俺達が建物のドアへ到着すると、壁の向こうからはブンブンと言う無数の羽音が聞こえていた。準備を整えてここに来るまでの間に、既にバッタの群れの本隊が到着していたのである。


「開けるぞ!」


 マヘンドラは意を決してドアを開ける。すると、すぐにバッタ達の羽音がよりいっそう大きく聞こえ、バチバチとドアに激突する音も聞こえてきた。そして、まるで砂塵が飛び込んでくるかのように、バッタ達が俺達の所へと吹き込んできたのである。


「なんだこりゃ! 本当にバッタだらけじゃねぇか!」


 マヘンドラはひどく驚いてそう言った。ドアの外では無数のバッタ達が砂嵐のごとく飛び交い、道路の反対側の建物でさえろくに見えない有様だった。


「ちくしょう、なんて数だ!」


 俺は身体にまとわりつくバッタたちを取り払おうと一生懸命に掃いたが、次から次にバッタが取り付き、まるっきり意味がなかった。


「とにかく行くぞ、死ぬよりはマシだ!」


 ククラはそれほど驚いていないようだ。ナーバのヘルメットを拝借している彼女は、適当に虫を払いながら真っ先にドアの外に出た。

 俺はなんて根性のある女だと関心しながら、マヘンドラとユバナと共に、彼女に続いてドアの外へと出る。


「すげぇ、全部バッタだ!」


 マヘンドラは子供のようにそう言った。それも無理はない。右も左も、前も後ろも空さえも、一面バッタの大群に覆われ、まさしく砂嵐といった様相を呈しているのだ。こうして立っているだけでも、無数のバッタが大粒の雨のように身体じゅうに打ち付け、服の上を這ってはエサが無いと分かると飛び去って行く。

 俺達は今しか帰るチャンスが無いと踏んで飛び出したものの、こんなんじゃ百メートル進むのもやっとだ。


「味方陣地はどっちだ?!」


 俺は誰宛てともなく問いかけた。


「こっちだ!」


 とククラが答え、彼女を先頭に俺達は歩き出した。丁度向かい風で歩くみたいに、片腕で目を隠しながら互いを風よけにして一列に並んで進み始める。

 こうして歩く最中、俺は息の詰まるような空気と、これまでの疲れもあいまって、かなり息を切らしていた。だが口で呼吸することはできない。口を開くとバッタが飛び込んできてしまうのだ。俺は酸欠になりそうになりなから、どうにか隊列について行った。

 そうしてしばらく歩みを進めると、先頭のククラがハンドサインをしながら立ち止まった。


「止まれ……!」


 彼女はそのまま中腰になって進行方向に銃を構える。俺も合わせて中腰になり、バッタが目に入らないかとビビりながら行く手に目を凝らした。

 すると、バッタの嵐に霞んで何やら人影がうごめいているのが見えた。見る限り数名だ。


「おい、ありゃ敵か? 味方か?」


 同じものを目視したマヘンドラが問いかける。だが俺にもどちらだか分からない。何か黒い影が動いている程度にしか見分けがつかないのだ。だが少なくとも、こちらに近づいてきているらしいというのは分かった。


「とりあえず、迂回しよう」


 ククラはそう決断し、俺達は今いる通りから一本外れた細道へと入って行った。だが運悪くこちらでも人影に出くわしてしまう。俺達の進行方向から、二人組の影か向かって来ているのだ。


「くそ……! また誰かいるぞ……!」

「こっちに来てる! ひとまず隠れよう!」


 俺達は交差する道路で、道端の荷物に身を隠して彼らをやり過ごすことにした。

 バッタの飛び交う羽音に紛れて段々と足音が近づき、次第に彼らの話し声も聞こえてくる。その内容からして、どうやら敵の兵士らしい。俺達は息を潜め、彼らが通り過ぎるのをじっと待つことにした。


「……………よし、いいぞ……」


 敵兵たちは何やら慌ただしく駆けて行き、ひとまず危機は去った。俺達は走り去る人影の背中を確かめながら、再び歩みを進め始める。

 そして今度の細道はバッタ達も自由気ままに飛べないらしく、さっきの通りよりかは嵐が薄かった。おかげで交差点から交差点までよく見通しが効く。だがその分的に見つかる危険も増しそうだった。


「おい、ここじゃ敵に見つかるぞ……! 表の通りに出た方がいい!」


 俺は先頭のククラにそう進言した。


「……分かった、なら次の交差点で元の道に戻るぞ」


 そうして俺達は再び元の通りに出た。ここなら見通しが効きづらい、簡単には敵に見つからないだろう。

 だが、ここにきて憂慮していた別の問題が降りかかることとなった。


 ピューーッ!


