敵襲

 ローガとラジャータは馬車の影から銃を構え、森の木々の間へと目を凝らす。


「ルーウェン! 馬車に乗ってろ! 村の中に下がるぞ!」

「は、はい!」


 ローガの指示を受けてルーウェンは急いで馬車へと飛び乗り、荷物の影に隠れた。ローガはそれを確認してから銃を構えつつ、片手で手綱を引きゆっくりと馬車を進めさせる。


「やつら撃ってこないな……人数は分かるか?」

 

 ローガがラジャータに問う。


「分からん。確認できたのは一人だ。魔力を使える奴がいる。それで気付いた!」

「まあ撃ってこないところを見るにそんなに数は多く無さそうだな」


 馬車をゆっくりと進め、周囲に遮蔽となる家屋のある場所まで後退ができた。その頃にはカンカンカンッ! と村の警鐘も鳴り響き、戦えない者は皆屋内へと避難を始めている。


「隠れましょう! どうぞこちらへ!」


 馬車と一緒に下がっていたメイもルーウェンに声をかけ、一緒に手近な家屋への避難を試みる。だがその時ラジャータが叫んだ。


「上だ!」


 一行のすぐ近く、屋根の上に魔力を感じとったラジャータは、咄嗟に振り向き銃を向ける。

 敵はメイとルーウェンを狙って屋根上から銃を向けていた。ラジャータは間一髪でメイとルーウェンの前に入って二人を押しのけ、敵の銃弾がラジャータの肩を掠める。だがラジャータも負けじと入れ違いで銃撃を放った。しかし態勢が整わず咄嗟に撃ちだした銃弾は空を切り、手応えはなかった。そして気がつけば既に敵の姿はその場から消えたようだった。


「立て! 急げ! 隠れるんだ!」


 ローガは尻もちをついたルーウェンとメイを立ち上がらせ、この隙に二人を近くの家屋へと先導する。

 ラジャータはライフルのレバーを起こして次弾を送り、消えた敵影を探した。そしてその敵影はすぐに別の屋根上に現れ、そのまま屋根を飛び降りてラジャータめがけて飛び掛かってきた。

 敵の得物は身の丈以上もある銃剣だ。落下の勢いのまま刺突を狙ってきた。だがラジャータはそれを難なく往なし、敵は前転して地に足を付ける。

 どうやら敵は若い女のようだ。金髪の長い髪をたなびかせる小柄なヒトの少女だ。彼女は動物の革や骨、鮮やかな鳥の羽でできた露出の高い珍しい衣装を身にまとっていた。

 ラジャータはすぐに銃を構え直して追撃する。しかし少女は軽やかな身のこなしで難なく躱し、すぐに物陰へと走り去っていった。


「早い! なんだあいつ!」

「魔力を使った身体強化だ! まともに格闘すればお前じゃ勝ち目はないぞ!」


 ローガとラジャータはお互いを背にして全方向を警戒した。しかし、そうしている間に再び銃声が鳴り、そばにいた村人の一人が銃弾に撃たれた。


「向こうだ!」


 銃弾の放たれた方角に銃を向けると、建物の影から間髪入れずに先ほどの少女が走り込んできた。ローガとラジャータは咄嗟に銃撃を加えるが、少女はそれをするりと躱し、短剣でラジャータへと襲い掛かる。

 しかしラジャータも手練れである。銃身でその斬撃をいなすと、すぐに自身も短剣へと持ち替えた。少女は休みなくさらに斬撃を繰り出し、ラジャータは後ずさりながらそうれをどうにか受け流していった。

 ローガも助け船を出そうと少女に銃を向けるが、いかんせん動きが早い。二人とも右に左にと跳び回るので、下手に撃てばラジャータに当たりかねず、どうにか銃口で少女を追いかけるだけで精一杯だった。

 そしてラジャータは一瞬の隙を見て彼女の腕を掴むと、手にした短剣を叩き落とし、そのまま足を掛けて地面に引き倒した。


「っっ!」


 少女は呻き声をあげ歯を食いしばる。魔力の身体強化はあれど、同じ魔力に関してはラジャータも負けてはいない。単純な体格差で押さえこみ、後ろ手に技をかけたので簡単には動けない状態となった。少女がもがけば腕の関節が痛み迂闊には動けない。ローガも組み合う二人に近づいて銃を突きつけた。


