適者生存
「よう! 待ってたぜローガ! ガラタ!」
中に入ると、さっそくプラカシュがニコニコと出迎えてくれた。彼は俺達が飯を取りに行ったと知っているので、喜ぶのも当然だろう。俺は缶詰を投げながら答えた。
「待たせたな、ほらよ」
他にはマヘンドラとカマルもいる。このオヤジ達も相変わらずで、それぞれに語りかけてきた。
「干し肉も手に入れて来たのか? いい収穫だ」
「酒はあったか?」
俺はそれを聞いて、食いもんを二人に渡しながら答える。
「今日も首尾よくやったよ、干し肉の他に缶詰のおまけもある。でも酒は無かった、悪いな」
「何だよ酒は無かったのかよ!」
そう不満を漏らしたのは、カマルではなくプラカシュの奴だった。あいつはうちじゃ一番酒を飲む男だ。
「もう先週もらった酒は飲み干しちまったんだよ。やってられっか」
そう言ってプラカシュは空の酒瓶を振っている。すると、その様子を見たククラが前に出て言い始めた。
「おい。そりゃ消毒用にも使えた蒸留酒だろう? なんでそれを飲み切っちまったんだ」
「そりゃあそうだろうさ、タバコだってねぇんだ。飲まなきゃ飢え死にする前に気が狂っちまうよ」
そう言ってニヤニヤと笑うプラカシュに、今度はカマルがヤジを飛ばす。
「んじゃ、お前さんはこれから気が狂って死ぬってわけだな」
これを聞いたプラカシュは、怒るでも機嫌を悪くするでもなく、ゲラゲラと大笑いして見せた。
「ンハハハハハッ!! ちげぇねぇ!!」
「まったくだよ、古参のジジイ共はいつになったらくたばるんだ?」
俺も釣られてヤジを飛ばす。別に本当に死んでほしいだなんて思っちゃいない。これくらいがいつものやり取りなんだ。
「先にくたばるのはてめぇだよ、死んだらお前の分の飯はちゃんと食ってやるからな」
プラカシュはニコニコとご機嫌で言い返す。
こうして俺達の塹壕は笑いに包まれ、久しぶりの食事にもありつき、いつもよりいささか和やか雰囲気が漂った。
「あ、あの!!」
だがそんな平穏を脅かす奴がいた。
耳馴染みのない声が後ろから聞こえて振り返って見ると、そこにいたのは例の新兵二人だ。
「本日より着任しました、ナーバであります!」
「ユバナであります!」
二人は直立不動の姿勢で敬礼をしてみせる。こいつらは空気ってもんが読めねぇのか?
「何だよこいつら、例の補充か?」
まずはプラカシュがそう聞いた。彼は笑顔を崩して怪訝に新兵二人の顔を覗き込んでいる。
「まだガキじゃねぇか」
カマルも呆れたようにそう言った。
この二人のオヤジは、馴染みの面子だけの空間に水を差されて、あからさまに不機嫌そうである。
「何だいこりゃ? ままごとか何かか?」
マヘンドラも続けて愚痴をこぼした。彼は表情にこそ不機嫌さを表していなかったが、言葉に不満が現れている。
だが当の新兵君達は、俺達の歓迎が気に入らなかったらしい。
「敬礼も返さないなんて! わ、我々は誇り高き軍人ですよ! それがどうしてこうたるんでいるんですか?!」
ナーバの奴が空気も読まずに出しゃばってそう言ったんだ。横のユバナは、その様子を見て不安そうにしている。
「ああ? てめぇ何様のつもりだ? 将校でもねぇくせに何言ってやがる」
この発言にプラカシュは不機嫌になり、立ち上って新兵二人を凄みはじめる。思わずククラが止めに入った。
「まあよせよ、この子達はまだここに慣れてないんだ。大目に見てやってくれ」
だがククラの気遣いとは裏腹に、ナーバはさらに食って掛かってきた。
「こ……この食事だって! 本来僕たちの分もあるはずなのに、どうしてあなた達が食べているんですか?」
「ああん? てめぇぶっ殺されてぇのか?!」
