再会(改稿予定)

 ローガの目には、森の中に佇む鳥居のようなものが映っていた。どうやらこれが村の入り口らしい。

 そしてその門の前には、銃を持った二人の女が立っている。彼女達は露出の多い毛皮や革の民族衣装を着こんでおり、昨日村での戦闘で見た者達と似たような見た目をしていた。

 そんな彼女たちは、ローガとヤツィの二人に気が付くと咄嗟に「止まれ!」と声をかけた。そして銃口を二人に向けてくる。


「待ってくれ! 私だ! ヤツィだ! 後ろの男も敵ではない! 私の客だ!」


 ヤツィが手を上げて答えた。ローガも同じように手を上げておく。すると、向こうも相対しているのがヤツィであると分かったようで、すぐに銃を下ろして顔色を変えてくれた。そして二人の女とヤツィはお互い歩み寄り、再会を喜んで抱擁を交わし始めた。


 おかげでローガはしばし置いてきぼりを食らうことになる。昨日の戦闘で帰って来なかったはずの女の子が、ひょっこりと戻ったのだから喜ぶのも自然な事だろう。そう思ってローガはしばし遠目でその姿を眺める事にした。

 三人の女達はというと、あれからどうしていたんだ? とか、怪我はしていないか? とか、誰々はどうなった? などとお互いに語り合っている。さらに三人が話す声は村じゅうにも伝わったようで、すぐに老人や女子供が集まってきた。

 ローガはその中にククラがいるのではと見渡したが、いかにも先住民といういで立ちの者達ばかりで、何人かいる軍服の者も男のようである。人だかりの中にククラの姿は無かった。

 ローガはいい加減にほったらかしにされるのにも耐え兼ね、恐る恐るヤツィに声をかける。


「あーすまないが、俺のこと忘れちゃいないか?」


 すると、ヤツィがその声に気が付いてくれたのだが、おまけで周囲の者達まで怪訝な表情を向け始めてきた。

 ローガはあまり歓迎された雰囲気ではないなとすぐに悟った。それも無理はない。ナヤーム軍の軍服を着たローガは、彼らにとっては見るからに敵として目に映る相手であった。昨日の今日でそんな相手が急に訪れれば、警戒しないはずが無かった。


「彼は私の客人だ。ナヤーム軍の制服を着てはいるが、今は敵ではない。この村に彼の知り合いがいるらしくてな、人探しに来たんだ」


 と、ヤツィが事情を伝え、何度か問答を繰り返した上でどうにかローガは信用してもらった。とは言っても、見張りに立っていた女二人は、銃を肩にかける事は無かったし、暖かい歓迎という雰囲気でもない。それでもローガは鳥居をくぐる事を許され、村の中へと入ることができた。


 村には細い木を組んで藁の屋根をかぶせたような簡素な家屋に囲まれ、中央には祭壇と思しき石造りの台座がある。敷地はそれほど広くないようで、簡素な家数棟に囲まれた十メートルほどの円に収まる程度のものだ。その中に先程集まって来た者達や、もはや全裸でうろつく小さな子供たちが暮らしているようだった。

