書籍化記念おまけSS

隠密達の立ち話 その1


~作者よりごあいさつ~


 明日1月25日、ついに『迷子宮女は龍の御子のお気に入り ~龍華国後宮事件帳~』が発売日を迎えます~っ!ヾ(*´∀`*)ノ

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 というわけで、本日より書籍化記念の本編後おまけSSの短期連載(毎日更新、全10回)を開始いたします~!


 本編ではあまり書いてあげられなかった隠密の少年・さく影弔えいちょうのやりとり、「隠密達の立ち話」と鈴花と珖璉様、そして鈴花の姉の菖花しょうかが出てくる「菖花の見送り」の2本です~!


 少しでもお楽しみいただけましたら、これに勝る喜びはございません!


 なお、本編後のおまけということで、ネタバレを含みますので、未読の方はWEB版もしくは書籍版(改稿しておりますが……)を先にお読みいただけますと嬉しいです~!(ぺこり)



   ◆   ◇   ◆



影弔えいちょう様」


 珖璉に指示された事柄を調べ終え、報告のために戻ろうとしていたさくは、まもなく珖璉の私室に着くという廊下で、古くから知る隠密の影弔に出くわした。


 ぱっと拱手の礼を取り、深々と頭を下げる。


「おう、朔か。いらねえよ、そんな堅苦しい挨拶なんざ。様もいらねえ。今はお互い単なる宦官の身じゃねえか」


 気安い口調で応じた影弔が、からかうように唇の端を吊り上げる。


 確かに、今の影弔と朔はふたりとも宦官の姿をしている。隠密として後宮内で密かに動くなら、宦官の姿をしておくのが一番目立たないためだ。


「影弔さんも珖璉様にご報告に来られたのですか?」


 昨夜執り行われた『十三花茶会』は、本当にとんでもない事態の連続だった。

 禁呪が発動し、黒い蛇みたいな《蟲》が現れたかと思うと、《見気の瞳》を失って掌服しょうふくに戻っていた鈴花が突然戻り、茱栴しゅせんが禁呪使いだと看破し――。


 朔が珖璉から指示されたのは、蘭妃や梅妃、菊妃などの宮の様子を調べてくることだった。


 昨夜の事件については、珖璉によって箝口令かんこうれいが敷かれているが、妃嬪達も宮女達も、一夜経った現在のところはおとなしく宮で過ごしている。


 宮廷術師のひとりが禁呪に手を染め、妃嬪を皆殺しにしようとしたなどということが後宮の外に洩れれば、皇帝の権威に傷がつく。


 上級妃や中級妃に取り立てられている名家の出身の妃嬪達は、さすがにその点をよく承知しているのだろう。それぞれの宮で改めて口止めがされているようだ。


 掌服や掌食などの各部署でも箝口令が敷かれている。さすがに、大勢いる宮女や宦官全員の口に戸を立てることは困難だが、宮女達の身分では、たとえ外に洩らしたとしても、与太話だと一笑に付されるのが落ちだろう。



 加えて、命令を破った者に厳しい処罰が下されれば、洩らそうとする者もそのうち途絶えるはずだ。


 珖璉によい報告ができそうだと喜びながら問うた朔に、影弔が「まあな」と頷く。


「俺のほうは『十三花茶会』の後始末の件でちょっとな……」


「宮廷術師の博青はくせい殿と戦ったとうかがいました」


 朔は感嘆の思いとともに年かさの隠密を見上げる。


 『十三花茶会』の会場で、珖璉が茱栴の禁呪を抑え込もうとしていた裏で、影弔は芙蓉妃を連れて後宮から逃げようとしていた博青とひとりで対峙し、下したと聞いている。


「《視蟲》で蟲が見えたとはいえ、宮廷術師相手に勝利をおさめられるなんて……っ! さすがは影弔さんです! いったいどんな技を用いたのか、どうか教えていただけませんか!?」


 深々と頭を下げて請う。


 朔とて、厳しい訓練を受けた隠密だ。まだ十七歳とはいえ、並の兵士数人なら、負けない自信はある。


 だが、常人には見えぬ《蟲》を操り、どんな《蟲》を何匹召喚するかわからぬ術師が相手となると……。


 正直、勝てる気がしない。


 しかも、影弔が戦った相手は、蚕家当主・泂淵けいえんの高弟であり、宮廷術師に任じられていた博青だ。その辺の術師とは実力が違う。


 感嘆の気持ちを隠すことなく見上げる朔に、影弔が珍しく照れたような笑みをこぼす。


「そんな大したことはしてねぇよ。術師ってのは、基本的に接近戦には弱いからな。安全なところで《蟲》を使役して戦うのが常道ゆえに、剣や体術に秀でた術師ってのは珍しい。特に蚕家所属の術師はそうだな。それに今回は、芙蓉妃っていう足手纏あしでまといも抱えてたしな」


「それでもやっぱりすごいです! さすが影弔さんです!」


 さらりと何でもないことのように答える影弔に、さらに尊敬の念が湧く。


「俺も早く影弔さんみたいな立派な隠密になって、もっと珖璉様のお役に立ちたいです!」


 『尊敬する珖璉の役に立ちたい』


 朔の行動理念はそこに集約されると言ってもいい。


 もともと、朔は珖璉――本来は龍璉の実家である霓家げいけが治める村のひとつに暮らす小作人の息子に過ぎなかった。


 もちろん、雲の上の存在である珖璉のことなど、名前すら知らず……。


 転機となったのは、朔が四歳の時、たまたま隣村へ行っていた両親が、賊と出くわし殺されたことだった。


 明日食う物にも事欠くほど貧しい村ではなかったが、まだ四歳の働き手になりえない子どもを引き取れるほど、周りの小作人達も裕福ではなかった。


 村中からもてあまされ、いっそのこと、両親と一緒に賊に殺されていればよかったと泣き暮らしていた朔の前に現れたのが、たまたま近くの別荘に避暑に来ていて、村へ慰問いもんに訪れた龍璉だったのだ。


「まだ幼いながら、利発そうな顔をしている」


 厄介払いができないかと考えたのだろう。村長によって引きあわされた朔に、初めて龍璉が告げた言葉を、朔は今でも鮮明に覚えている。


 朔よりたった三つ年上の龍璉は、あの時まだたったの七歳で。


 けれど仕立てのよい絹の衣装に身を包み、見惚れずにはいられないほど整った顔立ちをした気品あふれる御曹司おんぞうしは、とても朔と同じ人間だとは思えなかった。


 亡き母から聞いたことのあるおとぎ話の登場人物が幻となって現れたのかと、本気で疑ったほどだ。


「父母を亡くし、身寄りがなくなったと聞いた。行く当てがないのなら、下働きとしてわたしの家へ来るか?」


 老若男女問わずとりこにしてしまいそうな愛らしい面輪を痛ましげにしかめて発された問いかけに、一も二もなく頷いたのは言うまでもない。


 天からの助けに等しいこの方にお仕えできるのなら、どんな仕事だろうと頑張ろう、と。


 霓家に引き取られた朔は、最初に龍璉が告げた通り、単なる下働きとして働き続けることもできた。


 けれど……。二年経ったある日、知ってしまったのだ。


 皇家と名門・霓家。朔には雲の上にも等しい高貴な血筋を引く龍璉が、どれほど複雑な立場にいるのかを。


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