プラカシュはさらに声を荒げた。これをみて、ククラだけでなくカマルやマヘンドラもプラカシュを諫めようと声を掛け始める。だがナーバそんなことお構いなしに、更に火に油を注いでいった。
「皆さんにナヤーム軍人としての誇りは無いのですか?! こんな風にたるんでいるから忌々しい獣人どもに勝てないんですよ!」
それを聞いてとうとうプラカシュは手を上げようと動きだした。だが、俺や他の奴らもこうなる事は何となく察しがついていたので、咄嗟にプラカシュを取り押さえる。
「よせ! それくらいにしとけ!」
「うるせぇ! 放せ!」
「お前また懲罰房に行きたいのか?!」
俺達がプラカシュを取り押さえる間に、新兵二人は目を真ん丸くして怯えていた。身動きが取れなくなったプラカシュも、暫くして落ち着いたようで「もう充分だ、放せ!」と悪態をついてから取り押さえる手を払い除けた。
ひとまず落ち着いただろう。ククラは頃合いを見計らって新兵達に声を掛ける。
「悪いな。大丈夫だ、安心しろ。あいつは気性が荒いが、悪い奴じゃないんだ。許してやってくれ」
ククラは随分この二人に優しい。こんなに愛想のいい対応は前の彼女なら考えられない。
ククラはさらに、プラカシュを叱りつけにかかった。
「プラカシュ! お前大人げないぞ! 相手は新参のガキだろう? ムキになってどうするんだよ!」
「……ああ……悪かったよガラタ……姫様に言われちゃあしゃあ仕方ねぇ」
プラカシュは牙を抜かれたみたいにしゅんとして、溜息をついてから座りこんだ。
「ほら、お前達。悪かったな、腹が減ってるんだろう? 私の分をやるから食べるといい」
ククラはそう言って自分の食い物を二人の新兵に与え始めた。
「い、いいんですか?!」「あ、ありがとうございます!」
思いもよらない対応に、新兵二人はパアッと表情が明るくなる。
ククラの奴、自分だって腹が減って死にそうだってのに、よく食いもんを差し出したもんだ。
ガキ二人は犬みたいにがっついて食事をかき込んでいるし。よほど腹が減っていたんだろう。あるいは、単に空腹に慣れていないんだ。
そしてこの様子を見て、マヘンドラがぼそりと呟いた。
「ローガ。お前が来たときは、頭を天井にぶつけてたよな?」
「え? ああ、そうだったな……」
確かにそうだ。俺もこいつらと同じように敬礼をしようとして、この天井に頭をぶつけたんだ。
あの時から天井の高さは俺が来た時から変わっちゃいない。俺の身長がやたらと高いわけでもない。要するにこいつらは背も伸び切っていないクソガキで、俺達のお国はこの低い天井にも届かないチビを送り込んだんだ。
俺はなんだかいたたまれない気持ちになった。俺だってこいつらと同じガキだった頃は、戦争なんてまるで頭に無いバカでしかなかった。彼らは自ら志願したとは言え、こんな場所で地獄を味わう理由なんかこれっぽっちもありゃしない。
他の奴らも、マヘンドラの発言を聞いて同じような心持になったようだった。プラカシュでさえ、意味深く舌打ちをして顔を逸らしている。
「俺の食い物も分けてやろう」
誰もが言葉を発しづらい空気になっていたのだが、そう言ってまずはマヘンドラが動いた。自分の食事を半分とって二人に寄越したのだ。新兵二人も、偉大なお宝を手に入れたみたいに喜んでる。
「仕方ないな……」
俺も渋々重い腰を上げた。干し肉はまだ量に余裕がある。泥だらけの銃剣で何切れか切り分けて新兵達に渡してやった。
「いいんですか?!」「ありがとうございます!」
二人とも目を輝かせていやがる。まるで父親にでもなった気分だ。
カマルとプラカシュは、もう食い物を食べきっていたので渡せるものが無かったが、もうこれだけ渡してやれば充分だろう。
それに、今はククラの奴が二人に語りかけて面倒を見てくれている。俺は満足して元居た場所に戻って行った。