 そしてローガはヤツィに案内されるまま人だかりの間を進んで行ったのだが、ここでローガに向かって一人の女が速足に近づいてきた。


「みんな離れろ! そいつは敵だ」


 女はそう言ってローガの前に立ちふさがった。その声にローガは聞き覚えがある。そして声の主はナヤーム軍のライフルの銃口をローガに向けて突き付けた。


「……また会ったな」


 ローガは落ち着いてそう声をかけた。そしてゆっくりと両手を上げて攻撃の意思がない事を示して見せる。


「私はお前のことなど知らない」


 だが女は険しい表情のままそう答えた。周囲の有象無象の者達も、ただ事ではないぞと距離を取り始める。

 だが、ローガはうろたえることなく、余裕の表情を見せたままだ。

 彼女の声だけではない。灰色の髪に片耳が欠けた狼の耳、先住民達の民族衣装に身を包んではいたが見間違えるはずがなかったのだ。


「姉さん、この人は……」


 ヤツィも女をなだめようとしたが、彼女が応じる様子はない。


「ヤツィ、その男の銃をとれ」


 女は淡々とそう指示した。ヤツィは女の気迫に押され、おずおずとローガの拳銃とライフルをとりにかかる。ローガも抵抗せず、されるがままにしておいた。


「なあ、前にもこんなことあったよな」


 ローガは、友人と語らうかのように気さくにそう聞いた。


「黙れ」


 だが女は睨みをきかせるばかりだ。


「腰のナイフも取っておいた方がいいんじゃないか?」


 ローガは余裕ぶってヤツィにそう言い、自分の腰にあるナイフも取り外させた。


「どうだ? これで丸腰だ。いつだかを思い出さないか?」


 ローガはそう言いながら、片方の手をゆっくりと下ろし始める。

 それを見て女は身構えるように銃を構えなおした。

 だがローガはそれに動じない。そのまま下ろした手を自分の胸元に入れて、二枚の認識票を取り出すと、それを女の前に差し出した。


「見覚えはないか? あいつも、マヘンドラもいるんだろう?」


 すると女は差し出された認識票を見て、しばらく睨むような険しい視線を向けた。だが彼女の肩はわなわなと震えだし、さらにはゆっくりと俯いて、力なく銃を下ろし始める。


「……ろーが……本当にお前なのか……?」

「ああ、俺だよ。久しぶりだな、ククラ……」

「ずっと……お前に会いたかった……」


 ククラと呼ばれた女は震える声でそう言い、とうとう辛抱たまらないといった具合にローガに駆け寄った。そしてそのまま両手を広げ、思いっきりローガに抱き着いたのだった。


「ローガ! 会いたかった! 本当にお前なんだな!」


 ククラは力いっぱいローガを抱きしめる。彼女は長い尻尾はぶんぶんと振りまわした。


「ちょ、まてっ!」


 彼女が銃を持ったまま勢いよく向かって来るものだから、ローガは攻撃されるのかと少し驚いてしまった。


「急にくっつくなよ、一瞬マジで殺されるかと思ったぞ!」

「何言ってるんだよ、私がお前を殺す訳ないだろ!」


 ククラはひとしきりローガを抱きしめてからその手を離し、お互いに見つめあう。もう先程までの険しい表情ではない。彼女は本心からの笑顔を見せてた。


「そのわりには、お前に銃を向けられるのはこれで三度目なんだがな……」

「悪いな……。お前は私の友だ。でも今はあくまで敵同士だからな。信用したわけじゃない。銃はこのまま預かるが、それでいいよな?」

「ああ、構わない。こいつも持って行ってくれ、戦死報告をしなくてよかったよ」


 そう言ってローガは改めて認識票をククラに差し出す。


「ありがとう。いまだにこれを持っていたなんてな」

「獣人に支給される飯なんてたかが知れてるだろ、役に立たないから使わなかったんだよ。そういうククラこそ、後生大事にそいつを持っていたみたいじゃないか」


 ローガはククラの胸元に目配せした。そこにはローガが手渡したものとは別の認識票が下げられている。これは偽名で名乗っていたガラタのものだ。


「ああ、これか……。殺した相手とは言えずいぶん世話になったからな。どうにも忍びなくて……」


 そう言いながら、ククラはローガから本名の認識票を受け取り自分の首にかけていく。


「ヤツィからマヘンドラもここにいるって聞いたんだが、あいつはどこにいる? マヘンドラにもこの認識票を渡してやりたいんだ」

「ああ、案内しよう。実はあいつには、お前に会ったことを言ってないんだ。きっと驚くよ」

「そうか、楽しみだ」

「丁度これからあいつらの世話をしに行くところだったんだ。いくつか準備があるから手伝ってくれないか? ヤツィも、戻ったばかりで悪いが手を貸してくれ」

「分かったよ姉さん。任せてくれ」


 という訳で、ローガとヤツィはククラに同伴して手伝いをすることになった。

 まず向かったのは戦利品を集めた納屋だ。薄暗い屋内に、文明的な道具や武器なんかが並べられている。


「なあ、ヤツィとククラはどういう関係なんだ?」


 作業をする最中、ローガはそう聞いた。


「ククラ姉さんはすごく強い人だ。だから私から頼んで戦い方を教えてもらっているんだ」

「まあだいたいそんな感じだ。ガキのくせにいっちょ前に闘争心はあるらしいからな。銃の扱い方とか、格闘の仕方を教えてやってたんだ。って言っても、その様子じゃ捕虜にでもされたらしいがな」

「ご、ごめんなさい姉さん……」


 ヤツィはあからさまにしゅんとして見せる。ローガは一応フォローを入れておくことにした。


「確かにまだまだだが、筋は悪く無いさ。なんだかんだこうして生きているわけだしな」

「そうだな、生きていて良かったよ。他の捕虜はどうした?」


 ククラが一つトーンを落としてそう聞く。


「……もう殺されている頃だろうな。生かしておく理由が無い……」

「そうか……」

 ククラはそれだけ言って、しばらくしてからローガにいくつか布地を手渡した。

「持っててくれ、後で使う」


 ククラはその他にも、薬やハサミを持っているようだった。ひとまずこれでこの場所でのやることは済んだらしい。


 一行は次に村の近くの小川へと向かった。あらかじめ木のバケツを持ってきており、これで水を汲むのだ。小川の水は湿地帯にしては思いの外澄んでおり、そのまま飲めるだけの透明度があった。この小川が先住民達の生活用水になっているようである。