 っと風を切る音が鳴り、俺が慌てて「伏せろ!」と叫んだ時には、けたたましい爆発音が鳴り響き、震動と共に近くの建物が盛大に崩れだしたのだ。


「くそっ! 味方の砲撃が始まったんだ!」


 ククラはそう叫んだ。やはり味方は俺達に構わず支援砲撃に踏み切ったらしい。急いで戻らなければ俺達までミンチにされちまう。


「急ぐぞ! どうにか味方の居るところまで撤退するんだ!」


 俺達は伏せの姿勢から立ち上がり、今しがた崩れた建物の瓦礫を踏み越えながら走り出した。

 しかし、そうしている間にもピューーッ! という小気味よい風切り音が何度も鳴り、その度にあちらこちらで建物が崩れていく。


「砲兵どもふざけやがって! 味方に殺されるなんて御免だぞ!」


 マヘンドラは息を切らしてそう叫んだ。


「あんなの当てずっぽうだ! どうせ当たりやしねぇよ!」


 俺はそう返事をしたが、下手なことを言うものではない。直後に目の前に至近弾が降り注ぎ、目の前の建物を吹き飛ばしてしまったのだ。


「くそぉ!! 言わんこっちゃない! 下がれ下がれ下がれ!」


 俺達は慌てて反転し、降り注ぐ瓦礫を交わしながら来た道を戻る。しかし、運悪く今度は敵兵と遭遇することになってしまった。戻った道の先から、俺達の後を追うように現れた敵兵と鉢合わせてしまったのだ。


「邪魔だよクソ! お前らだって砲撃食らってるだろ! 後にしてくれ!」


 そんなこと言ったって通じるわけが無いのだが、俺は思わずそう叫び彼らに応戦する。向こうも不意に鉢合わせたようで、すぐに数人は倒すことができた。


「付き合ってる暇はない! このまま進むぞ!」


 ククラがそう言った。もうさっき吹き飛んだ建物が崩れるのも止まっている。俺達は敵兵に構わず瓦礫を乗り越えて先を急ぐことにした。


「あいつら追ってこないよな?!」


 俺はそう問いかけた。


「知るかよ! どうせあいつらもそれどころじゃない!」 


 俺達は敵兵を振り切り、バッタの嵐と砲弾の雨の中、再び大急ぎで走って行った。すると今度は、また前方に数名の人影が見えてきた。


「あれは味方か?!」


 俺がそう問いかけた。もうさっき休んでいた建物からかなりの距離進んでいる。行く手で味方に出くわしても不思議ではない頃合いだった。


「そうであってくれなきゃ困るぞ! おーい! お前らナヤーム軍か?! 味方なのか?!」


 マヘンドラは躊躇せず人影に向けて声をかけた。

 しかし、その返答は鉛玉の雨であった。バッタの嵐の中にあって、なお分かる発火炎を上げ、数名の人影がこちらに向けて銃撃を仕掛けてきたのだ。

 俺達は慌てて崩れた瓦礫の陰に身を隠しに向かった。


「クソ! 止めろぉ! 撃つな!」


 俺も手ごろな遮蔽物に向かいながらそう叫んだ。相手の銃声には聞き馴染みがある。規則的に銃弾を連射する少し愛嬌のある発射音。俺達の短機関銃と同じものだ。つまりこの先にいるのは味方である。


「撃つな! 味方だ! 俺達はナヤーム軍だ!」


 マヘンドラも瓦礫越しにそう叫んで手を振った。だが残念なことに、その手めがけて銃弾を放たれてしまう。


「くそっ! あぶねぇ! お前ら味方の手を撃とうとしてるんだぞ! 分かってんのか!」


 マヘンドラは手を引っ込めてそう叫んだが、やはり向こうからの返事はない。

 彼らもこの混沌とした状況にやられて余裕をなくしているのか、はたまた先頭を走っていたククラを見て敵と判断しているのか分からないが、ともかく味方のはずの人影は、こちらを敵と決めつけて譲る気がないらしい。


