勝者の疑問(改稿予定)
ローガがククラと思しき狙撃手と対峙していた頃、ラジャータと村人達はまだ敵との攻防を繰り広げていた。
地道な射撃の末に敵の数は相当減らせていたが、こちらの損耗も大きい。加えて煙幕もそう長い間持続せず、視界が開けた野盗達はあと一歩というところまで迫っていた。
「ローガの奴はまだか! このままじゃやられるぞ!」
「ですが、狙撃は止んだみたいですよ!」
ラジャータの疑問に村人の一人がそう答えた。
「確かに、暫く攻撃がされていないな。あいつ、首尾よくやったのか」
ラジャータ達は狙撃のせいで無闇に頭を出すことができず、敵を押し返すのに充分な弾幕を張れないでいた。だが狙撃が止んだとあれば話は別である。
「狙撃が止んだならこっちのもんですよ! 反撃しましょうラクシャシー様!」
村人がそう投げかけたがラジャータはまだ渋った。
「もう少し耐えろ! 油断させる罠の可能性もある! ローガが戻るのを待て!」
だが幸いにもラジャータの用心は杞憂に終わる。再び村人の一人が報告した。
「見てくださいあれ!」
彼が指さした方を見ると、数名の敵が自分たちのいる寺院とは別の方角を見ている。それも狙撃手が居たはずの北側を向いて銃を放っているのだ。
「あいつが戻ったんだ!」
ラジャータがそう言った。敵が銃を撃っているということは、そこに味方がいるということで、その味方が狙撃手の射線にいるということは、即ち問題が排除されたということである。おかげでラジャータは狙撃の心配を払拭することができた。
「奴らを撃て! 撤退を援護するんだ!」
ラジャータは村人達に指示を出し、背を向ける敵兵を射撃しにかかった。
挟み撃ちになれば、敵は遮蔽物を使えず無防備になる。おかげで村人達は簡単に彼らを撃ちとることができた。
そして立ちふさがる野盗を射殺して退路が開けると、その奥から中腰で駆け寄るローガの姿が見て取れた。
「ローガだ! よくやったぞ! 早く中に入れ!」
ローガはどうにか銃弾をかいくぐり、土嚢の陣地内へと転がりこむ。
「よくやったローガ! 狙撃手はどうなった!」
ローガは息を切らしながらにそれに答える。
「すまないが逃がした……! だがもう狙撃はされない!」
「ありがとう! それで充分だ! ローガ! もう一押しだ、まだ戦えるか?!」
「ああ、任せろ」
ローガの返事はあまり覇気がなかった。ラジャータはそれを単に疲れのせいと読み取ったが、本当のところはククラと思しき狙撃手の事が気がかりで、上の空になっていたのだ。
それでもローガは戦士としての、番犬としての務めを放棄するわけではない。すぐに銃を構え、敵を迎撃すべく射撃を開始した。
「勝利は目前だ! お前達撃て!」
ラジャータはそう呼びかけ、自らも攻撃を再開する。村人達も皆一斉に射撃をはじめ、形勢は逆転し始めた。
野盗達は一人、また一人と倒されて行き、戦意をくじかれ次第に敗走をはじめる。
また、これ以上伏兵がいるとは考えづらいので、ラジャータはこれを好機と見て更に指示を放った。
「突撃!! 全員突撃だ! 奴らを地獄に追い返せ!!」
皆雄たけびを上げて塹壕を飛び出す。敵もいよいよ敗北を確信し、射撃をやめて敗走に専念し始めた。
村人達はその背中を打ち抜き、逃げ延びた者を殴りつけ、ククリ刀で切り裂いていく。殆どの敵が村を出て森に逃げ込み、逃げ遅れた者は両手を上げて降伏し始めた。
ここまでくれば本当に雌雄は決している。村人達、そしてローガとラジャータは戦いに勝利したのだ。
「勝った! 勝ったぞ!」
「ざまあみやがれってんだ!」
「俺達の勝利だ!」
村人達は各々に勝利の喜びを言葉にし、歓声を上げ始めた。さらに寺院からも非戦闘員が溢れだし、皆勝利の喜びに沸きだす。
「やりましたね! ローガ様! ラジャータさん!」
ルーウェンも二人の元に駆け寄り、笑顔で二人を激励した。
「ああ、私達の勝ちだ。ルーウェンもよく働いてくれたな」
ラジャータはそう答えてルーウェンの頭を撫でる。
「えへへ、私は大したことしてないですよ。戦ったラジャータさんとローガ様、それから村人みんなのおかげです!」
「いいや、ルーウェンのお蔭でもある。よくやってくれた」
「はい!」
ルーウェンは笑顔で元気よく返事をした。続けてローガにも語りかける。
「ローガ様。お疲れ様です! ローガ様すっごくかっこよかったですよ!」
ルーウェンはニコニコとローガの目を見たが、ローガはいまだ上の空だった。彼はルーウェンと顔を合わせることもせず、虚空を見つめたまま「そうだな」と答えた。