「なんだよこいつ、まだガキじゃないか!」

「お前の負けだ! 抵抗はよせ!」


 しかし少女はもがきながら歯をむき出しにして二人を睨みつけるばかりだ。


「くたばれ下衆共が!」


 降伏する気は無いようで、少女はどうにか拘束を解こうと身体をくねらせる。そしてその時である。またもどこかからか銃声が鳴り、少女を押さえつけるラジャータの肩を、一発の銃弾が銃弾が貫いた。


「うっ!」


 ラジャータが声をあげ、少女を押さえつける腕があらぬ方向に曲がると、一瞬少女の拘束が緩んだ。彼女はその隙逃さず、自由になった腕でラジャータを殴りつけ、あっという間に立ち上がってしまった。


「クソッ! もう一人いやがったのか!」


 ローガは咄嗟に銃弾の飛び込んできた方向に銃を向ける。斜め上、またしても屋根の上だ。今度は獣人らしい。灰色の髪をした女だ。

 ローガはその獣人に向けて立て続けに3発連射した。しかすすぐに屋根の影へと隠れてしまい、取り逃してしまう。そしてその隙に金髪の少女の方も放りだした短剣を拾い上げ、すぐに視界から消えてしまった。


「大丈夫かラジャータ!」


 敵の事は一旦捨て置き、一難去ったのを見てローガはラジャータへと駆け寄る。見ると、銃弾は彼女の右ひじを正確に撃ち抜いたようで、関節が外れてぶらぶらと腕が揺れていた。


「問題無い、すぐに治る。どうやら敵は引いたらしいな」


 ラジャータはさして痛みも感じていないようで、腕の事は気にせずもう一方の手で銃を拾い上げ、すぐに立ち上がった。


「もう一人も顔を出さないようだ。また戻ってくると思うか?」


「いや、大丈夫だろう。大方、軟な村人だけと思って馬車だけ奪うつもりだったんだろうな。私達の存在が誤算だったんだ」


 ラジャータは先程の少女から溢れる魔力の反応が消え、どうやらこの場から離れたらしいと感じ取っていた。そしてその言の通り、しばらく警戒していても再びの攻撃は無い。確かに敵は引いたようである。


「もう大丈夫だ! 敵は引いた!」

「安心しろ! もう出て来ていいぞ!」


 ローガとラジャータは周囲に呼びかけ、ローガは安否を確認しにルーウェンの元へ、ラジャータは治療の為馬車の幌へと向かう。ローガが家屋のドアを開けると、すぐにルーウェンが飛びついてきた。


「ローガ様!」


 彼女は涙目でローガの胸に抱きつく。


「大丈夫。敵はもう追い返した」

「ご無事ですかローガ様! お怪我はありませんか?」

「ああ、心配ない。俺は無事だ。ラジャータのやつが腕と肩を撃たれたが、あいつも大丈夫らしい」


 ルーウェンの後に続いて、メイも表へと現れた。


「あの、ありがとうございます……おかげで助かりました……なんとお礼を申し上げたらよいか……」

「いや、構わん。どうやら奴ら、俺達の馬車を狙ってここまで追って来たらしい。半ば俺達が火種を持ち込んだようなものだ」

「いえ、とんでもありません……! それは私共の積荷を追ってのことですから、元はと言えば私共の責でございます。お気になさらないでください」

「そうか。ともかくだ、連れが今の戦闘で撃たれたから手当が必要だ。あんたらの村人も一人撃たれてる。さすがに怪我の応急処置をする間くらいはここにいても構わんよな?」

「ええ、もちろんです」


 そうしてローガ達はひとまずこの村への滞在が叶い、一行はメイに案内されて村の奥にある石造りの寺院へと向かう事となった。この場所が村の診療所代わりになっているらしく、これまでに傷を負った者たちもここに収容しているのだ。

 ラジャータを幌に乗せてローガとルーウェンが馬車を引き、村人達も先ほど撃たれた村民を担いで寺院へと向かった。どうやら撃たれた村民も命に別状はなかったらしい。

 しばらく歩いて一行が寺院の本堂に入ると、中には十人ほどの男女を布団に横たわらせてあった。窓は閉め切られて薄暗く、祭壇に置かれたろうそくの光と窓の隙間からわずかに差し込む光があるだけである。また、白檀の線香が厳粛な香りを部屋中に漂わせ、僧侶の男が真言を唱えながら負傷者達の額にオイルを垂らしていた。