「どうする! 迂回するか?!」


 ククラがそう問いかけた。


「戻ったらさっきの奴らとかち合うぞ?!」


 俺はそう答えた。続けてマヘンドラが答える。


「なら、建物の中を進むか?! それなら、敵をやり過ごせるかもしれん!」


 しかしそれについてククラが反論する。


「建物を吹っ飛ばされたらどうする?!」


 これには俺が反論した。


「そんなの道の上にいたって同じだ!」


 俺がそう語った直後、再びピューーッ! っと風切り音が鳴り、砲弾が俺達のすぐ背後の建物に直撃した。

そのまま建物は、まるで泥でもはね上げるみたいに瓦礫をまき散らし、俺達めがけて降り注ぐ。

 ここに居てはぺしゃんこだ。退路にも盛大に瓦礫が降り注いでいる。となればもう、前方の人影達の前に踊りでるしかなかった。


「ふざけやがって! 一か八かだクソ野郎!」


 俺はそう叫びながら意を決してたち人影の前に大急ぎで飛び出した。


「撃つなあ! 撃つな撃つな!」

「味方だ! 撃つな!」


 マヘンドラとククラもそう叫んだ。だが、その叫び声は建物の崩れる音に掻き消され、向こうには届かない。また先程のように相手は短機関銃を連射し、そのうちの一発がマヘンドラの肩を貫いた。


「マヘンドラ!!」


 ククラが真っ先に気付き、力なく倒れようとするマヘンドラの元へ駆け寄る。俺はマヘンドラを彼女に任せ、そのまま人影に近づいて行った。


「やめろお! 撃つな! 頼む撃たないでくれ!!」


 俺は両手を伸ばして思いっきり振って見せた。


「お願いだ! 撃たないでくれ! 俺達は味方だ!」


 周囲を銃弾がかすめる最中、俺は運よく被弾せず、とうとうお互いに軍服を確認できる距離まで近づくことができた。

 そうして相手も、俺の大袈裟なジェスチャーと軍服を見てようやく納得し、その銃撃を止めてくれた。


「撃ち方止め! 撃ち方止め!」


 俺はその声を聞いてようやく安堵し、がっくりと膝から崩れ落ちる。


「大丈夫か! おい!」


 味方の兵士達は皆、遮蔽を飛び出してこちらに向かってきた。そして俺が呆然とその様を眺めていると、彼らに向けてククラが叫んだ。


「重症だ! 手を貸してくれ!」


 俺はその声にハッとした。安心している場合じゃない。俺は急いで立ち上がり、味方達と共にマヘンドラの元に戻った。

 撃たれたマヘンドラに近づくと、彼は苦しそうな顔をしながら地べたに寝転がり、ククラが鎮痛剤を打ってやりながらユバナが包帯を巻いているところだった。


「はぁ、はぁ……くそ、いてぇ……」


 マヘンドラは歯を食いしばりながら苦痛に身体をくねらす。彼の出血はかなりひどいようだった。銃弾も体内に残っているらしい。今すぐきちんとした治療をしなければ危険な状態だ。


「……これじゃもう助からねぇ……お前達……先に行け……!」


 マヘンドラがそう言った。だが当然俺は二つ返事で受け入れるなんてできない。


「ふざけんな! 置いて行ったりしねぇぞ!」

「バカ言え……後ろから敵だって来てんだ。お荷物抱えてちゃこのバッタだらけで逃げられねぇだろ……」

「これだけ味方がいるんだ、お前一人くらい連れていける!」

「ふざけるな……さっさと行け……! ここにいたら吹き飛ばされるぞ!」


 マヘンドラがそう言った直後、再び近くに砲弾が直撃した。建物を粉々に砕き、震動と瓦礫が再び俺達に降り注ぐ。


「マヘンドラ! もういい喋るな! ここは私に任せろ!」


 ククラはそう言うと、マヘンドラの首から認識票を取り外し、続けて自分の胸元からも偽名の認識票を取り外した。


「ローガ。こいつを頼む。私達の分までうまい飯を食えよ」


 彼女はそう言って、取り外した二人分の認識票を俺の前に差し出した。


「待てよ! お前ここで死ぬ気なのか?」

「死ぬ気なんかさらさらないよ、でも私はもう味方の所に戻れない。マヘンドラもそうだ。この怪我じゃ足手まといになる。二人でどうにか逃げるから、生きてたら、またいつか会おう」


