言伝荘の人々との思い出

第54話 月面人の豪運

「サクヤさん! 旅行ってなんですか⁉︎ 俺聞いてないですよ! そんなのめっちゃ楽しそうじゃないっすか!」

「あぁ、ルークスさん。お帰りなさい、です」

「ただいま」

「ドルチェさんもお帰りなさい」


帰宅直後、俺が交流スペースに行くとサクヤさんはみかんを食べているところだった。

ご飯前なのに。


「あれれぇ……伝えた気がしてたんですけど……とうとうボケ始めましたかね。まだ全然年は行ってないはずなんですけど……」

「ふふ……」

「あ、今ドルチェさん笑いましたね!」


これが、感情のかけらもない月面人と、親に捨てられ山で育った鬼の子孫だったわけだから、時の流れって恐ろしい。


「えっとですね、わたし、無駄に長い間生きてる、というか、この地球にいるので、財産はアホほどありまして。あ、時々戸籍偽装したり、相続について嘘ついて弁護事務所に相談して譲渡税払ったりしながら身分は綺麗に隠してきて、今は定年退職した後っていう設定なんですけど」


しれっととんでもねぇこと言ったな、この人。


「まぁ200年近く生きてると、株とかに手を出すわけです。暇なので。それで、昔買った株券がまだ残ってたりするんですけど……実はそれがとんでもないことになりまして。かなり前、50年ぐらい前ですかね。まだ下手くそだったときに買った旅館の株が、今になって高額になったんですよ。昔は小さい旅館だったのに」


それはもはや、サクヤさんの寿命から考えれば、長い目で見るセンスと言えるのでは?


「めちゃくちゃ配当高い上に優待券もたくさんもらっちゃって。わたし1人じゃ使えそうにないんですよ。どうしようか悩んでたら、この優待券、譲渡禁止って書いてなくて。じゃあ、みなさんに使っていただこうかと」


サクヤさんは『いやぁ取っておいたらこんなになっちゃって』と言いながらリビングテーブルの上にドサッと優待券を置いた。

サービス増量、宿泊料半額、朝食無料……その他諸々。

初めて見たけど優待券ってこういうふうになってるんだ。


「実は、この株を買ったのは、当時大事だった人たちと行けたらいいなって思ってたからなんです。でも、こんだけ長い間生きてると、当時大事だった人は、みんな死んじゃいました」


……200年も地球にいれば、そうなるよな。

平均寿命は基本的に100歳とちょっと。

すでに大人の姿から作られてるクローン兵だったら50年生きればいい方。

最初の方に出会った人たちは、みんな死んでて当然だ。


……それってものすごく寂しいはずだ。


「でも、今大事なのは、言伝荘に住んでる皆さんです。もちろん、昔の大事な人たちが死んじゃったときの痛みは消えたわけじゃないです。けど、みんなでご飯食べたり、事故ったって聞いて不安になったり、楽しい音楽が聞こえてきたり、綺麗な割によくお酒を飲むお姉さんがいたり。特にドルチェさんなんかは、もはや歳の離れた弟みたいな感じですし。今はすっごく楽しいんですよ?」


