第二章 狭い空


 学校には小学部、中学部、高学部という制度がありまして、僕は今年で中学部に入りました。

 その三つの期間は人間の世界で言う、一年という時間で変わるようですが、変わることといえば名前ぐらいで、

 僕はあまり成長していませんでした。

 そして周りの鳥達とは未だに馴染めずにいました。

 でも、僕とカラスとヨタカの、僕達三羽の絆はより深いものになっていました。




 ある、夕暮れ時。

 空の色が薄くなり始め、横からの光が眩しく差しています。


 僕にとっては寄り道な帰り道をカラスと一緒に歩いていました。

 今日は晴れなのでバス停が見えてくると、いつものようにヨタカは優しい佇まいで立っていました。


「お待たせ」


 と僕が言うと、ヨタカは僕らに歩幅を合わせます。


 ヨタカは学校を休みがちですが、勉強は僕よりもずっと出来る方でした。

 時々ヨタカは、エサの見つけ方や、飛ぶための翼の傾け方をわかりやすく教えてくれました。

 それでも僕は未だに飛べないのですが、そんなことを聞くと飛べた気になるのでした。


 僕には特にこれといって出来ることは無く、今日も先生に叱られたばかりでした。


「今日も先生に、おまえはいつになったら大人になるつもりだ? なんて怒られちゃったや」


 と僕が言うと二羽は、とても分かる、と言うように首を縦に振ります。


「僕も昨日お父さんに似たようなを言われたよ。なんで飛ぼうとしないんだ。ってね。僕も嫌で飛べないわけじゃないのにさ」


 僕も首を縦に振ります。すると、ヨタカが言いました。


「大人になっても上手く飛べない鳥だっているんだよ、なのに大人はみんな、飛べることが良いことみたいに言うから焦っちゃうよね」


 カラスが言います。


「分かる。飛べることは大事だし、大人の気持ちも分からなくはないけど、それならもう少し楽しそうな顔で飛んでくれたら良いのに」


「大人なんか、みんな辛そうな顔して飛んでるよね」


「でも地上にいる鳥達は幸せだって聞くよ」


 こんなふうな話をしていると、頷くだけでも大人に近づいた気分になります。



 空の薄い赤が僕達を包み込んでいました。


 こんなことを聞いた後は、僕はとてつもなく満足した気分になるのでした。



「じゃあ今度そこ、行ってみない?」


 ヨタカがそんなことを言いました。


「え、でもあそこに行けるのは大人になってからって」


 僕がそう言うとヨタカは、


「社会化見学だよ。」


 そう、いたずらに笑いました。


「いいね」


 カラスは悪い笑みで楽しそうな顔をします。



 そんな雰囲気につられて、明日はあそこに行くことになりました。





 次の日、僕達は人間達のいる地上へ向かいました。

 僕達は時間をかけながらそこに向います。

 不安と小さな期待を胸に歩みを進めます。

ヨタカの横顔は少しだけ美しく見えました。


 今日は曇りですが、空はとても明るく見えました。




 ようやく着いたようです。

 そこは僕達には想像も出来なかった場所でした。


 爆音でリズムを刻む音や、僕達の世界では見たことのないカラフルな色、僕達よりも遥かに大きい人間達。


 僕はそんな存在に怯えていました。

 それはカラスも同じようで、そんな光や音に気分を悪くしていました。カラスは色や音にも敏感らしく、珍しくたじろいでいました。

 カラスは、僕達には理解できない、鋭敏な感覚を持っているようでした。

 カラスがごめん、

 と言うので、少し離れた広い広場のような所で待たせることにしました。


 カラスが落ち着いたのを見届けてから、さっきのギラギラとしたところへ戻ってきました。


 そしたら眩暈がしましたが、顔には出さないようにしました。ヨタカが、


「商店街だよ。」


 と言ったので、知ってるの? と聞くと、


「何回か来たことあるんだよね。」


 と苦笑いしました。

 そしてヨタカは僕を案内してくれました。


 カラフルなビニールの屋根に登り、上を軽々と移動するヨタカを見て、僕は唖然としました。

 僕も置いていかれないようにヨタカの後を跳ねまわります。


「遅いよ」


 とヨタカはいつもより大きな声で、僕をからかいます。

 僕は少し照れ臭くなりながら、体を跳ねます。



 ヨタカは急に止まると、探し物を見つけたように、そこにある籠のようなものを見下ろしました。

 僕も急ブレーキをかけたように止まり、それを見下ろします。


 そこはペットショップというそうです。

 ヨタカはその店の入り口付近にある籠の、中のインコという名前の鳥に喋りかけました。


 鳥が籠の中に入れられてる。


「こんにちは」


「コンニチワ」



 インコは人間が喋る時と同じ音を出します。


「ごめんなさい、少し意地悪したの。どうなさったの?」


 そう言ったのでとても驚きました。

 人間の言葉を喋る鳥がいるなんて。

 僕が混迷していると、そんな僕を置いてヨタカが喋りました。


「こちらこそ、いきなりごめんなさい。あなたの仕事のことを教えて欲しいの」


 そう言うと、インコは人間の世界のことも含めて、丁寧に説明してくれました。




 ここにいる鳥達は餌を取らなくても勝手にもらえること、でも自由はきかないこと、

 人間に飼ってもらえる条件は可愛らしくあること、

 その上でインコはここにいると言いました。


 そして僕が話の中で気になったのは、

 鳥の中にも羽根で絵を描いたり、歌を歌ったりしてご飯を稼いでいる奴がいるということでした。


 僕は気になって、


「歌というのはどんなものですか?」


 と聞きました。


 するとインコは息を吸って、

 歌い始めました。


  __


 僕の世界では聞いたことの無いリズムです。


 人間の作ったものでしょうか、彼女は心地良い歌のリズムで歌います。

 流れるような旋律とテンポの良いリズムに聴き入っていました。




「これでも私、歌の仕事をしていたのよ」


 そうインコが言うものですから、僕はもう少し地上のことが気になって、絵のことについても聞いてみることにしました。


 すると、知り合いのオウムという鳥が描いた絵が売っているという店が、少し先にあると教えてくれました。


 ひとつお辞儀をして、僕達はその絵が売っているという、赤い屋根の店に行くことにしました。





 そこの屋根は薄くなり、剥げていたので、見つけるのに大変苦労しました。


 ようやく、その屋根から頭を逆さにして、店内を覗きます。

 薄暗い店内は、僕達の世界のように落ち着く、木の匂いがします。

 すると少し奥の方にあった絵を見た瞬間、


 脳に色をぶち撒けたように衝撃が走りました。


 すごい。


 世界にはこんなものがあったんだ。






 次の瞬間、

 次は背中に衝撃を受けます。

 途端に自分の体が宙に浮きました。

 なんだ、と思って上を見るとお母さんでした。

 ヨタカの方はお父さんに掴まれています。


 そのまま、僕達は家に帰ることになってしまいました。





 後からカラスに聞いたところ、ミソザイがカラスを見かけて先生や親達に報告をしたということでした。



 お母さんは憤怒の形相で僕を叱ります。


「まだ上手く飛べもしないのに危ないでしょう!」


 上手く飛べないことの何がいけないのでしょうか。

 大人達は人間の世界を行き来しているというのに、何故子供はいけないのでしょうか。


 飛べないと大人になれないのでしょうか。





 しかしそんなことよりも、僕の頭の中はさっき見た絵のことでいっぱいでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る