其の六
腕と足に痛みは残ったが、ママの適切な手当てで何とかなった。
こういう時、昔看護師をやっていた彼女の手際の良さは素晴らしいものだ。
痛みも大したことはない。
『さあ、行こうか』
ソファから立ち上がると、俺はカウンターの前に腰を下ろしている主税君に行った。
『行くとは?』
『約束しただろ?”吉原”さ』
『しかし、その体では・・・・』
彼はまだ躊躇している。
『何を言ってるんだ。ビジネス上の約束、プラス君には命の恩人という貸しまで出来てしまったんだ』
俺はママに世話になった礼を述べ、財布を取り出そうとする。
『ここの払いはまけとくわ。これ以上必要経費を増やされたらかなわないもの』悪戯っぽく笑って、財布から凡そ30枚ほどの万札を出して俺に手渡す。
『”いつもニコニコ現金払い”が貴方のポリシーでしょ?』
俺は足を引きずりながら、アバンティを後にした。
◇◇◇◇◇◇
吉原に着くと、俺はソープランド”孔雀御殿”の門を潜った。
主税君の相手をしてくれたのは、25歳、この世界ではベテランともいえる、紗香嬢だった。
『優しくしてやってくれ。何しろ彼は筆おろしなんだ』
金を渡してそう言い含めると、彼女は”大丈夫、心配しないで”と、多くは聞かずに彼の腕を取って奥へと消えて行く。
主税君は、
『せ、拙者はこれからどうすれば・・・・?』
と、俺を助けてくれた勢いはどこへやら、何だかおたおたしている。
『心配するな。彼女に全部任せておけばいいさ』
”お前はどうしたのか?”だって?
馬鹿を言うな。
さっきやり合って怪我をしたばかりだぜ。
それに仕事で”いい思い”をしちゃ、罰が当たる。
俺は待合室に寝っ転がり、暢気に煙草をふかしながら待つことにした。
きっかり70分後、彼は戻ってきた。
前よりもより引き締まったような顔立ちになっている。
『主税さん、とっても上手だったのよ』
別れ際、紗香嬢はそう言って俺に囁く。
俺達二人は肩を並べて店から出ると、通りがかったタクシーを停める。
『さて、これから先、君をどうするか、だが・・・・』
『その心配はござらん』
『というと?』
なんて事だ。
彼の身体が足元から薄くなってゆくじゃないか。
『どうやら、時間が来たようじゃ。恐らく元の時代に戻れるのだろう』
身体が半分位消えた時、彼は自分の片袖を破き、続いて俺に大石家の家紋のついた印籠を渡した。
『片袖はママさんとやらに、印籠はそこもとに・・・・何もないが、礼代わりとして受け取って欲しい』
最後の言葉と共に、大石主税良金君の身体は、完全に消えてしまった。
『お、お客さん、隣の人・・・・』
バックミラー越しに、運転手が目をむく。
『なあに、彼は途中で降りたのさ。心配しなくってもいい』
俺は他人事みたいにそういうと、片袖と印籠をしまい、シナモンスティックを咥えた。
これが俺の体験した、大石主税君との、奇妙な、実に奇妙な冒険の顛末だ。
”下らなすぎる”
だって?
何とでも言うがいい。
俺は自分の観たままを書いただけだからな。
片袖はママに渡し、俺は印籠を貰った。
ついでに言っておくと、稗史によれば、大石主税良金が討ち入りの際に身に着けていた亀甲文様の小袖は、片方破れていたことと、それに印籠を持っていなかったらしい。
まあ、世間ではそれを”証拠がないので疑わしい”と一蹴してしまっているようだがね。
終わり
*)この物語はフィクションです。
登場人物その他につきましては、全て作者の想像の産物であります。
主税(ちから)君の不思議な冒険 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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