しかし、これはどうもおかしいとラジャータも察し、心配してローガに声をかける。
「おいローガ、どうしたんだ? 怪我でもしてるのか?」
「……いや、そうじゃない。なんでもないんだ」
ローガは大きな疑問を感じ、とても勝利を喜べる状態ではない。だがそんな彼の思いとは裏腹に、今度は保安官が話しかけてくる。
「やりましたなローガ殿! まさか本当に勝てるとは思っておりませんでしたよ! 流石はナヤームの将校殿ですな! 本当にありがとうございます!」
ローガは彼の方を見ると、抑揚のない口調で答える。
「ああ、そうだな。お前達もよくやってくれた」
「いえいえ、私共は大したお力になどなれていませんよ! ローガ殿とラクシャシー様。お二人のお蔭に他なりません!」
そうしてローガ達が話していると、暫くして村の真ん中に捕虜となった野盗達数人が連行されてきていた。
彼らは武器を奪ったうえで後ろ手に縛られ、ひとまとめに集められている。
そしてその捕虜達は、気が付けばあっと言う間に大勢の村人達に取り囲まれてしまった。
「この野蛮人め!」
「殺してやる!」
「よくも俺達を苦しめてくれたな!」
「償いをさせてやる!」
村人達は口々に捕虜を罵った。勝利の高揚は、そのまま怒りと復讐心へと転換され始めていたのだ。
しかしそれ自体不思議な事ではない。皆家族を殺され、野盗達のせいで餓えの苦しみを味わわされていたのだから当然であった。
だがローガにはひとつ目に付くものがあった。
身長も縮み、九十度に腰の曲がった老婆が、身の丈に合わない大斧を一生懸命に引きずって、捕虜を取り囲む群衆の元へと向かっているのだ。
ローガの頭に良くない予想がよぎる。
そしてその予想を裏付けるかのように、今度は群衆の中から一発の銃声が鳴り響いた。
ローガはそれを聞いて確信し、慌てて彼らの元に向かった。
「どけ! 通せ! 通せ!」
群がる村人達をかき分けて中央にたどり着くと、既に捕虜の一人が射殺されており、散々殴られた上にククリ刀で切り裂かれて死んだ者も何人かいた。さらに生き残った者達も、あざを作って血を流し、女は裸に剝かれかけている。
どうやら、村人達の復讐心は一線を超えて捕虜たちに降り注いだようだった。
「お前達やめろ! 殺すな! 離れるんだ!」
ローガは適当に目に付いた村人の銃やククリ刀を奪い取って突き飛ばし、捕虜から距離をとらせる。状況を察したラジャータも同じく止めに入り、どうにか残りの捕虜は殺されずに済んだ。
だが村人達の気が静まる訳ではない。感情を抑えきれない彼らは、代わりにローガとラジャータに当たることになった。
「どうしてだ!」
「そいつらは俺の息子を殺したんだ!」
「畜生どもを殺して何が悪い!」
「こいつらは悪鬼だぞ!」
群衆は皆、そのように不満たらたらで二人に文句を言いだしたのである。
「とにかくダメだ! 今は抑えろ! こいつらの処遇は後で決める! 裁きは罪に見合わなければならないんだ! 分かるか?! とにかく殺すな!」
村を救った英雄様の言うこととあらば従わざるを得ない。村人達の手は止まったが、納得したわけでもなかった。
そしてローガとラジャータの元に保安官も加わり、彼も村人達を諫めに加わってくれた。
「皆落ち着け! ローガ殿の言う通りだ! まだ負傷者の手当てや死者の弔いも済んでないじゃないか! 散らかった村も片付けなきゃならん! こいつらの事はまだ後でどうとでもなるんだ! 時が来たら殺すなり拷問するなり好きにすればいいだろう? とにかくいまは他にやることがあるんだ!」
これを聞いて、確かにまだ仕事は山ほどあるのだと再確認し、村人達は渋々と諦めてくれた。
決して彼らの怒りが収まったわけでは無かったものの、少なくともその怒りの矛先を逸らすことはできていた。
こうして残りの捕虜は保安官の事務所で牢に入れられ、その処遇は後々決められることが決まる。村人達は各々怪我人の手当てや死体の運び出し、勝利の宴の準備などに精を出しはじめ、先ほどの人だかりはすぐに捌けていった。
看護の知識があるラジャータとルーウェンも、共に怪我人の手当てに向かい、ローガは保安官と共に事務所で今後の方針について話し合うことになった。
保安官事務所では、以前と同様テーブルに地図を広げてローガと保安官の二人が話している。
「ローガ殿! いやーお見事でしたぞ! 貴方のおかげで村が救われたのですから、感謝してもし切れません!」
「……俺は大したことはしていない。それよりも今後の事だ。組合の討伐隊が来るまであと三日あるだろう? それまでに奴らが反撃をしてくるとも限らん。対抗策を練っておくべきだ」
