シェル・ショック

森の民(改稿予定)

何も終わっちゃいません! 何もです! 

あの戦争は続いてる! 俺にとっちゃ今でも!

あなたに無理やり連れていかれ、勝つために必死にやった。結局は勝てなかった!

そしてやっと帰国したら、空港にはデモ隊が俺を待ち受け、俺に罵り声を浴びせてきた。

赤ん坊殺しだ、大量殺人者だとね! 

あいつらにそんな資格があんのか! 

誰一人戦争の何たるかも知らないで、俺を攻める資格があんのか!



【映画「ランボー」より】






八〇十年チャイトラの月二四日(サ・ニマ)



「まったく、屈辱だ。こんなものをつけおって」


 ヤツィは自分の両手首につけられた枷を見て、そう愚痴をこぼした。


「仕方ないだろう? 他にやりようがないんだ。昨日の夜美味い飯を食わしてやったんだし、許してくれよ」


 ローガがそう答える。枷に取り付けられた鎖はローガの手に持たれていた。


「何を言うか。戦に勝った祝いの食事を食わせるなんて、とんだ皮肉じゃないか」

「そのわりには美味そうに食ってた気がするけどな。それに、俺達とは休戦になったがな、村の奴らとは話が別だろう? 下手に俺達の関係がバレたらどうする」

「あー分かったよ……」


 ヤツィは諦めたように溜息をついて項垂れた。

 二人はこれから先住民達の村へ向かうところだ。昨日はローガ達一行とヤツィが和解し、戦勝の宴の食事や酒を持ち込んでささやかなもてなしをしてやっていた。その際に色々と話が決まり、ローガがヤツィと共に先住民の村を訪問することになったのだ。


「でも、この枷はいつまでつけてなきゃいけないんだ? こんな格好で村には戻りたくないぞ?」

「そう焦るなよ、この開拓村からある程度離れたら外してやるから。それで? 村まではどれくらいある? 遠いなら馬を使おうと思うんだが」

「途中までは道を進めるが、森の中を通るから馬は使えない。歩きなら昼頃にはつくだろう」

「なるほど、なら歩きだな。案内してくれ」


 ということでローガとヤツィの二人は村を出発し、先住民達の村へ向けて馬車道を歩きだした。


「しかし、こうしてみすみす敵を招き入れるなんて、私は裏切者同然だな」


 村を出てしばらく経ったとき、ヤツィがそう呟いた。


「俺は敵じゃない。今は休戦中だと言ったろう?」

「今はそうだが、今後お前が敵になるかも知れないじゃないか。そんな奴に私達の居場所をわざわざ教えたくはないのだがな。それに、お前の目的はククラ姉さんとマヘンドラに会う事だろう? それなら村の外でもできない事はないのだが」

「それも目的だが、それだけじゃない。俺はお前達の事を見極めたいんだ。いずれ、お前達を狩りだすために討伐隊が来る。俺があの村を護衛するのもそれまでの間という約束だ。その前に、お前達を滅ぼすべきか、見逃すべきなのか、あるいは友の為に寝返るべきなのか。それを見極めたいんだ」


「なんだ? 裁定者にでもなったつもりか? 偉そうなことを言いやがって」

「そんなに鼻を高くする気はないけどな、お前の処遇もそれ次第だぞ? さっきの村に連れ帰って殺してもいいし、見逃して仲間の元に戻してやってもいいんだ」

「舐めるなよ? 一人で私の村に来るんだ。殺そうと思えばいつでもお前を殺せる。私達の居場所を村の奴らに伝えるようなことがあれば。その前にお前を殺してやるからな」

「ああ、分かってる。だから一人で来たんだ。俺が敵対したなら殺せばいい。俺がいつまで経っても戻ってこなけりゃ、俺の仲間はそういう事だろうと判断する。それくらいがいい塩梅だろう?」

