34 見つかるのは禁呪の手がかりではなく
今日も今日とて、鈴花は禎宇と一緒に後宮内のあちらこちらをうろついていた。
珖璉に仕えてからというもの、ほぼ毎日歩き回っているので足がぱんぱんだ。とはいえ、毎日朝早くから深夜まで働き通しの珖璉や禎宇達に比べたら、何ほどのこともない。
最初の日は珖璉と歩き回ったものの、それ以降は珖璉が忙しくなったため、今は禎宇か朔が迷子防止のために一緒に回ってくれている。
珖璉と一緒だと宮女達の視線が突き刺さるため、正直、鈴花としてはこちらのほうがありがたい。
本当は鈴花一人で回れればいいのだろうが、「お前は糸の切れた
鈴花自身、毎日歩いているものの、どこがどこやらさっぱりわかっていないため、もし一人だったら確実に迷子になる自信がある。
毎日、足を棒にして歩き回っているのは、もちろん禁呪使いの手がかりを掴むためだ。
だが、鈴花が見たどす黒い
その代わりとばかりに。
「禎宇さん、ここから薄墨色の《気》が立ち昇っています」
「よしきた」
鈴花の言葉に、禎宇が慣れた様子で、
「また……」
鈴花は土を払った木簡を手にし、かぼそい声で呟く。
木簡からは、負の感情がこめられていることを示す薄墨色の《気》が揺らめいている。
いったい、どれほどの人間が玉麗の懐妊を憎んでいるのだろうか。禁呪使いの手がかりはまったく見つからないのに、玉麗を呪う呪具はこれでもかとばかりに見つかる。まだ午前中だというのに、今日はこれで七個目だ。
「これも珖璉様に
術師なら、この程度の《気》など簡単に祓えるらしいが、《見気の瞳》を持っていても術師としての修練をまったく積んでいない鈴花は、やり方すらわからない。
ろくに役に立てていない己が情けなくてうなだれていると、鈴花の手から取った木簡を肩にかけていた布袋に放り込んだ禎宇が、慰めるように頭を撫でてくれた。
「大丈夫、牡丹妃様は強い御方だ。面と向かって言うこともできない
「禎宇さん……っ!」
目から鱗が落ちた心地だ。禎宇の言う通りだ。直接、玉麗に立ち向かう勇気がないから、呪具などという卑劣な手段をとるのだ。玉麗がこんな卑怯者に負けるはずがない。
「おっしゃる通りですね! じゃあ私達は、牡丹妃様に害意が及ばないように、悪いものを見つけてしっかり祓わないと! もちろん、もう一つのほうもしっかり探しますけれど!」
忙しい中、姉についてわざわざ調べてくれた珖璉の厚意に応えるためにも、これ以上の犠牲者を出さぬためにも、何としても禁呪使いの手がかりを見つけなくては。
ぐっと拳を握りしめ、気合を入れたところで。
「禎宇様……っ! よかった、ようやく見つけられました……っ!」
三十歳ほどの侍女が、息を切らして駆けてくる。牡丹の花が彫られた簪を
「大変なんです! 牡丹妃様が……っ!」
「何事ですか!?」
穏やかな面輪を瞬時に険しくした禎宇が侍女に問う。鈴花達の元まで駆けてきた侍女は、荒い息のまま、かぶりを振った。
「そ、それが……。私もよくわからないのですが、牡丹妃様が至急、珖璉様に来ていただきたいとおっしゃられまして……っ! ですが珖璉様が捕まらず……っ!」
牡丹宮は上を下への大騒ぎになっており、とにかく珖璉か禎宇を探すようにと命じられて何人もの侍女が走り回っているのだと、息も絶え絶えに説明する。
「お願いです、禎宇様! すぐに牡丹宮へ来ていただけませんか!?」
玉麗の身に何かあったのだろうか。
先ほど見つけた木片や、先日、博青が持ってきた釘を刺された人形などが脳裏をよぎり、血の気が引く。
「わかりました。すぐに向かいましょう」
厳しい顔で言った禎宇が、一瞬だけ鈴花を見やる。考えるより早く鈴花は口を開いていた。
「私はもう少しこの辺りを調べてから珖璉様の私室へ戻ります! ですから禎宇さんはすぐに牡丹宮に……っ!」
女の足では禎宇に迷惑がかかるに違いない。
「鍬と袋も、私が持っておきますから……」
玉麗への呪いがかけられたものを本人に見せるわけにはいかない。
「悪いが、頼む」
鈴花に鍬と呪具が入った袋を預けた禎宇が気ぜわしく侍女を振り向く。
「すまないが、この子についてやってくれ。わたしはすぐに牡丹宮へ向かうから」
言うが早いが、侍女の返事も待たずに禎宇が駆け出す。
どうか、玉麗が無事でありますようにと祈りながら、鈴花は禎宇の大きな背中を見送った。
建物の角を曲がった禎宇の姿が見えなくなったところで、いぶかしげに侍女に尋ねられる。
「ついてやってくれって言われたけれど……。何をしていたの?」
「その……。呪具がないか調べていて……」
「呪具?」と不思議な顔をした侍女に、なんと説明すればいいかと悩む。珖璉には、《見気の瞳》のことは不用意に洩らすなと命じられている。
「ええっと、何というか、嫌な気配を感じる物を探すというか……」
しどろもどろに告げた途端、侍女が息を飲んだ。
「私、さっきここへ来るまでに、すごく嫌な気配を感じた場所があったの!」
「どこですかそれは!? 案内してください!」
思わず身を乗り出す。常人である侍女がそんな風に感じるなんて、もしかしたら禁呪使いの手がかりが残っているのかもしれない。
「こっちよ。ああ、重いでしょう。持ってあげる」
「い、いえ。申し訳ないですから……」
遠慮したが、結局、侍女に押しきられて鍬を渡す。
「こっちよ」
侍女に案内されたのは、人気のないさびれた蔵のひとつだった。
「なんだかこの蔵が不気味に感じて……」
「ここ、ですか……?」
侍女は気味が悪いというが、鈴花の目には、《気》らしきものは何も見えない。
戸惑っているうちに、壁に鍬を立てかけた侍女が扉を開けた。どうやら鍵はかかっていないらしい。
「そうなの。中に何かよくないモノがあるんじゃないかしら……?」
「では、ちょっと見てみますね」
侍女が開けてくれた扉から中を覗いた途端。
どんっ! と力任せに背中を押された。
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