菖花の見送り その6
「な、ななななななにをなさるんですかっ⁉」
「泣いているお前も愛らしくて、慰めたくなった」
ちゅ、ちゅ、とくちづけを落とす合間に珖璉が笑んだ声で告げる。が、いったいどこからどう突っ込めばよいのか。
「わ、私なんかが愛らしいわけが……っ! というか、どうしてく、くちづけなさるんですか!?」
「うん? では、頬より口のほうがよいか?」
言うと同時に、くいと
「っ!?」
息を呑み、反射的にぎゅっと固く目を閉じる。
珖璉の熱がうつったように、ただでさえ熱かった頬がさらに熱を持つ。
くちづけをされたのなんて、昨日、『昇龍の儀』が終わった後以来だ。いや、《見気の瞳》の力を失った時にもされたが、あれは、《毒蟲》を飲まされた鈴花を治すという目的があったからだ。
不意に、昨日、『お前が好きだ』と告げられた声の熱さを思い出す。
ということは、このくちづけは治癒目的などではなく……。
「鈴花っ!?」
突然、かくん、と膝からくずれおちた鈴花を、珖璉があわてた声を上げて抱きとめる。
「どうした!?」
「こ、ここここ……っ」
地面に膝がつく寸前で抱きとめられた鈴花は、銀の光に包まれた端麗な面輪を見上げ、震える声を洩らした。
「こ、珖璉様とくちづけしているんだと思った瞬間、気が遠くなってしまって……っ」
「気が遠く……?」
「だ、だって、まるで夢か幻みたいで……っ」
身体に回された珖璉の力強い腕がなかったら、完全に夢だと思っていたところだ。
鈴花の言葉を聞いた珖璉が、ふはっと吹き出す。かと思うと。
「ひゃあっ!?」
横抱きに抱き上げられ、鈴花は悲鳴を上げた。
「幻などではないと、昨日も言っただろう?」
鈴花の顔を覗き込んだ珖璉が悪戯っぽく笑う。
「昨日のように、現実だとお前が納得してくれるまで、くちづけようか?」
「っ!? だ、大丈夫ですっ! 幻なんかじゃないとわかっておりますっ!」
こんなに鮮明で力強い幻があるはずがない。
「あのっ、下ろしてくださいっ!」
足をばたつかせて懇願すると、あっさりと地面に下ろされた。だが、ほっとする間もなく、「こちらを向け」とぐいと腕を引かれたかと思うと、絹の手巾で顔をぬぐわれる。
「大丈夫ですっ! 自分で……っ!」
鈴花の抵抗など気にも留めずに涙をふきとった珖璉が、「よし」と満足そうな笑みを浮かべる。
「ひとまず、涙は止まったようだな」
「へ? た、確かに言われてみれば……っ」
言われてみれば、いつの間にか涙が止まっている。きっと、
「あ、ありがとうございます……」
珖璉が驚くような行動をとったのは、涙を止めるためだったのだろう。もごもごと礼を口にすると、珖璉が安堵したように表情を緩ませた。
「よかった……。泣いているお前も愛らしいが……。やはり、笑顔のほうがさらに愛らしいからな」
「あ、愛……っ!? こ、珖璉様! もう涙は止まりましたから! ご冗談は結構です!」
輝くような笑みで言われた言葉に反射的に反論する。いや、銀の光を纏っているので、実際に輝いているのだが。
まばゆくてくらくらしそうになるのを、必死で耐えていると、珖璉が形良い眉をひそめた。
「冗談などで、愛らしいというものか」
不機嫌そうに告げた珖璉が、鈴花の腕を引いてふたたび抱き寄せる。
「わたしの言葉は信じてもらえぬのか?」
耳元で囁かれた言葉に、一瞬で頬が熱くなる。
「と、とんでもないですっ! 珖璉様の言葉を疑うなんて、そんな……っ!」
ふるふると必死でかぶりを振ると、くすりと珖璉が笑む気配がした。
「ならばよい。信じてもらえぬのなら、昨日のように信じてくれるまでくちづけねばならんからな」
「っ!? こ、珖璉様は私の心臓を壊す気ですか!?」
昨日みたいなことをされたら、今度こそ心臓が壊れてしまう。
本気で心配して言ったのに、なぜか珖璉に吹き出された。
「昨日も似たようなことを言っておったな。そうか。そんなに心臓に負担がかかるのか。……つまり、それだけわたしを意識してくれているということか」
なぜ珖璉はこんなに嬉しそうなのだろう。不思議に思いながらも、鈴花はこくこく頷く。
