35 そんなことを聞いてどうする?


「ひゃっ!?」


 よろめいた拍子に抱えていた布袋を落とす。足を踏み出し、体勢を整えるより早く。


 扉の陰から伸びてきた腕が、鈴花を絡めとる。


 どうして蔵の中に見知らぬ男が、と驚く間もなく、腰に腕を回され引き寄せられた。


 とっさに叫ぼうとした口に細い竹筒を突っ込まれる。


 口の中に流れ込んできた物を反射的に飲み込んでしまう。苦みのある液体に混じって、ぬるり、となめくじのようなものが喉を通り、全身が粟立あわだつ。


 同時に、苦みと熱が喉をいた。


 何を飲まされたのか。

 わからない。だが、これがよくないモノだということだけはわかる。


 本能が命ずるままに吐き出そうとすると、いきなり口をふさがれた。がさがさと荒れた大きな男の手。


 窒息するという恐怖に、うめきながら必死に身をよじる。


 胃が熱い。頭ががんがんして身体に力が入らない。

 がくりとくずおれた拍子に、男の腕がほどける。


「うぅ……っ」


 早く吐かないと。


 空気を求めてあえぎながら、床に手をつき身を起こそうとすると、男がのしかかってきた。魚でも引っ繰り返すように力任せに仰向あおむけにされた拍子に、床に後頭部をぶつける。


「なんだ。ずいぶん警戒していたが、なんてことはねぇ。かよわい小娘じゃねえか」


 鈴花に馬乗りになった男が、へへへ、とあざける。


 飲まされたもののせいだろうか。視界がかすむ。


 一回り以上、体格のいい男にのしかかられて、怖くてたまらない。


 これから何をされるのか。

 怖い。恐ろしい。けれど。


 恐怖に鳴る奥歯をぐっと噛みしめ、必死に男を睨みつける。


「あ、あなたが、宮女殺しの犯人なんですか……っ!?」


 声がかすれてうまく出ない。

 けれど、決して逃すものかという気持ちを込めて、男を睨みつける。


 だが、鈴花の決意を嘲笑うかのように男が唇を吊り上げる。にちゃあ、と音が聞こえそうな、ねばついた笑み。


「そんなことを聞いてどうする? これから殺されるってのに」


「っ!」

 真正面から殺意を叩きつけられ、息を飲む。


 凍りついた鈴花の反応を楽しむように、男がくつくつと喉を鳴らした。


「ああ、やっぱりそうやって怖がってもらわなきゃなぁ。張り合いがないぜ」


 満足そうに呟いた男が、不意に暴れて乱れた衣の裾から手を差し込んでくる。

 ざらざらと荒れた手のひらに足を撫で上げられ、一瞬で全身が総毛立つ。


「いや……っ」


 必死で抗い、男を押しのけようとするが、男は鈴花の抵抗などものともせずに歪んだ笑みを浮かべながらのしかかってくる。と、ちっ、と忌々しげに舌打ちした。


「くそっ、があれば、もっと楽しめたってのによぉ」


 べたべたと肌にふれていた手が引き抜かれ、ほっとしたのも束の間。


 男の両手が、首にかかる。


「っ!」

 男の手を掴み、爪を立てて引きはがそうとするが、大きな手は離れるどころか、じわじわと力を込めてくる。


 苦しい。怖い。


 恐怖に突き動かされ全力で暴れる。だが、男の手はびくともしない。

 息ができない。耳の奥でがんがんと音が鳴る。


 どうして。なぜ自分が殺されなければならないのか。


 わからぬまま、鈴花の意識は昏い闇へと沈んでいった――。


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