「……ふん、物好きな奴だな。好きにすればいいさ」

 ヤツィはムスッとしてそっぽをむいた。

 彼女の言葉にローガは答えず、しばらく沈黙があったのだが、その後おもむろにヤツィが枷の掛けられた自分の手をローガの前に見せてきた。


「なあ、もういい加減いいだろう? そろそろとってくれよ」

「あ、ああ……。そうだな。もう大丈夫だ」


 ローガは周囲を見渡して安全を確認してから、腰のポーチから鍵を取り出して枷を外してやった。


「まったく、重苦しいったらなかったよ」


 自由になったヤツィは腕をほぐすように振り回して伸びをする。


「しかし不思議な感覚だな」

「不思議って?」

「この道を堂々と歩いている事がだ。普段私達はこの道を通れない。この調子なら昼前に着けるだろうな」

「なんだよ通れないって、どういうことだ?」

「私達がここを歩いてるのを見つけられたらお前達に殺されるからな。言い訳する間も与えてくれない。いきなり銃で撃たれるんだ」

「そりゃあお前達が開拓民を襲ったからだろう? 自業自得じゃないか」


 するとヤツィが呆れて溜息をついた。


「お前は悪い奴じゃないらしいが、何も分かっちゃいないみたいだな。とんだ馬鹿野郎だ」

「なんだよそりゃ、随分な言いようじゃないか」

「先に手を出したのは開拓民どもの方だ。最初は私達がずっと殺される一方だったんだぞ。そこに敗残兵達が来て、武器と戦い方を身に着けて反撃したんだ」

「本当か? あいつらの言いようじゃ、あんたらは野蛮な悪党って話だったぞ?」

「悪党はあいつらだ。私達はただこの森で暮らしていただけだったのに、あいつらはこの森に住み着くなり私達を見かけたら殺し始めたんだ。それどころじゃない。私達の頭の皮に賞金を賭けて、徒党を組んで狩りをするようになったんだぞ」

「嘘だろう? 俺はてっきり、あいつら開拓民が身を守る為にやっていると思っていたんだが……。俺はあの村の連中に助けてくれと言われて戦ったんだぞ?」

「身から出た錆だ。あいつらが先に戦いを仕掛け、反撃に遭って自らを窮地に追い込んだに過ぎない。まあ、お前のせいでどうにか首の革一枚繋がってしまったがな」

「そんなまさか……。じゃあ、俺は騙されていたってのか?」

「さあな、それは知らん。あいつら自身だって、自分達が悪事を働いているなんて気はさらさらないんだろう? でも悪党はあいつらだ。嘘なんかじゃない。この森に誓ってもいい」

「な、なあ。良ければもっと詳しく教えてくれ。お前達の事や戦いの事について」

「いいだろう。昨日の話の礼だ、教えてやる」


 こうしてヤツィは彼女たちの歴史について語りだした。


「まず私達の説明をした方がいいだろうな。そもそも私達は古くからこの森で暮らす部族だ。お前達には森の民とか呼ばれている。私達はこの湿地林でたくさんの部族に分かれてそれぞれ暮らしていてな、私達はその中でもマンシェ族と呼ばれる部族だ。私達森の民は基本この森の中でだけ生活してきた。森の外の人間と関わる事はほとんどなくて、狩りや森でとれる果物を食べて生きて来たんだ。だが十年ほど前だ。お前のような文明をもった人間がやって来てこの森を開拓し始めたんだ」


「つまり、俺達文明人がお前達の土地を侵略したのが先ってことか?」


「それは少し違う。私達は土地を所有するという考え方をしないからな。開拓民がこの森に来て住み着いてもあまり気にしていなかった。私達にとってこの森は神の土地だ。というより、この森そのものが神だと言ってもいい。私達はその森に場所を借りて生きているにすぎないと考えているんだ」


「なら、なぜいざこざが起きた?」


「奴らが私達を攻撃したからだ。お前もそうなのだろうが、私達とは違うものを信じているだろう? お前達にとって私達は邪神に魅入られた罪深き民だ。異教徒というだけで大義名分があったのだろうさ。新しい土地を得る為や、奴隷商の利益の為に、私達はいいように扱われたんだ」


「……具体的に何をされた?」


「最初にされたのは締め出しだ。開拓民達はこの森の土地に勝手に区分を作って、私達森の民が活動していい保留地を決めたんだ。それ以外の場所は奴らの管理する土地にされて、そこに居ようものならお構いなしに殺されたり、奴隷狩りに遭ったりした。だから私達は元の村を捨てて保留地へと移住したんだよ。だけどそれでも、あいつらの勝手な都合でどんどん保留地を狭くされていって、たとえ保留地の中でもここみたいな道はその対象外にされたりもしたんだ。おかげで私達はまともに移動もできないし、狩りをするにも苦労するようになった。」


