ポンコツ女騎士、魔王の召喚せしカップ麺に遭遇す
BUILD
第1話
聖騎士、それは最強の騎士にのみ与えられる称号。
若くして聖騎士の称号を得たチャロリス・デュラントデイルは、なんやかんやあって復活した魔王の討伐に向かった。
しかし復活の地に向かったチャロリスが目にしたのは、荘厳な邸宅と似つかわしくない幼き少女。
魔王の証である銀の髪を蓄えた彼女は、伝説からかけ離れた純粋な性格に困惑するチャロリスであったが、苦悩の果て、使命と世界の安寧のため彼女へ、代々受け継がれし不滅の聖剣を振り下ろす。
が、
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.
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ある日のことだ。
外は雪が吹き荒れる中、暖炉の前でゴロゴロと寝転がり、魔王の召喚した
「魔王、お腹が空いたぞ」
すっかり牙は抜かれ切った聖騎士は、恥もなく自分より頭二つほど小さな少女へ甘えだす。
彼女が王国の剣となると誓ったかの日はもはや遠い昔、なまくらを通り越し錆びついてしまっていた。
ベッドの上でぬいぐるみに包まれ
魔王とて食事が嫌いではない、むしろ積極的に様々な物を口にする人並み以上の好奇心を持ち合わせている。
しかし今日の魔王は漫画の続きに後ろ髪を引かれていた。
「じゃ簡単に」
「な、なんだこの原色に近く悍ましい物体は……!?」
チャロリスは恐怖した。
魔王がどこからか召喚し目の前に差し出したのは、半球体状で赤と緑色をした謎の物体。
自然界に置いて赤や緑というのはありふれている物であるが、しかしそれらの色を持つ物は、目を凝らせば近しくはあっても無数の色を内包している。
これほどまでに一色で塗りつぶされている、というのは滅多に見ない。
この瞬間、チャロリスの七割ほど腐りかけていた警戒心の錆が剥がれ落ち、目に光が灯った。
「ちょろりん食べないの?」
「やめろっ! 触るな! 危険なものかもしれん!」
――そういえば以前聞いたことがある。異世界の物の中に似た形をしており、触れることで起爆し人の手足を吹き飛ばす爆弾があったと。
それは決して、その大きさではその程度の威力しか出せないわけではない。
むしろ逆、敢えて威力を抑えることによって人を殺さぬようにし、その救助等で戦力を削ることを目的にしている兵器。
強力であり無慈悲な性能から、王国では限られた人間しか閲覧を許されていない文書にのみ存在が記されている。
情報を怠惰に浸った脳の奥底から引き出したチャロリスは、さながら背後にキュウリを置かれた猫の如く凄まじい跳躍、頭上のシャンデリアへと抱き着いて叫んだ。
「間違いないッ! それは『地雷』だッ!」
「そうなんだ」
ペリペリ
しかしチャロリスの警告は届かず、魔王の手によって開封される赤と緑の謎の物体。
「まっ、まおおおおおお!?」
瞬間、チャロリスの脳裏に電撃が走った。。
恐怖と戦い勇気で奮い立ちこの屋敷へ足を踏み入れたあの日、魔王という名ばかりで無垢な少女であると気付いたあの日、魔王の召喚する漫画の面白さに気付いたあの日、魔王が召喚する食事のうまさに絆された日々、ポテチとジュースを飲みながら漫画を読んで暖炉の前でゴロゴロする日々。
煌めきと喜びに満ちた過去がいくつもの絵となり、まるでスローモーションのようにチャロリスの脳裏を駆け抜けた。
成人の手足を千切り取る程度の兵器と言えど、幼き少女がその影響を直に受けてしまえば、命が刈り取られかねないのは想像に難くない。
輝く雫がチャロリスの頬を伝う。
「うそだ……魔王……まおおおおおっ! 返事をしてくれ魔王! 私はまだ君の名前すら……っ!」
「何言ってるの?」
彼女が一人なんか涙を流している一方、魔王はカップ麺にお湯を注いでいた。
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「良い匂いがするな!」
「うん。出来るまで少し待ってね」
涙を魔王が召喚した蒸しタオルで拭いた後、チャロリスはフォークを握りしめて満面の笑みを浮かべていた。
じゃぼじゃぼとお湯を注いだ瞬間溢れ出した芳しい香り。
一瞬だけ見えた内側のスープは琥珀のような色であり、かつて何度か口にしたコンソメスープを思わせる。
「ちょろりんは赤いきつねと緑のたぬきどっちがいい?」
「赤いきつねは分かるが……タヌキとは一体何者だ?」
名前の通り緑の方がタヌキ、赤い方がきつねなのだということは彼女にも理解できた。
しかしながらその名前にぴんと来ない、『タヌキ』なる生き物に聞き覚えが無かったからだ。
チャロリスが知らないのも無理はない。
たぬきは実のところ地球でも日本を含む極東にのみ生息しており、結構珍しい生物であった。
