最終話
――約一か月後。
ヒエムス王都では、仮面祭りが開催される予定になっていた。
町の至る所に、仮面を売る店が出来ている。
豊穣の女神、大御神へ供え物をし、皆が楽しみ、感謝を捧げる。
そうした国を挙げた大感謝祭を催すと、ヒエムス王から達しがあったのだ。
ヒエムスに生まれ育った者は、祭りなど知らない。
皆、それに飛びついて、ワクワクドキドキと、その日が来ることを待っていた。
そんな中、ヒエムス王都の地下牢。
そこに繋がれている、プププートの前にヒーロスがやってきた。
プププートは、薄暗い中で、牢の奥に座っている。
頬はこけ、髪は乱れ、片目が飛び出たようになっていた。
両の腕にはめられた手錠は、鎖が付き、壁へと繋がれている。
足にも錠が付けられ、重しが付いていた。
「兄さん」
声を掛けられ、プププートは怒り狂って檻の前のヒーロスへと飛び掛かろうとする。
しかし、それを鎖や重しが阻む。
「貴様ぁ!! 余にこのようなこと、絶対に許さぬぞぉおお!!」
「兄さんは、もう王じゃないよ」
「黙れぇえ、この簒奪者が!」
ヒーロスは、喚き散らすプププートが、黙るのを静かに待っている。
やがて、息も絶え絶えに、罵倒は止んだ。
「今日は、兄さんにお別れを言いに来たんだよ」
「別れぇ?」
「ああ、兄さんの処分が決まったんだ」
「処分、処分だとぉお! 弟の分際で何様だ!」
「……王様だよ、兄さん」
「この、くそがきがぁああ!!!」
また、喚き散らし始めた。
それを、今度は指を鳴らして制止する。
「僕はね、兄さんをどうするか決めかねてたんだよ。だから、僕の将来の妻に決めてもらったんだ」
プププートは、妻と聞き、それが何かよく分からないような表情をした。
そこへ――。
――コツン、コツン。
石畳を叩く、女性の足音が聞える。
貴族であれば、その音色が令嬢であることがわかるだろう。
美しく整った歩幅。
遅くもなく早くもない。
雑音もない。
これは、令嬢でなければ出せない音だ。
やがて、それはプププートの檻の前へと現れた。
プププートに振り向くと、令嬢らしい鮮やかな礼をする女。
アティアである。
「貴様かぁああ!」
「プププート様、お久しぶりにございます」
アティアは、顔を上げプププートを見詰めた。
変わり果てた元婚約者の姿。
それを見る、アティアの表情からは感情は読み取れない。
そして、話す。
「わたくしが、今こうして命があるのはプププート様のお陰でございます。妃となるものとして、アノイトス新国王陛下であらせられます、ヒーロス陛下に願い出ました。罪一等を減じ、追放処分となされることがよろしいと」
それを聞き、プププートは逆上した。
暴れながら罵詈雑言、誹謗中傷。
全く聞くに堪えない言葉を連発している。
しかし、アティアは黙って聞いている。
プププートは、先ほど以上に息も絶え、へたり込むほど吐き散らかした。
「これは、わたくしが伝えるべきと、陛下に言上致しました。それが、元婚約者の務めだと……、どうか、お元気で……」
アティアは、そう言って、また礼を取ると、同じリズムで歩き去って行った。
しばし、沈黙が流れた。
「何故だ……? 何故、俺がこんな目に……」
ヒーロスが、ここでようやく口を開く。
「兄さんは、既に魅了魔法が解けて、自分が行ってきたことは、思い出せているはずだよね。それがいかに異常な事だったかも。でさ、何で未だに生きてると思う?」
「……何だと?」
「いつ殺されてもおかしくない。今町に放り出したら、明日は迎えられないよ? それだけのことをしてきた。そういう自覚はないの?」
さすがのプププートも分かっていたのだろう。
自分がしてきたことがどれだけ異常だったかを。
しかし、それは操られていたんだと、自分は悪くないのだと、牢獄の中でこの一ヶ月叫んでいた。
「兄さんの命を、今も守ってるのはアティアなんだよ。多くのアノイトスの者たちが処刑を声高に叫ぶ中、アティアがそれを宥めてるんだ。この意味わかる? 聖女、ここでは教女と言われてるけど、彼女が民衆を抑えているんだよ。彼女の存在。彼女にそう言われてはと、民衆は何とか我慢できている」