すると、俺が戻るところを見計らったかのように、今度はカマルがこそこそと俺の方に近寄ってくる。
「なあなあローガさんよう、ガラタの奴、あいつ一体どうしちまったんだよ……? ちょっと前なら不愛想に睨みをきかせるだけで、あんなに世話を焼くなんてありえなかっただろう?」
カマルの疑問はもっともだ。あいつは人種が俺にバレたあの一件以来、あからさまに態度が変わっている。皆あまり表だって口にしていなかったが、誰の目にも明らかだった。
だが、俺もガラタの本名がククラで、実は獣人の身だったなどと悟られるわけにもいかない。適当に誤魔化すしかなかった。
「さあな、俺は何も知らないよ。いつも通りだろ?」
「いやいやでもよう、俺達にだって話しかけてくるようになったじゃないか? ありゃ絶対におかしい」
「そうか? 俺はよく知らないよ、どっか頭でも打ったんだろ?」
すると、俺とカマルの会話を聞きつけて今度はプラカシュが乗り込んできた。
「てめぇ、しらばっくれやがって。あの姫さんがおかしくなったのはお前と狩りに出掛けてからだ……! お前が何かしたんだろう?」
「いやだから何もしてないって! 俺は何も知らないよ!」
俺は少し焦って答えた。すると今度はマヘンドラが首を突っ込んでくる。
「お前さん達それくらいにしとけ。こいつをガラタとくっつけようとしてたじゃないか? それが上手くいったんだよ。女は恋をすると別人みたいに変わるもんさ」
「ほぉ……やっぱりそうなのか……?!」
カマルは小声で、それでも驚きを目一杯表しながらそう言った。
「お前本当なのか? で、どこまでヤッたんだよ……!」
プラカシュもそう言って肘で小突いてくる。
「いやそんなんじゃないって……! 別にあいつとはそういう関係じゃない……!」
参ったな、べつに恋仲になったわけではない。秘密がバレるよりはマシかも知れないが、これはこれで厄介だ。
「隠さなくたっていいだろう? 俺達だって何もしちゃいないんだ。何かあるとすればお前しか考えられないんだよ!」
カマルがそう言ってさらに問い詰めた。プラカシュも興味津々で詰め寄ってくる。
「いいじゃねぇか、別に恥ずかしい事じゃないだろう? 若い男女が恋に落ちるのはいい事だ。なあ、俺達の仲じゃねぇか? 話してくれよ?」
畜生、このオヤジ共……ニヤニヤと下品な顔しやがって。俺達にはもっと重要な問題があるんだよ!
「だから! ガラタと俺は恋仲でもなんでもないって言ってるだろ!」
俺は焦ってついつい声量を上げてしまった。咄嗟に目をやったククラの後ろ姿が、一瞬止まっている。そして彼女は俺達の方を振り返った。
「なんだ? 何か私に用か?」
ククラはキョトンとして俺達の顔を眺める。良かった、口ぶりからして「恋仲」云々との言葉は聞かれてないらしい。
「い、いやなんでもない! そいつら新兵に優しくしてやってて、いい奴だなって話してたんだ!」
俺はそう慌てて誤魔化した。
「いやいや、ローガの奴がな……」
しかしプラカシュが後先考えず本当の事を言おうと話始めてしまう。よせ、それ以上言ったら面倒だ。
俺はこの先の事を一瞬覚悟したが、幸いにも助け船が現れることとなる。
「お前達、遅くなったな」
声の主は分隊長のカプタナだ。どうやら会議か終わって掩壕に戻って来たらしい。
そして、カプタナの姿を見た新兵の二人は、さっそく直立不動の敬礼をして見せた。
「ナーバであります!」「ユバナであります!」
「あーお前達が例の新兵か、よろしくな。とりあえず、そういう堅苦しいのはやめろ。ここに将校はいない、気が滅入るから敬礼はするな」
「いえ、しかし……」