……サクヤさんは、やっぱり見た目の割には大人だ。


そのとき、奥の厨房から『ご飯できたわよ〜』というマドカさんの声が聞こえた。


『今片付けますね! ご飯食べましょう!』と言いながら、サクヤさんは優待券を片付け始めた。





今日の夕飯はマドカさんの特製アクアパッツァ。

リビングテーブルのど真ん中に、大皿に盛られたそれが置いてある。


さすがマドカさん。

アルマさんの次に料理上手。


ちなみに、サクヤさんは全自動調理器派、マドカさんとアルマさんは手料理派だ。

最近の人間であるマドカさんとアルマさんは、最近の人間のはずなのに、自分で料理をするのが好きだ。

しかも美味いから食べる側は困っちまう。

おかわりしまくっちゃうんだよね。

おかげで今まで割とガリガリだった俺は少し体重を増やすことができた。

サクヤさんは年齢の割に、家事はかなり機械に頼る派だ。


「「「「「いただきまーす」」」」」


いつも通りの食卓が始まった。

どうやらアルマさんは俺とサクヤさんが話している間に帰ってきてたらしい。

マドカさんの料理にニマニマしているのが見て取れる。


「皆さんっ! 今日は旅行について、どこにいくかとか、具体的にお話しいたしますね」


自分用の小皿にアクアパッツァをより分けながら、サクヤさんが話し始めた。


「いやぁ、夏場は式の予約少なくなるから助かるぜ」

「お休みは夏場が一番取りやすいものね。旅行楽しみだわ〜」


そっか。結婚式は快適な季節の方がいいもんな。


「えー、ルークスさんとドルチェさんはもう予定ないって聞いてたので、マドカさんとアルマさんのプロフィールをお預かりして、日程を組ませていただきました」


「「ありがとう!」」


やはり見た目に反してデキる女、サクヤさん。


「一泊二日で、8月の18、19ですね。この日は誰も予定なかったはずなんですけど、大丈夫ですか? 準備期間のこととか」

「俺は大丈夫」「私も!」

「その日で大丈夫っす」


ドルチェはそもそも外出ができない人間なので答えない。

サクヤさんもそれをわかってるから、何も言わない。


「じゃあ、最終確認もできたところで、日付はこの日で確定にしちゃいますね!」


サクヤさんが『ピッ』と人差し指を挙げると、パネルが空中に浮かぶ。

指先で晒されとメモを取り、『パチン』と指を鳴らすと、それは消えた。


「最近買ったメモ帳とっても便利なんです〜!」

「それ、私も持ってるわ! 指鳴らないとちょっと困るわよね」

「乾燥してると大変なんですよねぇ」


やっぱり女子力高い人間は手帳持ってるよな。

サクヤさんは人間ですらないけど。


「それで、前にもお伝えした通り、行き先は、フジノミヤ温泉街でお馴染みの、フジノミヤ・エクセレンテリゾートです!」

「空中ホテルのとこだよな」

「なかなか手を出そうにも出せないものね、あんな有名リゾート」

「……フジノミヤってことは、シズオカですか?」

「「そうそう」」

「え、すごいじゃないっすか! この年齢で行けるとは……」


シズオカ、確か昔は県だったんだっけ。

南海トラフ地震が1000年の間に何度か起きて、それで県の大半が沈んだから、ヤマナシ県に取り込まれたんだよな。

ヤマナシ県のシズオカ市、あの辺はかろうじて残ってる。

何故なら、日本一高い山、フジ山があるから。

あそこは津波に巻き込まれなかったんだよな。

その周辺は海と山を一斉に楽しめる観光地として有名で、フジノミヤ温泉街は多分、日本一有名な温泉街。

超有名リゾートだから、あの辺の旅館とかホテルの予約は、相当な額を注ぎ込んだ株主、もしくは相当運が良くなきゃ取れない。

その、エクセレンテ、だっけ?

そのホテルも相当予約取るの大変なはずだ。


「当時のわたしはとってもアホだったので、人助けのつもりで潰れかけのエクセレンテリゾートの株を買ったんです。だから、潰れかけた旅館を助けてくれた、ちょっとすごい人とその御一行として対応していただけるはずです。ちょっと前に予約できるか電話してみたら、なんだか偉い人が対応してくださって、いつでも大丈夫だから好きなときに予約してくれって言われました。多分、もう『天竹サクヤ』っていう名前がそのホテルだと英雄みたいになってるのかなぁ……?」

「「「「強っ……」」」」


この人一体何者なんだ……?


「とにかく、とっても楽しみです! 仲良しの人と旅行なんて久しぶりですから! それに、これはドルチェさんのデビュー戦でもありますから」

「そう、だね。人が多いところで、ちゃんと欲望を抑える、のデビューだね。全校集会のときは大丈夫だったよ」

「なら、ちょっと安心ですね!」

「うん」


ドルチェはちょっと誇らしげだ。

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御伽噺 〜あの童話の主人公が俺の祖先なので祖先に恨みを持っている悪役たちが襲ってくるけど祖先が残してくれた能力でなんとかしてます〜 Lemon @remno414

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