 ローガは水を汲みながらまたひとつククラに質問をした。


「なあ、どうしてククラはそんな恰好をしているんだ? 他の敗残兵達はそのまま軍服を着ていたのに、どうしてお前だけ?」

「ああ、これか? 私は正式にこの部族の一員として迎えられているんだ。私は狩りができたし、他にも色々と村人達の世話を焼いていたからな。おかげで認めてもらえたんだよ」


 ククラの回答にヤツィも後から補足を入れる。


「ああ、ククラ姉さんはもう私達の家族だ。他のみんなだってそうだ。みんな私達と寝食を共にし、共通の敵と戦った仲だからな」

「家族か……それは、家族と同じくらいに親しい間柄というだけでは無くてか?」

「いいや、それだけじゃない。私はもう儀式を経て家名も与えているんだ。今は単にククラじゃなく、ククラ・ヴゥルカ・マンシェまでが私の名だ」


 それを聞いて、ローガは少し焦った。今までローガの文化圏においては、家名を得るなんて言えば嫁か婿に行くくらいしか考えられない。


「まさか……男でもできたのか……?」


 するとククラは挑戦的にローガの顔を覗き込み、ニヤリとして見せる。


「なんだ? 何か不都合か?」

「いや、べつに……お前が誰とくっつこうが俺には関係ないけどよ……」

「あはは、残念だがまだ嫁に出たわけじゃないよ。ていうか、誰とくっつこうが関係ないのか?」

「いや、そんな深い意味は無いって……」

「ふーん、そうか」


 ククラは少し不機嫌そうな顔をする。ローガも内心思うところはあったのだが、こっぱずかしくてむすっと顔を逸らした。


「まあ、水は汲めたし、次の仕事をしようか……」

「ああ、分かった」


 ローガとククラはお互い顔を合わせずに受け答えをし、次に向かうことになった。まだ子供のヤツィは、何のことやらとあっけらかんとしている。


 次は村の中に戻り食事の用意だ。村の炊事場では既に女衆が寄り合って食事の用意をしており、村じゅうに食欲をそそる匂いが立ち込めていた。そしてその匂いに釣られてか、大人も子供も多くの人が集まり始めている。ローガはちょうど昼の食事時に村に訪れたようである。

 ここでは村人全員分まとめて食事が作られる。大きな鍋で今朝採れたばかりのシカ肉と山菜が煮込まれ、タルルという木の幹のような山芋をふかしたものが主食であった。


「この肉は今朝私が捕まえてきたものだ、お前の分も用意してやるから、ありがたく食えよ」


 そう言ってククラは鍋の用意をし始める。


「ありがとう。昨日戦ったばかりだってのに精が出るな」

「もう私ぐらいしかまともに狩りのできる奴がいないからな、仕方ないんだ」

「そうか……村にはどれくらい人が居るんだ?」

「私達マンシェ族の者が二十人ほど、敗残兵達が十人ほどだ」


 ヤツィが山芋をとりわけながらそう答えた。


「前はもう少し人が居たんだが、ほとんどの男は死ぬか、もう使い物にならなくなってる、今は老人と女子供ばかりだ」


 ククラも煮物を小鍋に移しながら答えた。


「敗残兵は十人ほどか、そのわりにはあまり見かけないようだが……」


 ローガが見回す限り、軍服を着た者や、それらしい雰囲気をした者は数えるほどしか見当たらない。生きているというマヘンドラの姿でさえ、いまだローガは見られていなかった。


「すぐに分かるさ。あいつらはあまり外に出られないんだ」

「外に出られないって?」

「さて、マヘンドラに会いに行こうか」


 ローガの問いを逸らすようにククラがそう言った。どうやら一通りの準備が整ったようだ。

 最終的にローガが飲み水のバケツと煮物のバケツを両手に持ち、ククラがふかした山芋を抱えて、ヤツィが食器や布やら色々と持つことになった。

 しかし単に食事を用意するにしては余計なものが多い。布やハサミ、すり鉢とすりこぎ棒など、色々な道具も用意してあるので、ローガは少し疑問を感じていた。


「こんなにいっぱいどうするんだよ、あいつはどこにいるんだ?」

「あの小屋に他の奴らと一緒にいるよ」


 そう言ってククラは一つの建物へと目配せする。俺達はククラの後に続き、その建物へと向かった。

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『シャンバラ~幌馬車の国~』傷を負った帰還兵は美少女達と旅をする。理想と幸福を目指して 百目鬼悠馬 @bodaisatsuma

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