。いい加減にしないと怒りますよ」


 頭がぼんやりとしてきた。苦しい。どうしてこんなに苦しいんだ。必ず出るものを出さないでいるのは無理だ。無理なことをしているから苦しいんだ。漱石の猫は溺れながら達観した。達観して不可思議の太平を得た。私も達観しよう。もう出してしまえばいいじゃないか。シリアナの召喚を解除してしまえばいいじゃないか。無為自然な状態に戻ってしまえば苦しみはないのだから。


「あはは。そうだよね。もう苦しむのはやめちゃおう。いいんだね。この事務所が魔族だらけになってもいいんだね。あはあは。あはあは。ここでやっちゃうよ。ズボンとパンツを脱いでもいい?」


 ベルトを緩める。駅長が慌てて止めた。


「ま、待ってください。わかりました。トイレに行くことを許可します。おーい、誰かこの人をトイレに連れて行ってくれ」

「ほら、来い」


 若い駅員に腕をつかまれた。歩く。足を交互に交差させながら歩いているので遅々として進まぬ。


「おい、どうしてモデルウォークなんかしているんだ」

「守護女神シリアナを召喚中だからなんだよ。あふっ! 大殿筋からパワーを供給し続けなければ、くふっ! シリアナのHPはたちまち尽きちゃうんだあ」

「ふーん」


 その駅員は二度と口を開かなかった。頭が真っ白だ。私の言葉遣いが幼児化しているような気がするが気のせいだろう。もう何もわからない。どこを歩いているのかも自分が何をしているのかもわからない。感じるのは激烈な腹痛と強烈な便意と減少していくシリアナのHPだけ。それもやがて0になる。その時、私は終わるのだ。短い人生だったが悔いはない。意識が遠のく。何も聞こえない。何も思い出せない。私とは何者なのだ。何をしているのだ。ここはどこだろう、ここは、ここは……


「べ、便器!」


 瞬時にして私の意識が覚醒した。目の前には温水洗浄便座を装備した洋式トイレが鎮座している。いつの間にか私は安息の地に到達していたのだ。


「勝てる、これで勝てる!」


 勝利を確信した私はズボンのベルトを緩めた。現在のシリアナのHPは1。ギリギリで間に合った。


「感謝する守護女神シリアナよ。おかげで私は勝利を手にすることができる」


 下半身を丸出しにして大殿筋から力を抜いた。シリアナの召喚が解除され私の尻穴は完全に無防備状態になった。だが大丈夫だ。なぜなら私は安息の地にいるのだから。今こそシリアナの最大奥義を使う時だ。私は叫んだ。


「全開放! 究極爆裂魔法・尻穴エクスプロージョン!」


 ――どごごおおおーん!


 ……

 ……

 ああ、

 終わった。戦いは終わったのだ。

 勝利の快感が私の全身を貫き、甘美な余韻を味わいながら私の尻穴は喜びに打ち震えている。

 尻穴から聞こえてくるぷっぷっぷっという小刻みな音。

 これは魔族が暴れる音ではない。シリアナが残していった軽騎兵が奏でる祝福のファンファーレだ。

 褒めたたえよ、私の勝利を。崇めよ、私の栄光を。

 歓喜の声に包まれた私は時が過ぎるのを忘れて便器に座り続けた。



「待たせたな。あれ、誰もいない」


 ドアの外で待っているはずの若い駅員の姿がない。おかしいなと思いながら駅事務所へ戻ると怪しいおっさんの姿もなかった。


「出すもの出して気分爽快だ。さあ、事情聴取の続きをしようではないか」

「ああ、その必要はありません。あなたの言い分が正しいと判明しましたから。帰ってもらって結構です」

「ほう。それはありがたい」

「それにしても凄い音でしたね。何かが爆発したのかと思いましたよ。見てください、窓ガラスにヒビが入ってしまいました」

「究極爆裂魔法だからな。では失礼する」


 事務所を出て時刻を確認する。完全に遅刻だ。入社して初めての失態か。悔しいが仕方あるまい。取り敢えず会社に連絡しておこう。

 胸ポケットからスマホを取り出すとメッセージが届いていた。サキュ美からだ。


『ご苦労さま』

「ご苦労さま」


 メッセージの確認と同時に声が聞こえてきた。顔を上げるとサキュ美と先ほどの変態大男おっさんが並んで立っている。


「君たち、仲間だったのか」

「そうよ。驚いた」


 そう言ったのはおっさんのほうである。サキュ美は冷酷な笑みを浮かべてこちらを眺めている。


「どういうつもりだ。なぜこんなことを企んだ」

「あなた、目立ち過ぎなのよ」


 今度はサキュ美が答えた。


「目立ち過ぎ?」

「そうよ。出る杭は打たれるって諺知らないの? あなた新入社員なのでしょう。それなのに会社の中ではずいぶんと我が物顔で振る舞っているそうじゃない。それでお灸を据えられたってわけ」


 そうか。会社のやつらにハメられたのか。くそっ、これほどまでに卑劣な手段を使ってくるなんて陰険にもほどがある。


「じゃあ君たちも社員なのか」

「違うわ。あたしたちは雇われただけ。本当は車内で盛大にお漏らしするあなたの姿をネットに晒して大恥をかかせるのが目的だったのだけど大失敗。成功報酬は大幅に減額よ。でも最低ラインの初遅刻はクリアできたから良しとするわ」

「金さえ貰えばこんなえげつないことも平気で実行に移せるのか。君たちは最低だな」

「悔しかったらあなたもあたしたちを雇えばいいじゃない。こんなことされて黙っているあなたじゃないでしょう」


 サキュ美の瞳が妖しく光る。ふっ、わずか2日間の付き合いで私の性格をよくも見抜けたものだ。褒めてやろう。


「無駄話はこの辺にしておこう。失敬」

「その気になったらいつでも連絡して。待ってるわ」


 サキュ美の声に見送られて駅舎を出る。ここからは電車ではなくタクシーで行こう。遅刻したのでタクシーで来たと言えば文句を言われることもないだろう。


「うむ、いい天気だ。快便の後の快晴ほど気分のよいものはないな」


 清々しい朝の空気を思いっ切り吸い込む。黒幕の目星は付いている。もちろんこのまま終わる私ではない。私が受けた以上の屈辱を与えてやらねば気が済まぬ。


「今に見ているがいい。はっはっは」


 青空に向かって大声で笑った。私の戦いは今始まったばかりなのだ。

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満員電車で猛烈な便意を耐え続けるエリートサラリーマンが「先生、トレイに行ってもいいですか」と言いそうになってからが地獄 沢田和早 @123456789

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