43 この想いに気づいてはいけない
問われた瞬間、茱栴が目を見開く。
「珖璉様はもしや……、蘭妃様をお疑いでいらっしゃるのですか……?」
震え声で問い返した茱栴に、珖璉が淡々とかぶりを振る。
「蘭妃様だけを疑っているわけではない。妃嬪の全員に動機があると思っておる。が、御子を流産なさった蘭妃様が、他の妃嬪を警戒されていることは確か。お前の目から見て、蘭妃様はどう見える?」
珖璉の問いに、茱栴が力なくうつむいた。
「確かに、蘭妃様はご懐妊なさった牡丹妃様に強い嫉妬心を抱いていらっしゃいますが……。まさか、禁呪まで使って牡丹妃様を害そうとされるなんて、そんな……っ!」
茱栴が恐ろしげに身を震わせる。
「私が知る限りでは、蘭妃様に疑わしい様子はないと思われます……。ですが、もし何か気づいたことがあれば、すぐにお知らせいたしましょう」
「うむ。頼む」
珖璉が頷いたところで、扉の向こうから遠慮がちな禎宇の声が聞こえてきた。
「珖璉様、こちらにいらっしゃいますか? 使いの者が来ておりますが……」
「使い? どこからだ?」
「その……」
禎宇は言葉を濁して答えない。何かを察したらしい珖璉が「わかった。すぐに行く」と席を立つ。
「ゆっくり休むのだぞ」
珖璉が出ていってから、鈴花はおずおずと茱栴に問いかけた。
「あの、茱栴様。《見気の瞳》の力を失った私でも、
「禁呪使いがそのことを知らなければ、おそらく……。罠だと警戒して襲ってこない可能性もあると思うけれど。でも、さっきはああ言ったけれど、無理はしなくていいのよ? こんなに震えているんだもの」
「でも……っ!」
ぶんぶんと激しく首を横に振る。
「《見気の瞳》の力を失った今、私にできることは囮になることしか……っ! それ以外に、珖璉様のお役に立てるすべが思いつかないんです……っ!」
「鈴花、あなた……」
必死に訴える鈴花に、茱栴が何かに気づいたように目を
「珖璉様に、恋をしているのね?」
「っ!?」
思いもかけないことを言われ、息を飲む。
「そっ、そそそそんなこと、あるはずがありませんっ! そりゃあ、珖璉様は見目麗しくてお優しくて、素晴らしい主人でいらっしゃいますけれど……っ!」
姉以外で、初めて鈴花を褒めてくれた人。役立たずだとずっと蔑まれてきた鈴花を見出し、《見気の瞳》のことを教えてくれて……。
力を失ってなお、気遣ってくれる方。
珖璉の姿を目にするだけで、心臓が痛くなるほど鼓動が速くなるようになったのは、いつからだろう。
最初は、見惚れるほどの美貌がはっきり見えるようになったからだと思っていた。けれど、本当はそうではなくて――。
胸に湧き上がりかけた想いを、かぶりを振って否定する。
「ち、違うんです! 珖璉様は、役立たずの私なんかが想っていい御方じゃ……っ!」
そうだ違う。この想いに気づいてはいけない。
気づいたとしても――絶対に、叶うことのない想いなのだから。
自分に言い聞かせるように、鈴花は必死でかぶりを振る。
「私なんかが想っても、ご迷惑にしかなりませんっ! そもそも、身分からして天と地ほども違うんですからっ!」
「……恋心は、身分が違うからなんて理由で、とめられるものではないでしょう?」
胸を突くような声に、鈴花は思わずまじまじと茱栴を見た。
「茱栴様も、身分の違う恋をなさってらっしゃるんですか……?」
「さあ、どうかしら」
微笑んで明言を避けた茱栴が、からかうように尋ねる。
「そう尋ねるということは、珖璉様への恋心を認めたということでいいのかしら?」
「そ、それは……っ」
鈴花はうつむき、ぱくぱくと騒ぐ心臓の上で両手をぎゅっと握る。
「こ、こんな気持ち初めてで、これが恋というものかどうか、よくわからないんです……っ。珖璉様が辛そうなお顔をなさっていたら、私の胸もきゅうっと痛くなって、憂い顔をどうにもできない自分の無力さが情けなくって……。微笑まれたお姿を目にするだけで心がどきどきしてしまって……っ。これが、恋というものなんでしょうか……?」
答えを求めて、
「あなたらしい可愛らしい恋心ね。珖璉様を独占したいとか、そういう気持ちはないの?」
「はぇっ!? ええぇぇぇっ!? そ、そんな大それたことっ! というか、珖璉様とどうにかなりたいだとか、そもそも想いを告げようだなんて、全然……っ!」
役立たずの下級宮女である自分などに想いを告げられても珖璉には迷惑だろう。むしろ身の程知らずと軽蔑されるに違いない。
「告げてみないことには、どうなるかなんて誰にもわからないと思うけれど?」
励ますような茱栴の言葉にも、頷けるわけがない。
「いいえっ! 珖璉様に言うなんてとんでもないです! これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきません!」
いくら鈴花の目が節穴とはいえ、《見気の瞳》を失って以来、珖璉がときおり物言いたげなまなざしで鈴花を見つめていることには、気づいている。
きっと、こんな大切な時期に力を失うなんて、と叱責したいところを、鈴花が襲われたばかりだからと、気遣って我慢してくれているのだ。
ただでさえ呆れられているのに、これ以上、珖璉に嫌われたくない。
「お願いです! 珖璉様には絶対に言わないでください!」
身を二つに折るようにして懇願すると、茱栴が戸惑ったように頷いた。
「もちろん、あなたの気持ちをさしおいて、私が言うことはないけれど……」
茱栴の返事に、詰めていた息をほっと吐き出す。
もともと鈴花などが珖璉の側仕えになれたことが奇跡なのだから、それ以外のことを望むなんて、とんでもない。
もしかしたら、襲われたのは鈴花が分不相応な想いを抱いたゆえの天罰なのかもしれない。
間違っても珖璉に恋心を知られるわけにはいかないと、鈴花は己を戒めた。
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