其の三

 俺は睨むような眼差しでこっちを見ている主税君(彼はこう呼ばれるのは嫌なようだが、まだ十六歳だ。一応年下なんだからな)に、にわか仕込みの『忠臣蔵』の知識を総動員して、彼に色々と質問をしてみた。

 

 彼は俺から目線を外さずに、質問の一つ一つによどみなく答えた。

 信じたくはない。

 いや、信じる気にはならないが、ここまで完璧に返されると、自分の主義を曲げてでも、信じざるを得なくなる。

『どうなの?』心配そうな顔をして、ママが俺に訊ねた。

『・・・・流石に現実主義者の俺でも、どうやら信じざるを得ないな』

 俺は答え、三杯目をオーダーした。

『で、どうするね?俺に何をして欲しいんだ?』

『彼を・・・・彼を助けてやって欲しいのよ』

『つまり、何とかして彼を元の時代に帰してやってくれという訳かね?』

 ママはその後俺が何を言いたいかを察し、少し言葉を切ってから、

『勿論、タダ働きはさせないわ。ギャラは全部私が出すから』

『そういってもな。俺はしがない私立探偵で、科学者でもなんでもない。タイムスリップしてきた人間を戻す方法なんてわからんよ』

『やはり、駄目か・・・・』

 主税君は握った両手の拳をカウンターの上で震わせ、唇を噛んだ。

『行かなければ、どうなるね?』

『脱盟者としての汚名を着て、一生生き続けねばならぬ。まして拙者は家老大石内蔵助の嫡男だ。それならばいっそ・・・・』

 気が付いたように、腰の小刀に手を掛ける。

 彼が何を考えたか、直ぐに理解した俺は、立ち上がり、手を抑え、小刀を取り上げた。

『俺は現代・・・・つまり君のいた時代から、約三百年後の人間だ。だから侍というものがどういう道徳の中で生きて来たのか知らない。知りたいとも思わん。それにこの時代は、人が目の前で自殺しようと思っていたら、止めなくちゃならない。殊に俺みたいな立場の人間は猶更だ。放置しておくと、警察が黙っちゃいない』

『ならば・・・・ならば一体拙者は』

 彼は切なそうな目を俺に向ける。

『心配するな。あと5日はある。それだけ時間があれば何とかなるさ。その間に人生でやり残したことをすればいい。』

『人生でやり残したこと?』

 主税君はかすれたような声を出した。

『君は童貞かね?』

『ど・・・・何でござる?』

『つまり、女は知っているかと聞いているのさ』

 顔を真っ赤に染め、彼は頭を振った。

『俺の調べたところだと、君は元服・・・・つまりは成人したが結婚はしていない。それと京に親父さんといた頃、ある役者と衆道の契りを結んだ・・・・ということだが、女性関係があったという記録はどこにもない。』

『シュドウのチギリ?』

 ママが不思議そうな顔で俺を見る。

『平たく言えば、男性と関係したってことさ。主税君の生きていた時代はね。成人するまでの間なら、同性愛ってのは別におかしくもなんともなかったのさ』

 主税君は何も答えず、ただ俯いていた。

『じゃ、この人、女性を知らないで・・・・』

『まあ、そういうことだな』

『可哀そうね』

 ママの言葉に、彼は相変わらず黙ったままだ。



 


 

 

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