禎宇の驚愕 その2


 部屋の奥の長椅子。そこに半ば身を横たえたうら若い宮女と、彼女の肩を掴んで覆いかぶさる美貌の主の姿だった。


 ――どう見ても、珖璉が宮女を押し倒しているようにしか見えない。


「こ、ここここ珖璉様っ!? これはいったい……っ!?」


 驚愕に声がかすれる。


 自分の目が見たものが信じられない。


 掌服に宮女達が言っていたように、これは夢だ。きっと《幻視蟲》でたちの悪い幻を見せられているに違いない。


 いったいこの宮女は何者か。


 そして、なぜ珖璉が吐息がかかりそうなほど、覆いかぶさっているのか。


 身体は凍りついたように動かないのに、何とか状況を理解しようと、目だけが珖璉と宮女の間をせわしなく往復する。


「落ち着け禎宇。此奴こやつを問いただしていただけだ」


 そんな禎宇の心をわずかに現実に引き戻したのは、そっけない珖璉の声だった。


 だが、珖璉の黒曜石の瞳は、禎宇を振り返るどころか、長椅子の上で凍りついている宮女を見据えたままだ。


 威圧感に満ちた珖璉の声と、よく見ればかたかたと震えている宮女の様子に、禎宇はようやく違和感を抱く。


 どう見てもこれは、甘やかな雰囲気とはほど遠い。むしろ、尋問だ。


「いい加減、答えてもらおうか。お前はわたしを見て『銀の光』と申したな。――い

ったい、わたしの何を見た?」


「申し上げた通り、銀の光を見ただけです! 私、昔からときどき人が色を纏っているのが見えるんです。それで珖璉様の銀の光が見えただけで……っ! 他には何も一切見ていません!」


 珖璉の詰問に、宮女が必死に抗弁する。震えながら訴える様は、哀れさを誘うほどだ。


 状況が掴めぬまま、禎宇が二人のやりとりを見守っていると、珖璉がようやく宮女の肩を放して身を起こした。宮女が逃げるように長椅子から下り、床に正座する。


「珖璉様、これは?」


 ようやく口を挟む隙を見つけた禎宇は、わけがわからぬまま、珖璉に問いかけた。


「おそらく此奴は《見気の瞳》の持ち主だ」


 禎宇自身は《蟲招術》を扱える術師ではないが、身近に珖璉や、筆頭宮廷術師である泂淵けいえんがいるので、多少の知識はある。


 確か、非常に希少な能力だったはずだ。


「見気の、瞳……?」


 一方、告げられた宮女のほうは、《見気の瞳》が何か知らないのか、きょとんとした表情だ。


 と、不意に、くーきゅるきゅるきゅる、と緊迫感をぶち壊す可愛らしい音が鳴った。


「ひゃっ」


 宮女があわてた様子で腹を押さえるが、音はかまわず鳴り続ける。


 今までの緊迫感をぶち壊し霧散させる音に、禎宇は思わず、ぶはっと吹き出した。


「す、すみません……」


 宮女が愛らしい顔を真っ赤にして詫びるが、おなかはくーくーと鳴ったままだ。


「こ、珖璉様、ひとまず食事になさいませんか? ぶくくっ、こうもお腹が鳴っていては、その宮女も落ち着いて話ができぬでしょう」


 笑っては悪いと思いつつも、一度つぼに入ってしまった禎宇の笑いは止まらない。


『禎宇さんって、見た目に反して笑い上戸ですよね……』


 と、ともに珖璉に仕える身である隠密の少年・さくに何度か呆れられたことがあるが、こればかりは性分なので仕方がない。


 禎宇の提言に、珖璉が仕方なさそうに吐息する。


「確かに、いろいろと説明も必要そうだ。先に食事にするか」


「かしこまりました」


 恭しく頷いた途端、宮女のお腹がひときわ大きな音を立てて鳴った。


 どうやら、「食事」という単語に反応したらしい。


 真っ赤な顔で泣きそうになっている若い宮女を、何と言って慰めようかと考えていると、


「あのっ、私にも支度を手伝わせてくださいっ!」


 と宮女のほうから申し出があった。


 支度を待っているより、動いているほうが気持ちがまぎれるかもしれないと、禎宇がすぐさま了承すると、宮女の愛らしい顔がほっとしたようにゆるんだ。



 その後、鈴花と名乗った宮女の面倒を禎宇は見ることになるのだが。


 数日後、珖璉が鈴花を長椅子に押し倒していたことが可愛く思えるほど、信じられない光景を目にすることを、この時の禎宇はまだ知らなかった……。


                              おわり



~作者より~


和久田若田先生による『迷子宮女は龍の御子のお気に入り』のコミカライズ第1巻が、26日(水)に発売となりました~!ヾ(*´∀`*)ノ


禎宇が衝撃を受けるシーンもばっちり1巻に収録されております!(≧▽≦)


そして、それ以上に禎宇が驚愕するシーンも……っ!


鈴花は可愛く、珖璉様は麗しく、妃嬪達はあでやかに。本当に素敵にお描きいただいておりますので、ぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです~!(深々)


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