End story
あまりの痛さにうずくまると、僕の過去が走馬灯のように思い出されていった。あの日、三上さんと優希二人とも助けられなかったあの日のことも。大好きなあの場所で優希と再会を果たした時のことも、遊園地で君に嫌な思いをさせてしまったことも、お互いの思いを打ち明けあって「これからは半分こ」と言ったことも。
全部。全部、全部、全部思い出して、俺は屋上に向かった。
やっぱり僕は生きているべき人間じゃなかったんだ。幸せになっちゃいけない人間だったんだって、ようやく思い出した。
屋上のヘリに立つ。マンション風と言うのだろうか。都会のど真ん中の病院らしい強い風が僕を押す。力を抜いてしまえば、僕は真っ逆さまだ。僕はきっと意識を手放すことは許されないのだろうな。落ちて、ぶつかって、痛みを伴って死ぬんだろうな。それはちょっと嫌かもしれない。でも、それでも僕は。生きてえちゃいけないんだ。生きていればそのうち何処かで誰かが僕に幸せを運んできてくれるかもしれない。たとえそんなことがあったとしてもどうせ、僕にはその幸せを受け取る権利なんざないんだから、今死んでしまえばいい。誰かの幸せをこれ以上奪わないうちに死んでしまいたい。いっそのこと殺してほしいとさえ思う。あと一歩。そのあと一歩がこの世界とのお別れの瞬間だ。
さあ、踏み出そう。としたその時だった。
「待ってよ‼︎」
ああ。まただ。また君が助けてくれるんだね。僕は今にも涙がこぼれそうなのをこらえて、歪んだ顔を彼女の方へ向ける。
「どうして。どうしてそんなに、こんな価値もない僕を助けてくれるの。もう、死なせてくれよ。僕なんてのは死んだほうがいい人間なんだよ。幸せになんてなれない、幸せになっちゃいけない人間なんだから。」
そう、今まで出したこともないような大声で糾弾する。
「逃げるな‼︎昔の私みたいに逃げないで‼︎向き合って‼︎三上さんは、まだ樹くんのことを恨んでる。そうかもしれない。でもね、あなたにはそれ以上にあなたを愛してる人がいるんだよ。樹くんのお兄さん。学校の先生、級友。そして、私も!」
髪を振り乱して、胸に手を当てて君が必死になってそう言ってくれる。僕なんかのために。逃げるな。と生きる理由を与えようとしてくれる。
「これは、贖罪なんだ。三上さんへの。僕が、あの時もっと早く彼女を助けてあげていれば。と、どんなに思ったか君はもう知っているだろう。」
辛いよ。苦しいよ。もう、これで許してほしいんだ。許されないことはわかってる。それでも。それでもやっぱり許してほしいと許しを乞うてしまうんだ。
3年間。たったの3年間。それだけしか、僕は三上さんに罪を償っていない。もっと言えば、僕は何もしていない。ただ、孤独に幸せにならないように生きてきただけ。
「辛いのも、苦しいのも全部知ってる。全部知ってるから、これからは半分こって言ったじゃん。というより、私の苦しみをわかってくれた樹くん自身が私にこれからは半分こって言ってくれたんだよ。それなのに、一人勝手に私を置いていくの?そしたら私の分の苦しみは誰が一緒に持ってくれるの?樹くんが死んだら、私は不幸になる。君が私に呪いをかけるんだ。私に樹くんを救えなかったという呪いをかけるんだ。一生消えることのない呪いを、一番呪いに苦しんできたあなたが私に呪いをかけるんだよ。そんなことしたいの⁉︎愛しい人も、生きる理由も失って、呪いだけを背負って生きて行かせたいの⁉︎」
「違う!」
違う。そんなつもりで言ったんじゃない。
「違うでしょ!そうでしょ!じゃあ生きて!生きて、生きて生きて、生きて!私に呪いがかからないように守って!そしたら、私があなたの呪いを解いてあげる!幸せになる権利をあげる。いいんだよ。幸せになって。幸せになるべき人はあなただ。樹くん。」
君は、どこまで優しいんだ。どこまでもどこまでも優しくて、残酷で、愛おしい。もし、願いが叶うとするのなら。彼女がいつまでも幸せでいてくれますように。僕は、これで君にもう一つ呪いをかけられた。「死んではいけない。」という呪いだ。こんなにも優しくて、暖かくて、守るための呪いがあっただろうか。
僕は、彼女のためにこの呪いを一生受け続けなくてはいけない。彼女がもう一つの呪いを解いてくれるまで。僕が三上さんに許してもらえるまで。
さあ。と言って彼女が僕に手を差し出してくれた。僕は、その手を取ろうと、足を持ち上げた。自然と笑みがこぼれ、小さな光が胸の中に灯るのを感じた。しかし、僕たちは失念していたのだ。ここが病院の屋上であることを。強い突風が気まぐれに吹くことを。僕は、ヘリというなんとも足場の悪いところに立っていたから、足を浮かした時、奇跡的にも強い突風が吹いてしまえば僕はバランスを崩す。足をつこうにもつく場所が無くて、空を切る。体ががくっと傾いて、どこかで彼女が悲痛な叫び声をあげてくれているのがわかる。
ああ。彼女に僕は呪いをかけてしまった。なんて残酷で、最悪の人間なのだろうか。しかし、反対にもこれで楽になれる。解放されるのか。という思いが残っているのも事実だ。高い高い20階から落ちるのがゆっくりに感じられた。たった数秒もしくは、十数秒のことがとても長く長く感じられた。
来世で、もしまた君と会うのが許されたならもっと幸せになれるような行動をして、君と一緒に幸せになりたいと思うのは僕のエゴだろうか。
それでもいいかな。
ドスン
そんな重低音が辺りに響く。たくさんの人が、騒いでいる。彼が下まで落ちた音だ。もう、私も落ちてしまおうか。そうしよう。もう、生きている理由なんてないし。もう、辛いのにも苦しいのにも、寂しいのにも飽きたよ。
私も最後の一歩を踏み出そうとした時、どこからか、まだ生きてるぞ!という声が聞こえてきた。微かだが息がある!と叫んでくれている人がいる。止血しようと頑張ってくれてる人たちが下に何人も何人もいた。私は、屋上を飛び出して、集中治療室の方へ飛んで行った。
途中で樹くんが運ばれてくるところに出会った。医師の方々や看護師の方々、薬剤師の方々が忙しなく動き、大声でいろいろなことを話し合っている。
どうか。どうか。彼が生きていますように。神様がここまでなんどもなんども、死にそうなところを助けてくれているのは、生きろ!ってことなんだから。死ぬことなんてないんだから。そう必死に願いながら、外で待った。すると、そのうち医師が一人でてきて言った。どうしたのか。と。中にいる彼の彼女です。と答えると、一命はとりとめた、運が良かった、二度とこんなことしないで。と言っていた。彼はこのまま診療科へと移されるらしい。
目がさめるとそこは、真っ白の天井だけがあった。
「起きたの。」
と声がして、そちらに顔を向けると思った通り、彼女がそこにいた。
「こんなに生きてられるってことは、神様が樹くんに生きろ。って、許した。って言ってるんだよ。だから、生きなきゃね。」
そう言って、静かに微笑んだ。
ああ。僕は、こんなにも彼女に心配を、迷惑をかけ、僕が生きることをのざまれているのか。と幸せに思った。
これから、生きていくうちで幸せが訪れることが許されるのだとしたら、その幸せを告げてくれるのは君であってほしい。何度も僕を救ってくれた君のその声で僕の幸せを告げてほしい。
何度も僕を救ってくれて、ありがとう。
僕に生きてていいと言ってくれてありがとう。
いつか、神様が僕に死を告げるまで何度でも君の声を聞いて、幸せを噛み締めていたい。
もし、これからも樹くんのそばにいていいのなら。
何度でも、あなたに幸せを告げたげたい。
これは世界で一番何よりも、互いの幸せを願う二人の物語。
せせらぎよりも君の声 真田あゆ @ayuayu_0630
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