 ククラは真っ直ぐ俺をみつめ、母親のように優しく微笑んで見せた。


「ふざけんなよ! 何勝手に決めてんだ! どうにか二人とも連れて帰るからな!」


 俺は思わず反発したが、ククラは笑顔をすっと変え、今度は怒りを示し始める。


「ふざけてんのはてめぇだろ! 適当なこと言ってんじゃねぇぞ! お前はユバナと一緒に戻れ! 今すぐにだ!」

「いやでも……」

「でなきゃここで殺してやる!」


 そう言ってククラは短機関銃の銃口を俺に向けてきた。もちろん彼女はふざけてなんかいない。本気で言っているんだろう。


「……分かったよ」


 本当は俺だって、他に方法がない事くらい分かってる。その上でこうして説得されてしまっては、もう言い返せす言葉がなかった。ククラはそれだけの覚悟を持って残る事を決めていてるんだ。それを無碍にはできなかった。

 ククラは銃を下ろし、こんふぉはユバナの肩を叩いた。


「ユバナ、お前ももういい。後は私が見るから、行ってくれ」


 そう言って彼女はユバナを立ち上がらせる。


「でも……」


 ユバナも納得がいかなそうだったが、結局は渋々と立ち上がり俺の隣に並んだ。


「ユバナも、またいつか会おう」

「は、はい……」

「あーいや……こんな獣人の女には会いたくないか……」

「そ、そんなことないです! ありがとうございます……ククラさん!」

「ククラ、生きろよ」

「二人ともありがとう、達者でな」


 そうして俺達は挨拶を交わし、合流した味方達と共に、急いで味方陣地へと戻ったんだ。

 ククラとマヘンドラとはそれっきり、一緒にいたのはこれが最後だ。






ローガは、先住民の少女、ルーウェン、ラジャータの三人が座るテーブルの真中に、件の認識票を置いたみせた。


「これがその時預かった認識票だ。普通は戦死報告の為に渡しちまうんだがな、本当に死んだのか分からなかったから、手放すのが忍びなくてな……今までずっと持っておいたんだ。二人とも生きているってんなら、とっておいた甲斐があったよ」

「見てもいいか?」


 先住民の少女は物珍しそうにそう聞いた。


「いいぞ」


 ローガが了承すると、彼女は認識票を手に取ってくるくるとそれを見回し始める。


「これはなんと書いてある?」

「こっちがククラのものだ。偽名のガラタと刻印されている。もう一枚はマヘンドラだ。それから、二枚とも名前の他に血液型と出身地も書かれてる」

「なるほどな……それで? その後はどうなったんだ?」

「その後は知らん。色々あってお前らと出会ったんだろ? それについてはあんたのが詳しいんじゃないか?」

「いやそうじゃなくて、お前自身の事だ」

「ああ、そうか、そうだよな……。えーっと、その後はまたいつものように塹壕で毎日を過ごして、何度も小競り合いを繰り返して、ある時の戦闘で頭を負傷して地元に戻ったんだ。だけど地元が居心地悪くてな、ルーウェンを連れて街を出て、伝説の国シャンバラを目指す旅に出たんだ。それで道中ラジャータとも出会って、今に至るって感じだ」