新兵二人は困惑しているようだったが、一方の俺は安心してため息をつけていた。ひとまずこれで話題がそれてくれるだろう。
「カプタナ、随分話し込んでたみたいじゃないか。何の会議だったんだ?」
マヘンドラがそう聞く。カプタナはククラから食事を受け取りつつ返事をした。
「前々から噂に上がっていただろう? 大規模作戦についての指示を受けて来たんだ。俺達で敵の防衛陣地を強襲することになる。そいつら新兵も今度の作戦に備えて寄越したものだ。上は今度の作戦にかなり力を入れているらしい」
これを聞いてプラカシュが鼻を鳴らした。
「へっ! バカバカしい。どうせいつも通りみんなで撃たれて帰ってくることになるんだろう? 時間と命の無駄だよ」
カマルも後に続く。
「あーあー、そういう話は何度目だよ。力を入れてるってんなら、今までは手を抜いてたって事なのか?」
さらにマヘンドラも発言した。
「俺達はいつだって全力だったはずなんだがなぁ。手を抜いたら死んじまうんだから」
三人の言いたいことはよく分かる。俺達はこれまで、大規模な作戦も含めて何度も戦闘を経験してきた。最初のうちは今度こそ、今回こそ、と意気込んではいたのだが、結局その全てが水泡に帰して、死体の山が増えるだけだった。今回だってそう変わりはしないだろう。それに、もし作戦が上手くいったところでこの戦争が終わるわけでも無い。ここでの戦闘が片付いたら、次の戦地に向かうだけの話だ。
カプタナは三人の意見を聞いたうえで、更に続ける。
「ああ、お前達の言い分はよく分かるぜ。俺だって上手く行くなんて考えちゃいないさ。俺達はいつも通り自分の仕事をこなしてりゃいいんだ」
その時である。カプタナが言い終えるのを見計らって、ナーバが急に大きな声で発言した。
「上層部より仰せつかった大事な作戦指示ですよ?! どうしてそんなにやる気が無いんですか?! 誇り高きナヤーム軍人の発言とは思えません!」
ナーバは怒気を交えた声色で、さも重大な事のように言っている。
彼の短い進言は、それだけで俺達を苛立たせるのに充分だった。俺達は皆、一瞬動きが固まりこのガキに向けて睨みをきかせる。
世間知らずのガキ二人に察しがついていたかは分からないが、明らかに掩壕の空気が張り詰めていた。
俺達は今日まで死に物狂いで戦ってきたんだ。それを新参者のヒヨっ子にやる気がないなどと言われてしまっては、憤りを感じるなと言う方が難しい。さっきはまだ許してやれていたけどな、生憎俺達の顔には三度も余裕がないんだ。
そして、そんな俺達の様子を察してか、カプタナが取り繕うように話を続ける。
「まあまあ、そう熱くなるな。その前に、とりあえず作戦の概要を聞けよ。今回は新型の武器もあるし、学者の考えた新戦術も導入されるんだ。今までよりかは幾分かマシな戦いになるさ」
「ほう? 新型の武器って?」
プラカシュは挑戦的にそう聞いた。
「まずは長射程の新型臼砲だ。今まで運用していた大砲だと、敵の防衛陣地を砲撃するので精いっぱいだったけどな、今度のやつは後ろのサングルラーマの街まで攻撃できる。今日から二週間は、この新型砲による準備砲撃で後ろの街を攻撃する予定らしい。今まで塹壕陣地への砲撃ではあまり成果が上げられてなかったが、防御の弱い街を攻撃できれば、敵の指揮所は補給施設を破壊できるし、疎開していない住民からの支援を断つこともできる。そうすりゃ手前の敵塹壕陣地の守りも弱くなるって寸法だ。それから、歩兵突撃の直前には、明け方にかけて五時間の集中的な準備砲撃を行う予定だそうだ。いつもより砲撃の時間は短いが、奇襲効果を高める為の判断らしい。それで粗方敵兵を釘付けにできたら、日の出とともに俺達の出番ってわけだ」
ほう。新型砲か、悪くない。俺はここまでの説明を聞いて、カプタナに一つ質問をすることにした。
「なるほどな、だがその砲撃だけじゃ心もとないぜ? 前線への攻撃が充分じゃないなら、戦力は大して削れないだろう?」
「ああそうだ。そこで重要になるのが新戦術だよ。今までは戦線全体で同時に突撃を仕掛ける総力戦だったが、今回は違う。早朝の突撃は一部の先行突撃隊が行うんだ。俺達はそれに選ばれた。今回の作戦では下士官の俺達に大きく裁量が与えられている。現場の判断で敵陣の防御が薄い個所を見極めて攻撃し、左右の敵勢力に構わず塹壕線を突破するんだ。そしてそのままサングルラーマの街まで侵入したら、街の中にある重要拠点の特定して破壊する。俺達各分隊にはそれぞれ伝書鳩が支給されるから、街で重要拠点を見つけたらハトを飛ばして砲兵に座標を伝えろ。そしたら砲兵隊が集中砲火で重要拠点を破壊してくれる。こうやって敵をはらわたから潰して回り、その混乱に乗じて本隊がいつも通りに突撃をする手筈だ。そうすりゃ街ごと一気に攻め落とせるって算段だよ」
なるほど、それなら確かに制圧の見込みがありそうだ。思ったより現実的な作戦じゃないか。
だが、ククラの奴はまだ懸念があるらしく、カプタナに質問をした。
「後方まで難なく進めればいいんだがな、この作戦はそもそも私達が前線を突破できるかがカギだろう? 防御の薄い場所を見つけるって言ったって限度がある。もし失敗すれば全てが水の泡になるよな?」
「ああ、その通りだ。だから上はこの突撃に備えて新型の銃器も用意している。それがこいつだ」
そう言ってカプタナは、背負っていた銃を皆の前に見せてくれた。
「なんだこれ、ライフルにしては随分短いな」
「缶詰みたいな弾倉もついてるぞ?」
「ああ、でも機関銃にしては小ぶりだし、こんなの撃ったら大暴れするよな?」
皆、黒光りする新型銃を見て不思議そうに首をかしげていた。
「こいつは短機関銃というものだ。近距離戦用に小型軽量化された機関銃で、弾は拳銃弾を使うから反動も少ない。今まで近距離戦には拳銃か散弾銃くらいしか選択肢が無かったからな。配備数も少なかったし格闘戦に持ち込むことの方が多かっただろう? だがこいつなら狭い塹壕でも連続射撃をお見舞いできるし、市街地戦でも使い勝手がいい。ライフルばかりのフタデサ軍と大きな戦力差をつけられるってわけだ」
それを聞いて俺達は目を輝かせた。
「こいつはすげぇや! 今度の戦いは楽勝だな!」
「なあ、こいつは何発弾が入るんだ?」
「一つの弾倉で三十二発装填できるぞ」
「まじかよ、一連射で三十二人殺せるのか!」
俺達は皆奪い合うように短機関銃を回していき、その姿を眺めた。なるほど、これなら敵を圧倒できる。砲撃で弱体化した塹壕なんてあっと言う間に突破できそうだ。
だが、そんな中でも冷静な奴が一人はいるもんである。ククラがさらににカプタナへ質問をしたのだ。
「こいつが凄い得物だってのは分かったよ。でもよ、無限に弾を持てるわけじゃないだろう? 行軍距離が長いから、装備を重くすることだってできない。深入りしすぎて孤立無援になる事だってあるんじゃないのか? どれだけ装備や作戦が充実していたって、やっぱりこの作戦は無謀だ」
言われてみれば確かにそうだ。この作戦では一度味方陣地から離れてしまえば補給を受けることができないし、全方位を敵に囲まれることになる。もし退路が断たれればあっと言う間に全滅だ。
この質問にはカプタナも少し困ったようだった。彼自身このことを懸念していたんだろう。ため息をついてから諦めるように回答を始めた。
「ああ、その通りだ。今回の作戦はなるべく軽装で臨む必要がある。大量の弾薬や食料は持ち込めない。それに、一度退路が断たれれば打つ手はなくなる。さっき、今回の作戦では現場に大きな裁量が与えられるって言ったろう? 街で食料を奪ったり、敵から武器を奪ったり、現場の判断と責任でどうにか生き延びるしかない」