 村民たちは僧侶の手も借り、急いで撃たれた男を担ぎこむ。ローガとルーウェンもありったけの薬品を中へと運び込んだ。

 一方のラジャータは元より回復力が高く、手当の心得もあったので、自分で腕の治療を施すことにした。銃弾は貫通しており、骨も折れてはいなかったようなので、宙ぶらりんになった関節は元に戻り、包帯と軽い縫合だけですぐに元通り動かせるようになった。また肩に受けた傷の方は軽い擦り傷だったので、軽く軟膏を塗るだけで済んだ。

 問題は撃たれた村人の方である。銃弾は肩口から食い込み反対側へ抜けていない。銃弾を摘出する必要があった。

 だがローガには簡単な応急処置の心得しかなく、外科手術は流石に手に負えない。またこの村では尼僧のメイが医者代わりだったのだが、彼女も簡単な応急処置の他には、呪術的なことをしてお茶を濁すくらいしかできない。その為ラジャータの他に適切な処置のできる者はいなかった。結局は銃創を布で押さえてどうにか止血し、酒で消毒をしてから、アヘンチンキを飲ませることで応急処置し、後はラジャータの手当てが終わるのを待つこととなった。

 そうして小一時間ほどでラジャータの手当てが終わると、鑷子と鉤の代わりになるものを持って来させて、火で清めてから手際よく村人の手術をしてやった。

 しかしその手当てが終わると、今度は他の者達だ。これまでに傷を負ってこの場所で療養している村人達も、まともな治療を受けられているわけではなくひどい有様だった。体内に残った銃弾はそのままだし、器具も包帯も消毒されていないまま使いまわされ、縫合も大雑把とひどい状態だ。おまけに呪いが舞い込むからと部屋は閉め切られて換気が悪く、ろくに掃除のされていない部屋でずっと呪術的な治療を施すだけだったらしい。

 現代の看護学に当てはめれば、病人をわざわざ殺したいのかという状況だったが、呪いと病気の区別もつかない村人達にとっては、このジメジメした部屋で、おでこに聖なるオイルを垂らしながら呪文を唱えるのが最上級の治療法だったらしい。

 そんな様子を見かねてローガと村人達が頼み込むので、結局ラジャータは手負いの身体に鞭打ち一通りの怪我人を手当てして回ることになった。

 ローガとルーウェン、それに他の村民たちも彼女の指示に従い、道具の消毒や包帯の交換、果ては部屋の換気から拭き掃除と動き回った。

 そうして一通りの治療が終わる頃には、すっかり日は傾き、木々の間から赤い夕焼けが顔をのぞかせる時間になってしまった。


「……いいか、怪我人のほとんどはその怪我でなく、呪いに罹って死ぬ。呪いを避けるためにはこうして部屋を清潔にして外気に触れさせろ。閉め切っていると呪いがその場に溜まるからな。それから、一日一回は必ず包帯を取り換えろ。それでその度にこの軟膏を塗っておくんだ。患者が痛みや苦痛を訴えるようなら、定期的にこのアヘンチンキを飲ませておくといい。それから食事は必ず十分な量を取らせろ、精のつくハーブを入れてやると尚いい」


 一通りの仕事を終えたラジャータは、血だらけの手もそのままにメイに基礎的な看護の知識を伝授し、寺院の入り口の石段にへたり込んだ。


「かしこまりました以後そのようにいたします。本当に何から何までありがとうございました……」


 メイはそう応え、手を合わせながら深々と礼をする。そして頭を上げてから再び続けた。


「もう日が暮れてしまいましたし、流石にここまでして頂いたお方達を追い出すわけにもいきませんから、今夜は是非この村に泊まっていかれてください。それから食事と酒もご用意致しますのでぜひ遠慮なく召し上がってください」


 この頃には、メイは勿論のこと一行を警戒していた他の村人達もすっかりその警戒を解いていた。それどころか、村人達がローガの口八丁手八丁を言いふらしていたらしく、さらに尾ひれまでついていたようで、とても偉い将校様と伝説の狩人の一行が村を救いに来たのだと言う話になってさえいた。

 少々奇妙な立場になってはしまったが、今日一日の奮闘のおかげで一行は村への大罪を許されることとなった。

 

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