其の二

 大石良金おおいし・よしかね、通称は主悦ちから

 元禄元年(1688年)~元禄十六年(1703年)3月20日、播州赤穂藩浅野家筆頭家老大石内蔵助良雄の長男。赤穂四十七士の一人。

 元禄十五年十二月十四日(旧暦・新暦では一月)に、父親が指揮する同士達と共に、本所松坂町にある、吉良上野介義央邸に討ち入り、本懐を遂げる。

 討ち入り後は幕府の沙汰が下るまで、伊予松山藩邸にお預けとなり、元禄十六年二月四日、同藩邸で他の同士二名と共に切腹。享年十六歳・・・・。


 俺は手に入れて以来、滅多に使う事のなかったスマートフォンを操作して彼の事を調べてみた。

 通り一遍だが、基礎的知識は手に入れた。

 

 元より、俺は現実的な探偵だ。

 SFものの小説や映画に良くある”タイムスリップ”なんてものは信じちゃいない。

 現実の事件を追い、目の前にあるものだけを信じる。

 そうして生きてきたのだ。


 だから、目の前にいる若者が、そんな歴史上の人物だなんていわれても、直ぐには信じる気にはならなかった。


 ママによると、彼女の住んでいる本郷のマンションの近くにある神社で、月に二度、二のつく日に骨董市が開かれている。

 暇なときに市に出かけるのが、あまり趣味らしい趣味のない彼女にとっての楽しみなのだそうだ。


 中でも古着、それも着物を探し、気に入ったものを見つけると、それを自分で仕立て直して着るのが好きなのだという。

 

 その日も神社の境内に広がった店から、古着を専門に扱っているところを物色していて、一軒の馴染みから、

”千葉県の旧家が改築の為、土蔵を一つ解体し、中にあったものを一括して売りに出した。そこから自分が買い取って来たのがこの着物で、元禄時代の小袖だ”と、盛んに売り込んできた。

薄茶の地に亀甲文様の入った、なかなか感じの良い代物だった。

 三百年近くも年月が経っているとは思えないほど劣化はしていない。

 

 ママはそれほど目利きという訳ではないが、しかしこういう売り文句を信じる程初心ではない。

”どうせ嘘だろう”そう思った。

 しかし感じのいい着物だったので、思い切って買うことにした。

 当然だが値切った。

 最初向こうは片手一杯を要求してきたが、30分ほど粘り、半値までまけさせることに成功した。


”いい買い物をしたな”彼女はそう思った。

 ほどいて縫い直し、普段着に仕立てるのも良し、室内の装飾に用いても悪くない。

 そんなことを考えながら家に持って帰り、虫干しをするために和服用のハンガーに吊るし、壁に取り付けてあったフックに下げた。

 店を閉めて家に帰り、夜食を済ませて床に就こうとした時だ。

 部屋の中に自分以外の人物の気配を感じ、驚いて箪笥の置いてあるリビングを見ると・・・・


『彼が座っていた。』

 俺の言葉に、彼女は黙って頷いた。

『私はお店を休むわけにはゆかないでしょう。かといって彼をこのまま一人で留守番させるわけにもゆかないし』

 それでここに連れてきた。

 勿論このままの姿では目立つから、手持ちのコートとニット帽で隠し、タクシーに乗せたのだという。

 主税君は、真っすぐ前を見つめたまま、椅子に座っている。

『ええと・・・・なんて呼んだらいいのかな?大石殿?それとも主税君かな?』

『出来れば主税殿とお呼び頂ければ』

 落ち着いた、澄んだ声だった。

 俺は内ポケットから認可証ライセンスとバッジを出し、彼に提示する。

『俺の名前は乾宗十郎いぬい・そうじゅうろう、職業は私立探偵だ。君は今自分の置かれた立場が分かっているかね?』

 彼は首を横に振る。

 どうやら、彼自身自分がどうしてここにいるのか、何故こうなったか、全く理解が出来ていないようだ。

『今日は12月10日、14日まであと5日という事になるな』

『14日?!』

 冷静そうな顔に、初めて感情が奔った。

『急がねばならぬ。急がねば』

 主税君はスツールから立ち上がりかけた。

『ご主君の仇討ちかね?』

 彼の目が鋭く光り、俺を見つめ、腰のに手を掛けた。

『お主、何故それを知っておる?!』

『知ってるさ。何せ三百年近く前の事だからな。それより、俺の質問に答えてはくれないか』

 答えながら、俺はバーテン氏に、二杯目のバーボンのお代りを頼んだ。



 

 

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