「なるほどな、だからこの道が歩けないのか。それで反撃に出たわけか?」


「できるものならしたかったさ。実際にはしばらくやられる一方だった。弓と槍じゃ戦いようが無かったからな。だから私達が怯えている間に、どんどんあいつらは調子に乗って行ったんだ。保留地の中なら私達の人権が認められていたはずなのに、あいつらは盗みを働いただとか、家畜を殺しただとか適当な理由をつけて村を襲いに来やがった。それどころじゃない、私達の首の皮に賞金を賭けて、徹底的に絶滅させようとしてきたんだ。そんなことがずっと続いて、もう今じゃ十年前の半分くらいしか人数がいなくなってる」


「本当なのか? 嘘じゃないよな……そんなことしていたなんてとても……」

「今更嘘をついてどうする? お前を寝返らせようとでもいうのか?」

「それは……分からないが……」

「他にもいろいろひどい話はある。細かいところまで挙げだしたキリがなくなるだろう。どうしてか知らんが、あいつらはそうまでして私達を滅ぼしたかったんだろうさ。さて、この辺りからは森の中を通るぞ、村まではちゃんとした道が無い。ジャングルを分け入って進むんだ」

「ああ……分かった」


 ということで、二人は開かれた馬車道からジャングルの木々の間へと入っていた。木々に日差しは遮られ、幾分か涼しかったが、蒸されるような湿気に包まれており暑いことには変わりない。足元には木の根の凸凹があり、下草に行く手を遮られたり、水溜まりが点在していたりと、右往左往して歩くのにはかなり苦労した。

 そんな中でもヤツィは軽々と進んで行き、ローガは彼女に置いて行かれないよう一生懸命に後をついて行った。


 歩く最中、ローガはしばらく黙っていた。彼はヤツィの話を聞いていささかショックを受けていたのだ。彼女の話が本当なら、悪党は間違いなく開拓民達の方だ。それどころか、自分自身がその悪事に加担して、虐げられてきた者達の必死の抵抗をねじ伏せてしまったことになるのだ。これは彼にとって、明らかに己の理念に反することだった。

 それでも、ローガは意を決して話の続きを聞くことにした。


「それで、その後はどうなったんだ? 半分まで減ったお前達が、どうして開拓民と戦うようになった?」


「ああ、お前達がフタデサと起こした戦争が転機になったんだ。あの戦争のおかげで男手が戦いに出て、開拓民達の戦力が勝手に削がれたんだよ。それからこの森は戦場の近くにあるだろう? 逃げるのに丁度良かったんだろうな。フタデサ軍の敗残兵や脱走兵がこの森にやってくるようになったんだ。私達には彼らと敵対する理由も無かったから、彼らを迎え入れ、怪我をした者には手当をしてやった。その代わりに彼らは武器と戦い方、そして戦力を与えてくれた。彼らのほとんどはナヤームも連中に恨みもあったからな、みな喜んで私達に協力してくれたよ。こうして戦う術を得た私達は開拓民に反撃を始めたんだ」


「それで今に至るってわけか」

「そんなところだ。まあ、戦いのおかげで余計に人が減ってしまったがな。もうまともな男手も居なくなってしまったから、私まで戦いに出ている始末だ」


 ヤツィはまだ成人してもいないような少女だ。ナーバやユバナと年が変わらない上に、女性である彼女を戦いに駆り出すということからも、彼ら先住民がどれだけ切羽詰まっているかが伺えた。


「なるほどな……」


 ローガはそう相槌だけうって、その後には何も言葉を続けなかった。ヤツィもローガから何か追加の質問があるものと思って黙ったが、いつまでたっても返事がないので、ヤツィからローガに質問した。


「他に何か聞きたいことはあるか?」

「……いや、大丈夫だ」


 実際のところ、ローガとしては色々と聞きたい事があった。だが、これ以上彼女から話を聞く勇気がローガには無かった。

 ヤツィは先ほどまで淡々と語ってくれていたが、ローガにはその淡々とした語り口が何かの責め苦のように思えて、これ以上耐えられなくなっていたのだ。加えて、ローガはまだヤツィ達の敵でも味方でも無い。全てを見て決断を下すまでは、彼女達に下手に同情するわけにもいかなかった。


「まあ、まだ何か聞くことがあれば後でもいくらでも話ができる。もう少しで私の村だ。そこでゆっくり見極めればいいさ」


 そうして二人は、そのままジャングルの中を進んで行った。

 鬱蒼とした木々の間を縫い、いくつかの湿地を越え、もはや一人では元いた道へ戻る事すら難しそうなところまで来ていた。

 そこからさらにジャングルを進んで行き、二人は昼前には目的の村まで辿り着いたのだった。

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