42 なかなか、興味深い話をしているな
翌日の午後、珖璉に言われた通り、薬湯を飲んで寝台で休んでいた鈴花を訪れたのは、泂淵からの指示を受けた
二人から体調を尋ねられ、怪我を癒やすことができるという《癒蟲》も
だが、二人の力をもってしても、《見気の瞳》を取り戻す方法はわからなかった。
「泂淵様は、精神的なものが原因かもしれないとおっしゃっていたが……」
「襲われただけでなく、殺されかけたのだもの。さぞかし怖かったでしょうね」
博青の言葉に、茱栴が美しい面輪を気の毒そうにしかめて慰めてくれる。二人とも寝台のそばに置いた椅子に座り、寝台に身を起こした鈴花を心配そうに見つめていた。
「術師とはいえ、純粋な力比べでは、女の身で男性に
「茱栴さん……」
思いやりに満ちた言葉に目が潤みそうになる。博青があわてたように口を開いた。
「精神的な理由で《見気の瞳》を使えなくなったのなら、男のわたしはいないほうがいいかもしれないね。鈴花も同性の茱栴のほうが安心できるだろう? わたしは失礼するよ」
「そうね。……大丈夫よ、鈴花。私がついていてあげるから」
男に襲われた時の恐怖を思い出し、いつの間にか震えていた手を、茱栴が優しく握ってくれる。
「すまないね、役に立てなくて」
「そんなことありません! お忙しいのにありがとうございました」
部屋から出ていく博青に深く頭を下げる。鈴花の手を握ったままの茱栴が、はげますように指先に力を込めた。
「博青がいては話しにくいこともあったでしょう。吐き出したいことがあったら、何でも言ってちょうだいね。話したくないことを無理に聞き出す気はないけれど……。一人で胸の内に閉じ込めていてはつらいこともあるでしょう? 決して他言したりしないから、安心して話してくれていいのよ」
「ありがとうございます……」
男に襲われた時のことを思い出すだけで、身体の震えが止まらない。けれど。
「茱栴さんのおっしゃる通りですよね……。早く《見気の瞳》を取り戻せるように乗り越えないと……っ」
「そう、その意気よ」
茱栴が震える手をぎゅっと握りしめてくれる。
「他の殺された宮女達と違って、あなたは幸いにも珖璉様が助けてくださったんだもの。ご恩をお返しするためにも、早く《見気の瞳》を取り戻さなくてはね」
「そ、そそそうですね……っ」
珖璉の名に夕べのくちづけを思い出してしまい、一瞬で顔が熱くなる。
落ち着かなくては。珖璉のあれは毒蟲を滅するためであって、他には何の意図もないのだから。
「そ、そういえば、私を蔵まで連れて行った侍女は見つかったんですか?」
黙っていると夕べの珖璉の唇の感触や、ふれた熱を思い出してしまいそうで、あわてて話題を変える。
「それが……」
茱栴が顔をしかめて教えてくれたところによると、禎宇が牡丹宮の侍女達全員の顔を確認したが、鈴花を
つまり、三十歳ほどの年の宮女全員が容疑者になるということだ。
「きっと、宮女探しは難航するでしょうね……」
「どうしてですか!?」
もし、宮女が禁呪使いから指示を受けたのなら、そこから禁呪使いを追えるかもしれないのに。
勢い込んで尋ねた鈴花に、茱栴が眉を寄せる。
「だって――」
「なかなか、興味深い話をしているな」
扉が開く音とともに届いた美声に、鈴花と茱栴はそろって息を飲んだ。
さっと立ち上がって一礼した茱栴に、「よい、そのまま座っておれ」と、珖璉が
「なぜそう思う?」
珖璉の問いに、ちらりと鈴花に視線を向けた茱栴が、言いづらそうに口を開く。
「急に大抜擢され、珖璉様付きの侍女になった鈴花に嫉妬している宮女は、多くおります。女の嫉妬は恐ろしいもの。鈴花を襲った男の真意を知らず、ちょっと痛い目に遭わせるのに協力してほしいと言われたら、頷く宮女は山といることでしょう」
茱栴が深々と嘆息する。
「後宮の女の争いは、皇帝陛下の寵を争うだけではございません。己の主をより高みへ昇らせるために侍女同士もいがみ合いますし、妃嬪の勢力図など関係ない宮女であっても、やれ誰が自分より若いだの、容姿が優れているだの……。ささいなことであっても、嫉妬に囚われ、いがみ合うものでございます。余人とは
茱栴の言葉に珖璉が不快げに眉を寄せる。茱栴が小さく息を飲んで謝罪した。
「申し訳ございません。言葉が過ぎました。後宮ではどれほど女の嫉妬が渦巻いているのか……。伝えておいてやらねば、今後も鈴花に危険が及ぶ可能性もあるかと思いまして……」
「今後、も……?」
いぶかしげに問うた鈴花に、茱栴が痛ましげな視線を向ける。
「禁呪使いはあなたが《見気の瞳》を失ったことを知らないでしょう。ということは、襲撃が失敗したと思って、もう一度襲う可能性も……。そして残念なことに、あなたが襲われたことをいい気味だと思って、禁呪使いに協力する宮女は大勢いるでしょうね」
「そんな……っ」
また襲われる可能性があるかもしれないなんて、思いもしなかった。震える鈴花から珖璉へ視線を向けた茱栴が、「あの!」と思いつめたように告げる。
「いっそのこと、鈴花を掌服に戻してやってはいかがでしょうか?」
「そのようなこと、できるわけがないだろう!?」
茱栴の提案を、珖璉が間髪入れず却下する。
「もう一度襲われるやもしれぬというのに、鈴花を手元から離せるか!」
自分に向けられたわけではないのに、珖璉の激昂にびくりと肩が震える。だが、茱栴は珖璉が相手でも
「ですが、このまま《見気の瞳》が戻らなかったらどうなさるおつもりですか? 『十三花茶会』は数日後に迫っております。ならば、信頼できる者を護衛として鈴花につけて
茱栴の言葉に目から鱗が落ちる。自分に囮としての価値があるなんて、思いもよらなかった。
思わず珖璉に顔を向けた鈴花の見たのは、苦い表情でかぶりを振る主の姿だった。
「……お前の言うことはわかった。だが、決めるのはわたしだ」
「差し出がましい口をきいて申し訳ございません。鈴花に酷なことを言っているのは承知しております。ですが、禁呪使いを捕らえ、無事に『十三花茶会』を迎えることこそが、鈴花の、ひいては妃嬪の皆様の安全のための最善手ではないかと思いまして……」
「よい。わたしの顔色をうかがって、意見も出せぬようになるほうが有害だ。気にするでない。ところで茱栴。おぬしにひとつ確認したいのだが……」
珖璉の黒曜石の瞳が、真っ直ぐに茱栴を捉える。
「このところ、蘭妃様に怪しい点はないか?」
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