7 こんな豪華な食事、生まれて初めて見ました!


 禎宇を手伝って卓の上に料理を並べた鈴花は、「お前も席につけ」と促され、驚きに息を飲んだ。


「わ、私のような者が、こんな豪華な食事をいただいてもいいんですか!? しかも、珖璉様や禎宇様と一緒の卓でなんて……っ!」


 立ったままうろたえた声を上げる鈴花に、珖璉がいぶかしげに眉を寄せる。


「豪華? どこがだ?」


「えっ!? 豪華じゃないですか!」

 相手が珖璉だということも忘れ、思わず言い返す。


「ご飯と汁物だけじゃなくて、おかずが五品もあるんですよ!? しかも、お魚だけじゃなくてお肉まであって……っ! ご飯だって麦飯じゃありませんし! こんな豪華な食事、生まれて初めて見ました!」


 お肉なんて、年に一度の『昇龍の祭り』の時か、秋の収穫祭の時しか食べられないというのに。


 おろおろする鈴花を優しく促してくれたのは、穏やかな顔に微笑みを浮かべた禎宇だ。


「大丈夫ですよ、食べても問題はありません。それと、わたしに敬称は不要です。わたしは珖璉様の従者の身分ですから」


 鈴花が手をつけにくいと思ったのだろう。禎宇がわざわざ椅子を引いてくれたばかりか、取り皿に料理を盛って、はしと一緒に差し出してくれる。


「あ、ありがとうございます……」


 礼を言って箸を手に取る。何が起こっているのかとんとわけがわからないが、こんな豪華なご飯を食べる機会を逃すなんて、そんなもったいないこと、できるわけがない。


 どきどきしながら肉団子を口に運び。


「ほわぁ~!」


 あまりのおいしさに思わず歓声を上げる。


 生姜しょうがが練り込まれた肉団子は臭みがまったくなくて、むたびに肉汁が口の中に広がる。甘酢あんもしっかりした味付けで、いままで食べたことがないおいしさだ。


 無言でもっもっも、と噛んで飲み下し、取りかれたように箸を動かし続ける。


「おい」

「珖璉様、これは……。少し腹を満たしてやらねば、ろくに話ができないかと……」


 珖璉と禎宇が何やら小声でやりとりしているが、ろくに耳に入らない。


 もっもっも、とひたすら口と箸を動かし続け。


「……皿まで食べる気か?」


 呆れ混じりの珖璉の声に、鈴花ははっと我に返った。卓の上を見てみれば、あれだけあった料理がすっかりなくなっている。


「も、申し訳ございませんっ! 食べ過ぎてしまったでしょうか!?」


 夢中で食べていたので、自分がどれだけの量を食べたのかまったく記憶がない。ただ、お腹がはちきれんばかりになっているのだけは、嫌というほどわかる。


 泡を食って詫びると、「そういうわけではないが……」と珖璉が歯切れ悪く呟いた。だが、銀の光を纏う面輪は憮然ぶぜんとしている。


「くそ、どうにもやりにくい娘だな。結局、何も話せなかったではないか」


「まあまあ、見応えのある食べっぷりを見られてよかったではありませんか」


「そんなものを見て何の意味がある? 禎宇、お前までほうけたか?」


 取りなすような声に珖璉が冷ややかに返すも、禎宇の穏やかな笑みは変わらない。


「話を聞く準備が整ったと思えばよいではありませんか。先ほどの状態では、ろくに話ができなかったでしょうし」


 禎宇の言葉に食事前のことを思い出す。そういえば、鈴花には意味がわからないことを言っていた。


 満腹になったおかげで悲壮感は減じている。すぐにクビにする宮女に、こんな豪華な食事は与えてくれぬだろう。


 ひとまず珖璉の話を聞いて、鈴花の無礼に怒っているというのなら、もう一度ちゃんと詫びよう。


 鈴花はしゃんと背を伸ばすと卓の向かいに座す珖璉を見つめた。


 本来なら、あまりに整いすぎて見惚れるしかない美貌だが、幸い鈴花の目には銀の光を纏って薄ぼんやりとしか見えないので、しっかりと顔を見ることができる。


 鈴花が真っ直ぐ見つめたのが意外だったのだろうか。わずかに目をみはった珖璉が、ひとつ咳払いして口を開く。


「《蟲招術ちゅうしょうじゅつ》というのは知っているか?」


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