 ローガがそこまで語ると、ラジャータが口を挟んだ。


「なんだ、いやに適当だな」

「あー……いや、それはな……」


 ローガが答えづらそうにしていると、今度はルーウェンが語りかけた。


「あの、話しづらかったら無理に言わなくてもいいですからね」


「ありがとう、でも別に話したくないわけでも無いんだ。何だろうな……なんていうか、正直あの時の事はよく覚えていないんだ。記憶が断片的で……まるで夢でも見ていたんじゃないかって感じがする。例えば……そうだな、街での戦闘の時だけど、あれは半分くらいユバナの受け売りなんだ。戦線に復帰してからあいつに聞いた内容で、俺の記憶じゃない。俺はあの時自分が何発銃を撃ったのか、何人人間を殺したのかまるで分からないんだ。集合住宅で民間人を殺した時もそうだ。気がついたら男と女がぐちゃぐちゃで死んでて、自分が殺したなんてさっぱり記憶にない。でも、傍にいた子供の事ははっきりと覚えてる。俺を睨む顔とか、ボロボロの服とか、俺に絵心があったら全部正確に描きだせる。でも、本当にそんな子供がいたのか確信が持てない……。本当は、あの子は幻か何かなんじゃないかって感じるんだ。それに負傷したククラを担いでいった時もそうだ。ユバナから話を聞くまで、俺が担いでいたなんて全然知らなかったんだ。てっきり他の誰かが担いだんだと思っていたくらいだよ。……そういうことが無数にある。だから、自分の語れる話が嘘なのか本当なのか分からなくて、そんなこと話していいのか分からないんだ……」


「そうですか……だから、あまり話してくれなかったんですね」


「すまないなルーウェン。……お前には一度話したことがあるかも知れないけどな、柳色の霧のなかで歩く夢の事もそうだ。あの場所はさっきの話にあった、サングルマーラの街に似てるんだ。でも、全く違う場所のような気もする。それに本当の記憶みたいに鮮明に見えるけど、でも全然現実味が無くて、幻のようにも思えるんだ。他の記憶だって同じだよ。現実なのか、幻なのか、どれもこれも区別がつかないんだ。こうしてお前達と話している今この瞬間だって、確信をもって現実と呼べる気がしない。俺にはもう何も分からない……」


 ローガがそこまで話すと、先住民の少女が申し訳なさそうに口を開いた。


「すまない。敵同士とはいえ、小難しい事を色々と聞いてしまったな。気を悪くしたなら申し訳ない」

「いやいいんだ。俺なんかの話が役に立ったならなら、それでいい」

「どうやらお前は、悪い奴というわけでも無いらしいな。ククラ姉さんとのことについては私も協力したい。今更だが名乗らせてくれ。私はヤツィだ。ヤツィ・ゴロ・ヴァナ・マンシェと言う。よろしく頼むぞ」

「ああ、ありがとう。こちらこそよろしく頼む、ヤツィ」

「連れの二人もだ、ひとまずこの場にいるお前達とは休戦とさせてくれ」

「分かった」

「分かりました、よろしくお願いします」


「ありがとう、俺達を信用してくれて。ひとまず明日の明朝出発しよう。ヤツィ、お前の村に行って、お前の仲間とククラに会ってみたい」

「分かった。明日の朝だな。ならひとまず今日はまだ時間があるだろう? 明日の事についてはまた後で詳しく話をさせてくれ。実はさっきの話を聞いて、気になることがいくつかあるんだ。良ければ色々教えて欲しい」

「まあ、構わないぞ」

「ありがとう。実はな、私もさっきの戦闘でお前が話したのと同じような経験をしたんだ。視界が狭くなったり、銃声が聞こえなくなったり、記憶が曖昧だったりってやつだ。私は沢山銃弾を撃った気がするのに、誰一人殺した覚えがないんだよ……」


 それを聞いて、ローガは鼻で笑った。


「そりゃ本当に誰も殺してないんじゃないか?」

「何を言うか! 侮辱だぞ! ……まあ、だがともかくだ。認めたくはないが、私は恐怖に当てられておかしくなっていたのだろう。だからお前を優れた戦士と見込んで聞きたい。恐怖を克服し、優秀な戦士になるにはどうしたいいんだ?」

「なるほど、優秀な戦士か……」


 ローガは椅子に腰かけなおし、少し考えた。


「そうだな……これはあの時の隊長、カプタナに言われたことだ。……優秀な戦士ってのは、恐怖を克服した奴の事じゃない。そいつは身を守る事を忘れ、みすみす敵の銃弾を浴びに行くアホだ。真に優秀な戦士はな、恐怖を味方につけるんだ。そいつは極限状態で何が起こるか手に取るように知っている。そしてそれを、思うままに利用するんだ。……今ならその意味が痛いほどわかるよ」

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