裏路地のお菊さん

桔梗 哲毬子

裏路地ノ オ菊サン

 その日、私は帰りが遅くなってしまっていた。もうとっくに0時を回っている。早く家に帰ってお風呂に入りたい。もうずっとゆっくりと湯船に浸かれていない。早く帰ろうと私は裏路地へ足を歩いていた。

この路地は外灯が少なく、民家の明かりも届かないため、普段は通らない。しかし、徒歩で大通りをまわると30分は多くかかってしまうから、早く帰りたい私に大通りという選択肢はなかった。


コツ  コツ  コツ


ヒールの音が響く。私は自分のヒールの音を聞きながら、先日甥っ子から聞いた怖い話を思い出した。


 「真っ暗な道でね。コツコツコツってヒールを履いたお菊さんっていう女の幽霊が追いかけてくるんだよ~。それでね、捕まっちゃうと死んじゃうんだって。でね、その死んじゃった人は次のお菊さんになるんだって。

……だからね、だからね、ゆうちゃんの友だちのけいくん、お菊さんになっちゃったかもしれないの。だってね、けいくんの家ね、暗い道の向こうにあったから。」


 甥っ子のゆうたは、面白そうに話していたと思ったら、急に悲しそうに俯いた。


 「なんか、ごめんー。ゆうたとけいくんすっごく仲良かったんだけどね、けいくん持病があって、今入院してるんだ。ゆうたはもう2ヶ月くらい、けいくんにあってないから最近こんな感じなんだよね。」


 姉が言う。ゆうたの母親だ。


ああそういう。ゆうたの友達が亡くなったりしたのかと思った。ほっとした私は、脳内でゆうたの話にツッコミだした。

お菊さんは皿屋敷だ。1枚足りなーいってやつ。追いかけては来ないし、暗い道にいたりもしない。ヒールを履いている時代でもない。それに、次のお菊さんって何?

昔、トイレの花子さんの話で、花子さんにとって代わられるバージョンを読んだことがある気がする。きっと、ゆうたの友達が周りの子を怖がらせるために、色々な話を混ぜたのだろう。


 今思い出しても、笑ってしまう。ヒールを履いたお菊さん。お皿でも投げつけながら追いかけてくるんだろうか?なかなかシュールだなぁ。そんなことを考えながら歩いていると、もうひとつ自分ではないヒールの音が聞こえてきた。


カッカッカッカッカッカッ

コツ  コツ  コツ


2つのヒールの音が響く。甥っ子の話はきっと作り話。でも、真っ暗な中、足音だけ聞こえるのは結構怖い。歩くスピードを速めると、前に女の人が見えた。ホッとしてもとの速さに戻す。あんまり近づいて、不審者だと思われてもね。路地の終わりが見えてきた。丁字路になっており外灯と折れたカーブミラーがある。車か何かがぶつかったのだろう。昔から折れている。


と、前を行く女の人が立ち止まり、

ゆっくりと振り返る。

その黒い髪の女の人は、少し長いぱっつんの前髪の隙間から、私の後ろを見るなり、目を見開き、息を飲み、悲鳴をあげながら、一目散に逃げ出した。

後ろに何かいる!

怖くなった私は振り返ることもせず、

ほぼ同時に走り出す。


カッカッカッカッカッカッ

 コッ コッ コッ 


2つのヒールの走る音が響く。


女の人が路地を曲がっていった。

そのとき私は、何かにつまずいたのか、転んでしまった。立ち上がりる私の目に、折れたカーブミラーが入る。そこに映るのは、


右上がない頭から脳が覗き、

顔はつぶれ、

折れた左腕をプランとさせ、

左足はなく赤黒い血が垂れ、

右足にヒールを履いた女


だった。

私は息をのみ、逃げようと路地から出ようとしたが、震える足がもつれ、また転んでしまった。

立とうとするが、足の震えが収まらない。這うように逃げるが、スピードが出ない。


遅い遅い遅い もっとはやく。

何あれ。絶対生きていない。

こわい。こわい。こわい。

はやくはやくはやく。はやくここからっ

ヒールのお菊さん。ヒールのお菊さん。

あの話の最後は?お菊さんになる?

いや、いや、

あれはあれはどう考えても作り話っ



しかし、何も起こらなかった。

恐る恐る振り返るとそこには何もいなかった。

ホッとしながら、ゆっくりと立つ。震えは収まらないが、ゆっくりなら動けるだろう。路地を出ようとした時、私はカーブミラーを見てしまった。そこには再びあの女が写っていた。思わず声をあげ、まだ震えの収まりきらない足は再び大きく震え出す。


ミラーから目をそらす、逃げようにも震える身体は動かず立ち尽くす。 私は目をつむった。


しかし、やはり何も起こらない。


なぜ、何もないのか?

愉快犯的な幽霊がいるとか?

驚かすだけでなにもしないとか。

後ろには誰もいなかった。

でも、カーブミラーには写っていた。

私の後ろにー


私は目をあける。


私の後ろ?

私は写っていた?

私の前?

目線をそっとカーブミラーへ移す。


そこへ写っていたのは、


右上がない頭から脳が覗き、

顔はつぶれ、

折れた左腕をプランとさせ、

左足はなく赤黒い血が垂れ、

右足にヒールを履いた女

右上がない頭から脳が覗き、

右耳にはわたしと同じピアスをつけ、

顔はつぶれ、

折れた、私と同じ腕時計をつけた左腕をプランとさせ、

左足はなく赤黒い血が垂れ、

右足に私と同じヒールを履いた女


だった。

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裏路地のお菊さん 桔梗 哲毬子 @kikyotemariko

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