第1章 希望の空
ある、陽が高く上り燦々と光が降り注ぐお昼時。
僕は今日も飛ぶための授業中です。列に並んで次々に飛んで行きます。前の奴が助走をつけました。そして薄茶色の地面を蹴り上げ、空中に羽根を広げて飛びました。
「いいぞ」
先生の遠くまで通る声が聞こえます。
ふらふらと頼りなく、空を一周してこちらへ戻ってきます。
子供ですからそんなものです。
そんなことよりも僕の頭の中は失敗しないかと、そんなことでいっぱいでした。一羽、また一羽と飛んで行きます。次の順番をハラハラと待っていると、ついに僕の番がやって参りました。
助走をつけます。目に砂が入って目を瞑ってしまいました。
そのまま空中へ飛んだ、
と思えば、細い細い足にザラザラとした感覚と、ずっしりした感覚がありました。いつもこんなものです。
今日もいつも通り飛ぶと、後ろからクスクスと笑う声が聞こえます。
これもいつも通りです。
目をゴシゴシと擦ると、ゴロゴロとした感覚が残りました。
「おまえ、そんなんじゃ大人になれないぞ」
と先生は諭します。どうして飛べないと大人になれないのだろう、と心の中で疑問を持ちますが、顔には出しません。
またもや、クスクスと笑う声が聞こえてきました。僕は俯いて元の場所に着きました。僕はこれでも懸命にしているつもりでした。足にザラザラとした感覚を残して、次の奴の番がきました。
何も成果はありませんでしたが、僕は内心ほっとしました。
次の奴が助走をつけます。黒い羽根をバサリと広げて空へ駆けました。僕の上を黒い影が通ります。するとそのまま斜めに落ちて行きました。地面に体を打ちつけて、鈍い音を立てて砂埃を上げます。またクスクスと笑う声が聞こえます。
何が可笑しいんだろう。
するとタカという奴が、
「大丈夫か」
と駆け寄りました。先生は、
「あそこの木陰で休んでいなさい」
と指示して、黒い奴は翼をヒリヒリと撫でながら、タカと一緒に木の陰へ隠れて行きました。
彼の名前をカラスと言いました。
その日の夕方、カラスが丁度帰る準備をしていたので勇気を出して喋りかけようとしました。
しかし、ミソザイという奴の、
「カラスくん! 今日は災難だったね」
という声を聞いて諦めました。
自分の帰り支度をしていると、案外速くミソザイがその場から居なくなりました。これはチャンスだ、と思っていればカラスは足早に教室を出て行ってしまいました。
気がつけばカラスの後を付けていました。
何故こんなにカラスが気になるのか、
それはなんとなく僕と似ている、という少しばかりの希望からでした。
カラスが学校を出て、裏の小さな道へ入ると、誰かがバス停の時刻表の前で影をつくっておりました。
僕も後ろの影から誰だろう、と気になっているとヨタカという少し休みがちな女の子でした。その子はいじめられっ子で、顔が醜くおとなしい性格の子でした。
僕は正直、あまり印象がありませんでした。どうしてあの二羽が一緒にいるのか、僕にはなんとなくですがわかりました。
カラスはヨタカに、ちょっとだけ待ってて、と言うと、僕の方を向きました。
心臓が飛び跳ねます。
「覗き見は良くないな」
そう言われて分が悪くなります。
「ごめんなさい、でも、君と仲良くなりたかったんだ」
そういうと、カラスは驚いた顔をしました。
少し考えた様子をしてから、
「そんなにきつく言ったつもりじゃないよ、……今日は一緒に帰る?」
と言ってくれました。
ヨタカも、不恰好ですが優しい顔で笑っていました。
「じゃあ、よろしくトビくん」
その日から僕は初めて友達というものが出来ました。
翌日、少し爽やかな風が吹く、曇り空です。
今日も授業が始まります。いつもと違うことといえば、ヨタカが学校に来ているということでした。
ヨタカはクラスのいじめっ子達の格好の的になっていました。僕はそれをどうすることもできなく、ただ遠くから見ているだけです。
「きったねえ顔」
「なんで今日学校きたんだよ」
「いっつも曇りの日だよな」
「お前が来るから空も暗くなっちまうんだ」
ヨタカは何も言わず、俯いたままです。
空の雲はだんだん黒くなっているような気がしました。
彼女はわざとそういう日を選んでいることを、僕は知っていました。
「私、太陽が苦手なの」
昨日、そう話してくれました。でも、僕は何も言うことが出来ませんでした。
そしてついに、ヨタカの番がやってきました。ヨタカは野次を飛ばされながらも、助走をつけて思い切り地面を蹴り上げます。
砂埃が後ろに飛んでくるのがわかります。羽根をぎゅっと伸ばした、と思えば、
ヨタカはそのままでんぐり返りのように転がっていってしまいました。
ヨタカは顔や羽根に擦り傷をたくさん作っていました。
ヨタカは僕達に気を使って今日は先に帰ってしまいました。
カラスと一緒に帰り道を歩きます。
今日はカラスは飛べたようでした。
「今日は飛べてたね、昨日は何かあったの?」
と僕が聞くと、カラスは僕にわかるように教えてくれました。
「僕も日光が苦手なんだ。目が見えなくなるっていう感じでね、僕はそれがもう駄目なんだよ。今日も目を瞑って飛んでいたよ。恥ずかしいことだけどね」
カラスは僕には分からない感覚を持っていると言いました。眩しいという感覚とは違う、刺されるような感覚。
頭がクラクラして吐き気を催すこともあるそうです。でも、カラスが僕の感覚と違うことぐらいしか、僕には分かりませんでした。
もう日が沈んで、月明かりが雲に隠れて行きます。
そんなふうに三羽は、一羽ずつ、重りをつけながら飛ぼうとするのでした。
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