第三章 暗闇の空


 あれから半年が経ちました。

 ついに僕も高学部に上がることになってしまいました。


 あの事件があったすぐ後、僕達は先生に呼び出されて説教を食らいました。

 そんな様子を見ていた一羽の鳥が言いふらし、

 僕は周りの鳥達から距離を縮めるどころか、更に浮いてしまいました。


 半年が経った今でもその距離は埋まることなく、空いたままです。




 ある昼下がり。

 空が重たい雲を持ち上げて、今にも雨が降り出しそうです。

 今日もいつものように飛ぶ授業が始まっていました。

 でも今日はヨタカも一緒に授業を受けます。それだけで僕はなんだか安心しているところがありました。


 ヨタカは僕の一つ前に並んでいます。


 ヨタカの番が来ました。

 小さな助走をつけて羽根を広げます。



 すると空中にふわりと飛び上がり、その風が僕の頬を優しく撫でました。


 綺麗な円を描いてこちらへ戻ってきます。




 気づけば次は僕の番でした。

 いつものように助走をつけます。

 もしかしたら僕も。




 そんな希望は叶うことなく、僕は転んで、膝が擦りむけてしまいました。


「すごいね」


「よくやったね」


 周りでは歓声が湧き起こっていました。

 ヨタカの周りには、鳥達が集まって輪を作っています。


 ヨタカは飛べるようになったのでした。



 僕は今日は笑われることはありませんでした。


 タカが手を差し伸べてくれましたが、僕は振り払ってしまいました。


 タカは少し寂しそうな顔をして、僕の元を去って行きました。


 今日は曇りです。






 その三日後に、カラスは目を開けたまま空を飛べるようになりました。


 飛べるようになったヨタカとカラスは、もう次の、獲物を取る授業に入っていました。


 僕だけが未だに飛ぶ授業にいたのでした。


 あの雲のように、

 僕は一羽、取り残されていました。






 そんな僕にも毎日楽しみなことがありました。

 それは地上で盗んできた絵の具で絵を描くことでした。

 盗むといっても、僕は飛ぶことは出来ないので、広場の近くに落ちていた、誰のかわからない黄色の絵の具を、長い時間かけながら持って帰ってきたのでした。


 僕は懲りずに地上へ行っていたのでした。



 それ、を足でちょいと出して、羽根につけます。

 僕はさっき拾い、引きずってきた葉っぱを立てかけて、羽根を羽ばたくように動かしました。

 黄色い色が不恰好に葉の上に乗りました。


 僕はもうそれで大変満足なのでした。


 そんな僕にはある希望が芽生えていました。





 そんな次の日の帰り道、

 僕は二羽に、「ある希望」を言うことにしました。


「僕、地上で生きていこうと思うんだ」


 それは、地上で絵を売っていけるかもしれないという希望でした。


 二羽は驚いた顔をしました。

 そんな僕にカラスは、


「飛べないからってそれは良くないよ」


 と言います。


 別にそんなわけではないのに。


「危険だし、生きていけるか分からないよ」


 ヨタカもそんなことを言いました。


 そんな。


 僕は目の前が真っ暗になります。


 きっと二羽なら大丈夫だと言ってくれる、そう思っていたものですから、


「どうして!どうして生きていけないって決めつけるのさ!僕のことを馬鹿にしてるんだろ!」


 気がつけば、感情的になっていました。


 昨日の雲でしょうか、

 僕を押しつぶすようにどんよりとしています。



 するとカラスが言いました。



「トビくん、君ももう、大人になりなよ。」




 そこからのことは覚えていません。


 気がつけば、いつもの帰り道でうずくまって泣いていました。

 そういえばカラスに何か暴言を吐いたような気もしましたが、

もうそんなことはどうでもいいのです。


 空には星が光り始め、それを動く雲が隠していくのをしばらくじっと見ていました。


 帰りましょう。

 なかなか一歩が踏み出ません。

 無理矢理、前を向いて家に向います。

 いつもとは違うように見える帰り道を、一歩、また一歩と踏み歩きます。


 そういえばヨタカとカラスはいつも僕に歩幅を合わせてくれていたなあ。




 帰り道、それがこんなに辛いなんて。



 数百メートル歩いた頃です。

 少しだけ、ほんの少しだけ気になることがありました。


 僕は感情のままに翼を広げ、夜の中を駆け抜けます。


 風が僕の翼を擦り抜けていきます。



 少し、浮きました。



 僕はその感覚に嬉しいような驚いたような、ドキドキと胸が鳴っています。


 が、僕は本当に飛ぶことは出来ないのでした。



 前がぼやけてよく、見えません。



 星達の明かりがチカチカと、



 僕の目に絵の具を垂らしたように光りました。

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