エンケラドス・サブマリン(2)
凛としたミドリの声に指令室の空気がピリっと引き締まる。
「電子魚雷戦用意。量子計算機、
「量子体積300で用意します」
電信室からの即答。近代の魚雷戦は演算性能の戦いだ。
ミドリが「20秒で同定せよ」と追加指示を送ると、薄暗い指令室で一同息を呑んで続報を待った。
「敵音波受信。変調方式を解析中。
「デコイに入力、急いでっ」ミドリが言い終わらないうちに「諸元入力完了。AUV〈ドロブネ〉
艦橋前方からAUVが静かに離れ、囮音波を発し一直線に敵魚雷へと向かった。
「擬似反射波の送信を確認。敵魚雷、進路変更」
「よしっ」小さく拳を握るツツミ。ミドリが「まだよ――捕らぬ狸の皮算用」とたしなめる。
「敵魚雷、あと20秒で本艦の真上を通過」
ブンブクの声に指令室の全員が丸耳をそばだてた。狐の遠吠えのような敵魚雷のスクリュー音に「いつ聞いてもイヤな音」とミドリ。続いてカチカチという甲高い音が響いた。西側が多用する威嚇音だ。
「フフ。背中に火をつけようってワケ?」
鼻で笑うミドリの横で、気の弱いツツミは海図台に手をつき目を閉じ震えていた。指令室に緊張と安堵が入り混じると、ブンブクが「敵魚雷の進路、予想とズレてます!」と何か異変に気がついた。
「狙いは頭上の氷ね!」ミドリが叫ぶとツツミは狐につままれたような顔をした。
「ダウン40度。急速潜航。20秒で深度500につけ! 冷やしタヌキになりたくないでしょっ!!」
彼女の言葉に一同背筋を凍らせつつ、士気を上げる指令室。機関室にも激が飛ぶ。直立していられないほどに艦が傾くと、ミドリから耐衝撃姿勢の号令がかかった。
「敵魚雷、氷に着弾。3、2、1……」水雷士がヘッドフォンを耳から外す。
ごごんごごごんという重低音と艦をギシギシと
「敵艦はおそらく氷の破片の中でしょう」毅然として言うミドリにブンブクは「化け物め」なんて敵の操艦に最大褒め言葉を送った。
「磁気反応――右舷上方。氷の影です――魚雷発射管、注水音!」
「早い」
「発射! 数は……6!」
水雷士の悲鳴を聞き、ブンブクは苦虫を噛み潰したような顔でミドリを見た。
「狐七化け狸は八化け。化かしあいなら、こっちが上よ! 水雷長、迎撃魚雷よ! 3番4番、発射よーい」
「準備できてます!」
ブンブクがミドリにウインク。
放射状に広がる6本の魚雷が目前に迫っていた。
「打てぇー」
迎撃魚雷は、東側が極秘裏に開発を進めていた新兵器――化かしあいの切り札だ。自律航行し爆発、敵魚雷を無効化する。その衝撃波を避けるべく、とにかく今は回避が必要だ。
「急速潜航っ!! スラスター出力120%! エンジン焼けても急いで!!」
「バーストモードON。スラスター温度上昇」と機関士。
ぐももももっという低い推進音が響く。
「潜れ潜れ潜れぇぇぇええ」ミドリは拳をにぎりしめた。
「迎撃魚雷、爆発まで距離あと300……200……100……」
ガがゴごごごゴぐごゴゴゴゴゴォォォおオオオオオンッ――。
敵艦の破壊音と迎撃魚雷の炸裂音を艦内の誰もが聞き「わぁ」と歓声が上がった。首を傾げている水雷士にミドリは気づいたが、ブンブクが「敵艦、浮上開始」と急かすので、有耶無耶になってしまった。
「本艦も続け。右30度。前進微速」
背後に氷を抱えて逃げ道なく、誤爆する6つの魚雷と迎撃魚雷からの強い衝撃波を浴びながら未だ航行可能とは、敵ながらあっぱれだとミドリは思った。
氷の上に突き出した艦橋から宇宙服のミドリが顔を出すと、横並びになった敵艦の艦橋から三角耳の女艦長が手を振っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます