三度目の運命

 俺は大学を無事卒業し、地元の割と有名な広告関係の企業に就職した。

 仲間にも仕事にも恵まれ、忙しくはあるがそれなりに楽しく過ごせていた。


 就職してからは学生時代の友人たちに一度も会っていない。

 お互いに忙しいというのもあるが、やはり社会に出ると仕事の優先順位が高くなってしまって、休日は疲れた体を癒す事に専念してしまう。

 それでも相変わらず曽我部や久遠、須田とは忘れた頃にメールが届くくらいの繋がりは残っていた。


 勿論、美優とも連絡を交わしてはいたが、その頻度は他の友人に比べてもかなり低かった。

 一応、大学へ進学が決まった時に美優がどこに行くか知らなかった事を曽我部と久遠に呆れられた経験から、美優の就職先だけは把握していたが、ほぼ繋がりの無い業界だったので仕事で絡む事も無い。




 同じ事を繰り返す日々を1年ほど繰り返した春の一日。

 その日は大学を卒業して初めて須田に会う約束をしていた。

 『仕事が休みの日じゃないと時間の約束が出来ない』と俺が言うと、『じゃあ沢村が休みの日に』と、どうしても会いたい雰囲気が妙に気になったが、久し振りに仕事以外で親しくしている人間に会えるというだけで自然と気分は上がっていた。


「久し振り。」

「あぁ。」


 平日の昼過ぎ。

 待ち合わせに使った喫茶店の客は俺と須田だけ。

 1年以上振りに会って多少なりとも気分が上がっていたと言うのに、何とも素っ気無い挨拶だった。


「仕事どう?」

「まぁ順調だよ。そっちは?」

「結構しんどいけど楽しみながらやってるよ。」

「それが一番だな。」


 他愛の無い会話をだらだらとしても苦痛に感じないところが『旧友』たる所以なのかもしれない。

 と言っても、須田とはまだ知り合って5年程度しかならないのだが。


「会って話したい事があったんじゃないのか?」


 そう声を掛けると、須田は目を細めて俺の顔を見てきた。


「へぇ……沢村って結構鋭いんだな。」

「鋭いかどうかは分からないけど、電話で何となくそんな気がした。」

「それを鋭いって言うんだと思うよ。」

「職業病もあるかもしれない。」


 広告の仕事をしていると、クライアントは1から100まで言う事は無い。

 精々10くらいしか言わない中からクライアントの要望を見付けだして形にしなければならない。

 なので、公私問わず他人と会話をする時は、相手が何を考えているのか探りながら聞く癖が付いてしまっているようだ。


「実はさ……」

「うん。」

「結婚する事になった。」

「そうか。おめでとう。」

「あれ?何か反応薄くない?」

「俺たちもう20歳超えてるし社会人だし収入あるし、相手が居てお互いに結婚する気があれば不思議な事じゃないだろ。」

「そういう事か……ホント鋭いね。てっきり美優ちゃんから聞いてたのかと……」


 頭の中では忘れた事の無い名前を他人の声で聞いた時、俺の心臓が普段より強く打った。


「その顔だと、まだ付き合ってもない感じ?」

「余計なお世話だ。」

「まぁ、僕も美優ちゃんとは親戚が集まった時にちょこっと顔を合わせただけで、近況とか全然知らないんだけどね。」

「従姉弟なんてそんなもんだろ。」


 須田が俺の顔を覗き込むように顔を近付ける。


「従姉弟ならそれでもいいけど、まだ付き合ってもない幼馴染って関係だけじゃ不安になってるんじゃない?」


 俺はキッと須田の顔を睨み返す。


「俺が不安になんかなってるわけないだろ。」


 少し口調がキツくなっていたが、何故か須田は目尻を下げて嬉しそうな顔になっている。


「僕は美優ちゃんの事を言ってるんだけど?」


 少しむかついたけどコイツには敵わないと思った。

 俺は小さく溜息を吐いて苦笑いを浮かべ、無意識の内に浮かしていた腰を椅子に沈み込ませた。


「合コン……覚えてるだろ?」


 俺は合コンの後、美優と話した事を須田に語った。

 須田はイケメン故か、優しそうな表情で俺の話に聞き入っていた。




「つまり、次に会えたらそれが運命って事か……沢村らしくないね。」


 須田はケラケラと笑いながら言っていたが、一頻り笑うと今度は真面目な顔を俺の方に寄せて来た。


「でも、『三回会えれば運命』って言うなら、『二度と会えないのも運命』とも言えるよな?」


 確かに須田の言う通りではある。

 どこかで会えれば『運命だ』と、過去二回会えた偶然と併せて『そらみろ!』と言えるが、それがいつなのか確定していないのだから、このまま会えずに終わることもまた『運命』なのだ。


「沢村はそれでもいいの?」


 須田が心配そうな顔で俺を見る。


「僕は美優ちゃんの従弟であって、沢村の友人でもあるんだ。どっちにも辛い思いはして貰いたくないな。」


 多分だけど須田の本心なのだろう。

 逆の立場であれば、俺だってそう思うに違いない。


「分かってる。ありがとう……って言うのもヘンな感じだけど。」


 何かそんな事を言った後はグダグダと昔話をして、外が騒がしくなる前に解散となった。




 それから暫くして、須田から結婚報告のハガキが届いた。

 真っ白なタキシードを着た須田と、満面の笑みで須田と腕を組む花嫁。

 花嫁は俺の知らない子だったが、微笑ましい写真だった。


 ハガキを見ながら頬を緩ませていた時、何故かもっと古い『親友たち』のことが頭に浮かんできた。


(アイツら……どうしてっかな?)


 机の上に置いたスマホを手に取り、アドレス帳を開いてその親友たちの名前を探した。

 もう連絡しなくなって何年になるだろうか。


 『曽我部 凌』


 『久遠 和花』


 コイツらまだ付き合ってるのだろうか。

 まぁ敢えて訊く必要は無いだろうけど。


 俺は曽我部のアドレスを開くと、いきなり電話というのも気が引けたのでメールを送ってみることにした。


 宛先:曽我部 凌

 本文:元気か?


 コイツにはこれで十分。

 続けて久遠にも……と思ってメールアプリを開くと同時に曽我部から返信が入った。

 早すぎるだろ。


 差出人:曽我部 凌

 本文:うおぉぉぉ!沢村ぁぁぁ!元気でやってるかぁぁぁ!?俺は元気だぞぉぉぉ!


 ウザい。

 電話しなくて良かった。

 と言うより、この年になっても変わらないノリが可笑しく、不覚にも声を出して笑ってしまった。

 そして立て続けに着信。


 差出人:曽我部 凌

 本文:近いうちに話そうぜ!話したいこともあるからよ!いつがいい?


 こういう嵐のようなノリ、学生時代なら読み流していたかもしれないが、今は懐かしさで許容出来ている。


 宛先:曽我部 凌

 本文:夜中の1時過ぎなら多分空いてる。昼間が良ければ直近は次の土曜日が休みだ。


 仕事次第で何時に終わるか分からないが、夜中1時を過ぎれば大抵は解放されているので大丈夫なのは嘘ではない。


 差出人:曽我部 凌

 本文:夜中の1時ってwwwブラックすぎるwww俺健全なサラリーマンなんで土曜日で頼んます!


 俺は次の休みの日をカレンダーで確認して、『じゃあ次の土曜日で』とだけ送った。

 立て続けに古い友人に会える機会が来る事で、何だかいい気分で眠れる気がしていた。




 土曜日。

 俺は曽我部と会う為に駅前から少し離れた通りにあるカフェに来ていた。

 カランコロンと小気味良い音を立ててカフェの扉を開けると、既に曽我部は到着していて俺の姿を見付けて大きく手を振っていた。


「待たせた。」

「いやいや、待ち合わせの時間まだだから。しかし久し振りだな。」


 そういう曽我部は、昔の雰囲気を残しつつも幾分落ち着いた印象を受けた。


「もう5年くらいになるか?いや、もっとか?」

「そんなになるのか。いやぁ、オマエからメール貰って何か昔の事色々思い出しちまってなぁ。昨日はそわそわしてなかなか寝付けなかったぞ。」


 相変わらずよく喋る奴だ。

 どこかで区切らないと延々と話し続けられてしまう。


「で、話があるとか言ってたな。」

「あぁ、実は今度アメリカに行く事になってな。」

「アメリカ?」

「仕事でな。まぁ色々経験積んで来いって事で2年程なんだがアメリカにある支社に転勤だ。」


 曽我部は確か自動車関係の仕事に就いていたはず。

 その絡みで海外勤務となればなかなか順調な社会人生活を送っているようだ。


「それはまた大変じゃないか。」

「色々あるんだとは思うけど、あまりネガティブな事考えるの得意じゃないんで、帰国したらいいポジションが待ってるって思うようにしてる。」


 いかにも曽我部らしい発想だし、そこは変わってなかった事が安心出来た。


「そう言えば久遠とは続いてるのか?」

「あ~……言ってなかったな。和花とは去年……就職して少しして別れたんだ。」

「そうか……あんなに仲良かったのにな。」

「やっぱ住む世界が変わるとな……まぁ、喧嘩別れじゃないから今でも連絡は取り合ってるよ。」

「オマエが納得してるなら言う事は無い。」

「ははっ!相変わらず冷めた奴だ。」


 そして曽我部は俺の方にぐっと身を乗り出してきた。


「俺の事は以上だ。で?沢村はどうなんだよ?」


 美優との事だろう。

 俺は大学時代に合コンで再会した辺りからの話を曽我部に聞かせた。




「つまりそれから会ってないって事か?」

「あぁ。」


 曽我部は溜息を吐いて椅子に背を預けた。


「相変わらず呆れるような事ばっかやってんだな。」

「うるせぇ。」

「てか、本気で美優ちゃんと付き合いたいとか思ってるのか?」

「思ってるよ。」

「だったら『三回会えたら運命』だ何だってかっこ付けてないでさっさと付き合っちまえばいいんだよ。このままだと『二度と会えないのが運命』になっちまうぞ。」


 曽我部も須田と同じ事を言った。

 一般的にそう思うのが普通なのだろうか。

 再度、曽我部は大きな溜息を吐いた。


「沢村、オマエ、美優ちゃんの住んでるとこ知ってるの?」

「行った事はないけど大体の住所くらいなら。」

「よしっ!」


 曽我部はそう言って勢いよく立ち上がり、テーブルに置かれた伝票を持つと『行くぞ』と言ってカフェを出て行く。

 カフェの駐車場には白いスポーツカーが停まっており、曽我部がリモコンでドアロックを外して乗り込んだ。


「まぁ乗れよ。」


 助手席の窓を開けて俺に乗るように言ってきたので、俺は素直に乗り込んだ。


「何処へ行こうとしてるのかは何となくわかるが……」

「だったら話は早い。」


 そう言って曽我部は車を発進させた。

 こうなった時の曽我部は何を言っても聞かないので、俺はおとなしく助手席で揺られる事にした。

 信号に停まるたびに車のナビを操作しながら、次第に見覚えの無い街へと入っていく。


「聞いていた住所ならこの辺りだ。」

「結構マンションとか多いな。あの辺りのどれかじゃないのか?」

「オマエの無鉄砲さと適当さには頭が下がる。」

「褒めるなよ。」

「褒めてねぇよ。」


 曽我部は暫く車を徐行させていたが、無謀な事だと気付くのにそう時間は掛からなかった。


「やっぱ無理があったかな。」

……な。」

「帰るか。」

「そうだな……あ、悪いけど近くの駅で降ろしてくれるか?ついでに買い物していきたい。」


 俺は曽我部に駅まで積んで行ってもらい、そこで別れた。


 『会えるように祈ってるよ。』


 曽我部はそう言うと機嫌よくアクセルを吹かして俺の前から去って行った。


(こんな所で何やってんだ俺は……)


 曽我部と再会出来て色々話せたのは良かったが、一人になった途端に虚無が襲い掛かってくる。

 買い物とは言ったものの、別にこの街じゃないと買えないものでもない。

 長居をする意味も無いので、俺はそのまま改札を抜けようと流れて来る人に逆らうように駅の中へと入った。












「えっ?」




 鼻腔をくすぐる柔らかい匂いに、俺は思わず声を出して振り向いていた。

 知っている匂いではあったが、これだけの人が居れば俺の知っている香水や柔軟剤を使っている人も居るだろう。

 それでも、何か懐かしく、何か心臓が昂る匂いに、俺は足を止めて来た道に視線を向けていた。








「よっす!」




 右の耳をくすぐる、聞き覚えのある声。


 周りの音が消えたような感覚の中、その声だけが耳に残る。


 俺はゆっくりと自分の右側へ視線を流す。


 自分の胸の高さより少し上にあった人の顔を見る。


 頭の中から一度として離れた事の無い人の顔がそこにある。




「美優……」




 記憶にあるままの笑顔を浮かべている俺の大切な人。


 俺の腕を大事な物であるかのように抱き締める。




「三回目だね……」


「そうだな。」


「会えたね……」


「そうだな。」


「あれからいっぱい考えたよ。」


「何を?」


「もう会えないんじゃないかって。」


「うん。」


「ショッピングモールで会ったのも、合コンで会ったのも、どっちも『偶然』って言うなら、何度会ってもやっぱり『偶然』なんじゃないかって。」


「うん。」


「でも、こうも思ったの。『最初に出会ったのが運命なんじゃないか?』って。」


「最初……美優がこっちに越して来た時?」


「そう。あの時から涼太くんと会うのは『運命』だったって考えたら、どれもこれも『偶然』じゃないって。」


「そうか。」








 『偶然』とは予期せぬ仕方で物事が起こる事である。

 『運命』は人の意思に関わりなく巡ってくる事案ではある。

 

 では、何を以て『偶然』とし、何を以て『運命』とするのか。




 結局は本人たちの思いだけ。


 初めて出会った事から『運命』が始まっていたのなら、ここで再会する事もまた『運命』として決まっていたのだろう。








「美優。俺と……




 街の喧騒は耳に入らなかった。

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一度目と二度目が偶然でも三度目なら運命 月之影心 @tsuki_kage_32

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