第四章 歪んだ空
あるお昼時。
大きい雲が風に乗って何処かへ行くのを見ていました。
ここは人間の住む地上です。
もうここにくることにも慣れてしまっていました。
今日はまだ諦めきれない「希望」を抱えて、
ここに来ました。
あの日から三ヶ月が経過していました。
僕はその三ヶ月間、
二羽の助言を無視して、ろくに学校にも行かず、
黄色い絵の具を大切に抱えて葉っぱに絵を描く毎日を送っていました。
ここまでくれば学校には戻りづらく、僕はここで新しく生活しようと心に決めて、
ここに来たのでした。
後悔は無いはずです。
もうそれしか希望は無かったからでした。
きっと僕を飼ってくれる人が見つかる。そう思いました。
ここはこの前の広場のようなところです。
ここを選んだ理由はなんとなくですが、ここにいる人間達はみんな穏やかな顔をしているように見えました。
雲の隙間から小さな光が漏れ出ています。
僕が持ってきた葉っぱは合計で七枚。
それがここまで咥えて持ってこられる枚数でした。
それを僕の前に並べます。
その光景にとても感動していました。
三ヶ月の努力がようやく報われるんだ。
そう思いました。
爽やかに風が吹きます。
ふと右を見ると、向こうにいる人間がこちらへ向かってくるような気がしました。
準備しなければ。
と、その矢先、
大きな風が一つ、横からビュウっと吹くと、
大切な葉っぱ達が風に乗って少し遠くに運ばれてしまいました。
大変だ。
僕は急いで葉っぱを追いかけます。
嘴で二つ回収します。
残りの五枚は、風に飛ばされてしまったようでした。
近くの水溜まりが揺らいで波紋を作っています。
やっぱりこんなことをせずに学校へ行った方が良いのでしょうか。
いえいえ、考えてはいけません。
僕はあと二枚の葉を大切に咥えて、石をその上に乗せました。
すると雀でしょうか。
様子を見ていたある雀が、僕を見てクスクスと笑いました。
僕は文句を言うことも出来ずに、雀は行ってしまいました。少しの悔しさに苛立ちます。
どうせあんな奴はいい思いをして育ってきたんだ。
それか、幸せじゃ無いから僕を馬鹿にしてきたに違いない。
そう思い、
我に返ります。
こんなことを思った自分にひどく驚きます。
僕はいつからこんなふうに人を馬鹿にする鳥になってしまったんだ。
黒い雲が遠くの方に見えました。
すると向こうから、いつもの人間とは少し違う、小さい奴が走って来ました。
小さく、大きい足がこちらへ近づいて来ます。
僕は迫り来る圧迫感に押されて、横へ逃げます。
すると、そいつは葉っぱの上に乗っていた石を、蹴り飛ばしてそのまま遠くへ行ってしまいました。
ひとつの葉には少し傷がついていました。
なんて運が悪いのでしょう。
そんな事実に愕然と立ち尽くします。
空を見ると黒い雲が上の方まで来ているのが見えます。
ぼうっとしていると、
額にポツリと冷たい雨が落ちてきました。
すると、その後を続くように雨が降り始めました。
我に帰ります。
急いで葉っぱを避難させなければ。
その時、今度は大きい人間が頭に手を乗せながらこちらへ向かってきました。
瞬間、
人間の足がその葉の上に落ちていきます。
辺りは一瞬スローモーションになり、
僕は焦って飛び出します。
その足が葉を隠しました。
僕はその足に蹴飛ばされて、体を地面に打ち付けます。
葉の黄色が地面に滲み出ていました。
君ももう大人になりなよ。
彼の言った言葉が頭の中を反芻します。
僕は呆然として、その人間の遠ざかる足を眺めていました。
僕の大切な葉を踏んでいった。
それぐらい僕の葉には価値が無かったのだろうか。
「希望」は全て思い込みなのかもしれない。
何処かで感じていたことでした。
たぶん、僕には無理なんだ。
そう、心付きました。
黄色い絵の具はもう出なくてなっていました。
ヨタカの顔が浮かびます。
嗚呼、もうあの顔に合わせる顔がありません。
僕の顔は酷く歪んでいました。
僕は走ります。
全速力で、
涙で前が見えなくなって、
足が痛くなってきました。
雨か、涙か、
前から風が吹いて僕の頬を殴ります。
石ころが僕の足を引っ張ります。
頭がクラクラしてきました。
たぶん空は真っ黒だったのだと思います。
それでも僕は走るのを辞めませんでした。
そして僕は、空を飛びました。
飛べない鳥 卯月代 @uzuki3295
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