その珍しさたるや、日本ではあちこちに見られるあのたぬきを、世界に数千匹しかいないコビトカバとトレードした事実もあるほどだ。
とんでもないぼったくりである。
「たぬきは……えーっと、目の周りが黒くて、なんかきんたまが大きくて……」
かつて垣間見た信楽焼のイメージでたぬきを語る魔王。
しかし悲しいかな、信楽焼の狸はほとんどが誇張、或いは虚構から生まれた姿であり、本来のたぬきの容貌からは大きくかけ離れていた。
しかし魔王の説明を聞いた瞬間、チャロリスの頬が赤いきつねのパッケージ以上に紅く染まる。
「きっ、きん……!?」
「どしたの?」
「話を聞くにたぬきって……なんかちょっと……えっちじゃないか……?」
「なにが? そろそろできたよ、食べよ?」
「……うん」
もじもじとしながら、魔王に促されるまま目の前へ置かれた緑のたぬき……の奥にあった赤いきつねへ手を伸ばすチャロリス。
彼女は脳内に植え付けられたたぬきの間違ったイメージから、もはや緑のたぬきへ全く食指が動かなかったのだ。
とんでもない緑のたぬきへの風評被害である。
しかし赤いふたをぺりぺりと捲ったチャロリスは、再び素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「おい魔王! なんか布切れが入っているんだが!」
「おあげ、おいしいよ?」
「なに? これ食べられるのか……?」
小麦粉のように細かく挽いた木くずをパンに練り込んだものは、チャロリス自身実際に口にしたことがある。
食料の少ない寒冷な村において差し出されたそのパンは、はっきり言って食えたものではなかったが、しかし彼らの笑みと共にたんまり出されたものゆえ目の前で全て平らげた。
慣れぬ身体が悲鳴を上げ、以降数日間体調が悪かった思い出が蘇る。
――あれですらいくらか麦が入っていたが……布そのままを口にするとは……!
にこにこと横で面を啜っている魔王の顔が、チャロリスには初めて本当の魔王に思えた。
暖炉や湯気とはまた別の要因から頬を伝う汗をぬぐい、意を決してフォークを布へ突き出すチャロリス。
思っていたよりも容易く貫通したそれを口元へ近づけ……垂れる汁にハッと気づくと、前へ座る魔王の見よう見まねでカップを持ち上げ、布へと食らいついた。
「あちっ……う、うまい……!」
噛み千切った瞬間溢れた汁に舌を火傷し、暫し口の中で踊らせてから漸くまともに咀嚼へとたどり着く。
想像と異なる柔らかな食感、口の中にしみ出す甘辛く香ばしい汁。
具材こそ麺とおあげなる布だけではあるが、お湯を注ぎ僅かな時間を待っただけで出来たとは決して思えない出来に、チャロリスの顔が緩まる。
暫く自分の前のそれへがっついていた彼女であったが、目ざとく魔王のカップの中身へと気付いた。
「む、なんだか私のと君の食べている物は随分と違うな。それに上に乗っかっている物も、どこかフリッターのようだ」
「ちょろりん、一口たべる?」
「食べる! 君も私のを一口食べるといいぞ」
灰色をした変わった麺と、その上にあった揚げ物を軽くフォークで突き崩し、くるくると巻き取って口へ運ぶチャロリス。
「汁を含んでいてこれも旨い! 赤い所は一層香ばしいし、所々にサクサクしたところが残っていてまた良い! ……ん?」
――はて、緑のたぬきなのに赤いものとは?
「なあ魔王、この赤いのはなんだ?」
「えび」
「えびって……あの、海にいるダンゴムシみたいな奴らだろ……? 足がわしゃわしゃしてる……」
チャロリスは何度目かもわからぬ驚愕を表情へ浮かべた。
見当たらぬ「赤いきつね」「緑のたぬき」とやらは出汁に使われているとして、まさか本で見たエビや布を食べるとは、貴族の生まれながら戦場で様々な物を食べてきたチャロリスには中々衝撃的な出来事であった。
特にエビは本で見たことがあるが、あんなに足が生えていてどう見てもヤバイ生物が、食べてみれば案外旨いとは困ったことだ。
「ごちそうさま」
「今日を生きる食との出会いを神に感謝」
重ねた麺の容器とフォーク、スプーンが魔王の手ぶりと共に虚空へ消え去る。
満足げに息を漏らしベットへのんびり戻った魔王であったが、彼女の目の前を影が遮った。
チャロリスだ。
妙に自信が満ちた顔、大きな胸を張り、ラフな格好に身を包んで腕を組んでいる。
「なあ魔王、今から海にえび取りに行かないか? 凄い気に入ったんだが、もっといっぱい食べたい。後おあげという旨い布も織りに行こう! それと出汁を取るために狐と……タヌキとやらも狩りに行こう!」
「いかない、漫画見る」
「何故だっ!?」
今日も魔王邸は比較的平穏であった。
ポンコツ女騎士、魔王の召喚せしカップ麺に遭遇す BUILD @IXAbetasmash
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