「あ、当たり前です……っ! だって、珖璉様みたいな見目麗しくて素敵な殿方とその……っ!」
告げた途端、見惚れずにはいられない甘い微笑みが端麗な美貌に浮かぶ。
「今まで容貌を褒められても、特に嬉しくも何とも思わなかったが……。お前に言われると格別だな」
その言葉に、前に珖璉の容貌を
今の珖璉は、あの時と同一人物とは思えないほど上機嫌だ。
「お前の心がわたしで占められているかと思うと嬉しくて……。もっと、わたしだけで埋めたくなる」
とんでもないことを甘やかな笑みで告げた珖璉が、くい、と鈴花の顎を持ち上げる。
「可愛くて愛おしい……。わたしの鈴花」
甘やかな囁きとともに、端麗な面輪が下りてくる。
目を閉じた鈴花の唇をあたたかな珖璉のそれがふさぐ。
身も心も、融かすような優しいくちづけ。
鈴花の息が苦しくなるより早く、そっと珖璉が面輪を離す。
いったい、自分はどうなってしまったのだろう。
鈴花は戸惑いに泣きたい気持ちになる。
自分のことなのに、自分の気持ちがわからない。
ぱくぱくと壊れそうなほど心臓が騒いでいるのに、同時に、珖璉のあたたかさが離れてほしくないとも思ってしまう。
「こ、珖璉様……っ」
自分の感情が掴めぬまま、鈴花は
「わ、私、どうしちゃったんでしょう……っ!? さっきまで、姉さんと別れてあんなに寂しかったのに……っ! なのに、今はもう、珖璉様のことだけで頭がいっぱいになって、くらくらして気が遠くなりそうなんですけれど――、っ!?」
告げた瞬間、息が詰まるほど強く抱きしめられる。
「まったくお前は……っ! 言動には気をつけよと、昨日言ったばかりだろう? これほど愛らしすぎることを言われては……。お前の心臓より先に、わたしの理性の
鈴花にはよくわからぬ呟きをこぼした珖璉が、ふたたびくちづけを落とす。
何かをこらえているような、先ほどよりも深いくちづけ。
珖璉の熱と香の薫りに、身体がとろりとほどけてしまうのではないかと不安になる。
ばくばくどきどきと高鳴る鼓動がおさまらない。
掌服から珖璉の元へ戻ってこれたのは、涙がこぼれそうなほど嬉しい。けれど。
このままでは、そのうち本気で心臓が壊れてしまうのではないかと、鈴花は今後の自分が、本気で心配になった。
おわり
~作者よりお礼~
おまけにもおつきあいいただきまして、本当にありがとうございます~っ!(深々)
鈴花や珖璉様達を書くのが楽しくて、書いているうちについつい長くなってしまいました~!( *´艸`)
書籍版では改稿により変わっている部分があるほか、番外編として、『昇龍の儀』から三日後(このおまけからは二日後)の鈴花と珖璉様のやりとりを描いた「鈴花の願い事」を巻末に収録しております~!
これからも珖璉様のそばにいるために、鈴花が何を願ったのか……。
書籍版でお読みいただけましたら嬉しいです!( *´艸`)
また、同じ龍華国を舞台にした「呪われた龍にくちづけを」の第一幕
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884543861
が、5月25日にMFブックス様より発売となります~っ!ヾ(*´∀`*)ノ
『呪われた龍にくちづけを1 ~新米侍女、借金返済のためにワケあり主従にお仕えします!~上』
https://mfbooks.jp/product/noroiryu/322210001312.html
こちらは鈴花や珖璉達より数世代前の龍華国を舞台に、弟大好きな超絶鈍感天然娘・
明珠と英翔、また英翔に仕える青年従者である
「鈴の蕾は~」より数世代前の設定という設定ですので、同じ小道具や一部の人物についてはご先祖様が出てきたりします!(笑)
書籍の情報についてはお知らせできるようになり次第、近況ノートなどでお伝えいたします! 作者フォローをいただけましたら通知がまいりますので、よろしければフォローお願いいたします~!(ぺこり)
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