ヒーロスは、今のプププートが置かれている状況を事細かく説明した。
そして、王として、処断しなければならないはずだった、と。
アティアが居なければ、とても庇いきれるものでは無かった。
「僕は兄さんと違って、家族を殺したくない。それをアティアは分かってたんだろうね」
「ま、待ってくれ! 俺だって、親を……操られていたんだぞ!」
「武芸に秀でてる自分を、どこか認めてくれない、そんな父を恨んでたのでは? 見境なく女性を貪りたい、そう思ってたのでは?」
「それはっ……!」
ヒーロスは、手を挙げてプププートの言葉を止める。
「誰しも心には欲があるよ。僕もある。でもね、兄さん……兄さんの場合は……」
ヒーロスは、どこか寂し気に悲し気に黙った。
そして、告げた。
後日、仮面を付け、フードマントを被って、隣国へと追放すると。
「顔を見られたら、厄介だからね。馬車も貧相なものにしよう。贅沢は出来ないだろうけど、うまく使えば一生生きて行けるだけの金銭も用意するよ。さようなら、兄さん……」
そう言うと、ヒーロスは去って行く。
ヒーロスの後方からは、泣きわめき、弟の名前を呼ぶ哀れな男の声が響いていた。
――貧相な荷馬車が、ヒエムス王都を進んでいる。
通り過ぎる町ゆく人々は、仮面をつけたり、騒いだり。
馬車の御者の二人も仮面をつけている。
壮麗な男と若い男と思われる。
その荷台に乗っているフードマントに仮面をつけた人物が乗っていた。
それは、ヒエムス王都正門までやってきた。
そこには、仮面をつけた女性が立っている。
馬車は止まる事無く、過ぎて行った。
女性は、通り過ぎていく馬車に向い、深くお辞儀をする。
荷台に乗っていた人物の仮面の下からは、雫が落ちていた。
やがて、馬車は隣国の夏の国に向って去って行った。
――約一年後。
アノイトス城下では、戻ってきた人々が王の結婚の儀に沸き立っていた。
人々は、知性に溢れる若き王を、讃えてやまない。
農業というものを民に教え、自ら開墾する方法を編み出していく。
夏の国、冬の国への援助を進んで行う。
研究機関の設立など、とにかく内政でその手腕を存分に発揮していた。
長兄よりも優れているのでは?
新しき王ヒーロスは、既に国内だけではなく隣接する国々へも、その有名をとどろかせていた。
しかし、これは、彼のまだほんの一端である。
後に、聖女アティアと共に魔王討伐を成し遂げる。
それによって世界は四季で満たされた。
アノイトス初代国王に匹敵、いや、上回る。
後の歴史家が大論争を繰り広げるほどの王となるのであった。
また、聖女アティアも、豊穣の力は失ったものの、民からこよなく愛され、初代聖女と同等の評価を得ることになる。
英雄王と女神の生まれ変わり。
そんな物語が作られていくのであった。
その二人を支え続けたエクエスとアズバルド。
両者も、歴史に名を残すことになる。
「――アティア」
「はい、陛下」
「二人の時は、名前で呼んでって言っただろ」
「……ヒーロス様」
二人は、宮城のテラスにいた。
成人の儀が終わったヒーロスは、一段と逞しく男らしくなっていた。
花の咲き乱れる春。
朗らかな風。
アティアは、風になびく髪を抑えながら、ヒーロスを物欲しそうに見詰めた。
ヒーロスは、アティアの感情を読み取ったのか、また、イタズラっ子な顔となった。
アティアは、少し頬を染めた。
「言ってくれないと、わからないなー」
「……ほ、欲しいです」
「えー、何がー?」
「うぅ……もういいです!」
ヒーロスは、つんけんしたアティアの腰に手を回すと引き寄せた。
二人は見つめ合う。
そして――。
そして季節は訪れた~好色バカ王子が、婚約破棄した挙句に聖女を国外追放した!国がどうなるか分かっていないようだ~ 宮城 晟峰 @miyagiseihou
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