これを聞いて、プラカシュが短機関銃を握る手をがっくりと落とした。
「何だよそれ……突っ込ませるだけ突っ込ませて、後は知らんってか? 笑わせるぜ」
俺も思わず愚痴をこぼす。
「まったくだよ、これじゃ使い捨てじゃないか」
次にマヘンドラも文句を言った。
「生きるも死ぬも俺達の勝手で、自己責任だとでも言いたいんだろう? ひでぇもんだな」
今度はカマルも言い出す。
「あーあー、もうやめだやめだ! やっぱりいつもみたいなバカげた話じゃないか。俺は降りるぜ」
その言葉にはプラカシュも同調した。
「俺もだ、ここで待ってるからお前達で行ってきてくれ」
こうして俺達は皆不満たらたらで愚痴をこぼしあった。ククラだけは愚痴をこぼしていなかったが、彼女も同じようなもんだろう。皆はっきりと命令拒否とまではいかないが、呆れ返っている。
とは言え、ここまでの流れはいつもの事だ。新しい作戦が伝えられて、期待はするが、裏切られる。そんで俺は嫌だと文句を言うものの、結局本気で拒否することなんてなく、作戦に参加して命からがら帰ってくるんだ。今までずっとそうだった。
でも、そんな経験をしていない新兵にはこんな事情知る由もない。ナーバが俺達古参が戦意喪失し、命令違反をしようとしているのだと思い、憤慨しだしたのだ。
「例え無謀だとしても! 僕は攻撃に参加しますよ! 怖気づいたのならここで待っていて下さい! 忠誠も、誇りも忘れた臆病者に用はありません!」
これを聞いて、俺達は思わずポカンとしてしまった。もう苛立つとか怒るとか通り越して、あきれ返ってしまったんだ。
そしてナーバの隣にいるユバナも、こりゃあ不味いぞ……とあわあわしてナーバの袖を引っ張っている。
そうやって俺達が呆然と言葉を失っていると、ナーバは更に続けた。
「まさか前線の士気がこんなに低いなんて思いませんでした! 私達は誇り高きナヤーム軍人ではないのですか?! 私達は祖国ナヤームにこの身を捧げたはずです! 祖国の為、身を削ってでも戦線を突破し、街を奪取しようという気概は無いのですか?!」
新参のガキの分際で、よくもまあ抜け抜けと言えたもんだ。だが、俺は今の言葉を聞いて何か腑に落ちたような気がしていた。
……なるほどな、こいつは勘違いしていただけなんだ。大丈夫。ここにいりゃあいずれ分かるさ。俺達が何のために戦っているのかがな……。
他の古参達も、このナーバに怒りを覚えることは無かった。いや、さっきは目くじらを立ててたけどな、そうじゃないんだ。俺達はこのルーキーに、俺達が何を胸に戦っているのか教えてやりたくなってきたんだ。
祖国だなんだとか、そんなくだらないもんじゃねぇ。俺達はそんなものの為に戦ってるんじゃないんだ。
だから俺は、それをこの可愛い新人に教えてやることにした。
「いいか新人、俺達はサングルマーラを落とす。必ずだ」
俺の発言を聞いて、他の奴らも不敵に笑みを浮かべた。俺は更に続ける。
「これは俺達の仕事だ。他の誰にも渡す気はねぇ。どれだけの犠牲を払ったって構いやしねぇ。……俺達が、あの街を落とす。お前は俺達が戦意を喪失してると思ってるらしいがな、そんなことは微塵もない。敵を蹂躙して、奴らの街を奪うの今か今かと楽しみにしてるんだ。……いいか? 帰還命令が出たって、俺はここに残るぜ? あの街は生き別れの思い人みたいなもんだ。俺達は街が落ちるか、自分が死ぬまでは戦い続ける。だから邪魔をしないでくれ……」
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