「ええ、確かに。まだまだ油断はできませんな……ですが我々ももう二度目の襲撃を耐える余力はありませんからねぇ……」
「それは向こうも同じだろう。今日の事でかなりの仲間を失ったはずだ、奴らもすぐには手が出せない。だが村の外での小競り合いならあるかもしれないな。まだ油断はできないぞ」
「そうですね……では、どうしましょう? 何か策はおありなのですか?」
「そうだな、ひとまず討伐隊の到着まで我々もここに駐留しよう。設置した逆茂木も暫くはそのまま置いておけ、銃も手入れをしてひとまとめにしておくんだ。いつでも戦えるような態勢を整えておけ」
「分かりました……お二人がまだ村にいて下さるなら安心ですね。そのように手配させていただきます」
「ああ、頼むぞ。それから、あの捕虜達についてだ。結局この後はどうするつもりなんだ?」
「うーむ……。どうにも反抗的でしてねぇ、こっちの言うことを聞く気はまるっきり無いといった具合なんですよ。あれじゃあ奴隷にしてもろくに使い物にならないでしょう。生かしておいたんじゃ村人達の気も収まりませんから、さっさと処刑しちまうのが無難でしょうな」
「……そうかも知れないな」
みすみす彼らを殺してしまうというのは、ローガにとってあまり喜ばしい事ではない。だが状況からして致し方ないのだと諦めるしかなかった。
生かしておけば食い扶持が増えるし、そのくせ反抗的で労働力になりえない。かといって解放すればまた襲いに来る可能性がある。となれば殺すしかないのだ。
「それに、組合に頭の皮を渡せば賞金が手に入ります」
「なんだそりゃ? あんたらは人間狩りをしてるのか?」
「人間狩りだなんて人聞きが悪いですなぁ……。悪党に賞金が掛かるのは当然でしょう?」
「そりゃそうだが……」
「悪党を倒した証拠が無いといけないから、頭の皮を剥がして提出するって仕組み作ったんですよ。それだけの話です」
保安官は、後ろめたいことなど何もないとでもいう素振りでそう説明した。
ローガは、果たして本当に悪党を成敗するというだけのことなのか、疑問を感じずにはいられない。そこでローガは保安官に向けて一つ提案をすることにした。
「まあ、あいつらは処刑するしかないんだろうが、すまないが一つ頼みがあるんだ」
「と、いいますと?」
保安官は少し神妙な面持ちになる。
「村を助けた報酬代わりと思って、あの中で一人俺の奴隷として譲ってほしい」
「なんだそんなことですか! もちろん構いませんよ! あの狂犬共を手懐けられるとは思いませんが、ローガ殿がそうおっしゃるならどうぞ引き取ってください!」
思いの外保安官は快諾し、ローガが捕虜を一人引き取ることがあっさりと決まった。そして二人はすぐに捕虜達のいる牢へと向かうことになる。
二人の向かった牢の中には、身ぐるみはがされ、ぼろ切れ一枚になった捕虜達が数名いた。打撲痕や切り傷が残っている者もいるが、ろくに手当などされてはいない。また、彼らの中には女もいた。戦闘中もそうであったが、先住民達の襲撃部隊は女性比率が高いのだ。
「さて、どいつがお好みですかい旦那?」
「もう目星はつけてある」
そう言ってローガは一人の捕虜を指さした。
「ははぁ~。ローガ殿はああいうのが趣味でしたか」
保安官はにやにやとそう言ってのけた。
「べつにそんなんじゃない」
ローガが指さしたのは、背が低くルーウェンより少し年上に見える程度の少女だった。彼女は金髪の長い髪を垂らし、威嚇するように緑の瞳でローガを睨みつけた。
「でも、ローガ殿が今連れている奴隷も、同じくらいの年頃じゃないですか。てっきりそういう生娘が好みなのかと思いましたよ」
保安官はそう言いながら牢の鍵を開ける。二人は揃って牢の中に入っていった。
「いいさ、どうとでも思ってくれ。あの娘には利用価値があると判断しただけだ」
「ローガ殿にとっては利用価値があるのでしょうねぇ。反抗的でしょうが、むしろそういうのがお好きなんですかな?」
その問いにローガは何も答えなかった。
「おい! お前だ! 外へ出ろ!」
保安官は件の少女を呼びつけた。だが彼女が従う素振りは無い。すると保安官はずかずかと彼女の前まで行き、強引に彼女の手を掴んで連れ出していった。
「いいから来い! お前はこのお方に買われたんだ!」
抵抗する少女を強引に引っ張っていき、保安官は少女をローガの前に突き出した。彼女は歯を食いしばりながらローガを睨みつけ、精いっぱい威嚇して見せる。
「お前、名前は何という?」
ローガは怯むことなく質問した。
「お前に答える名などない! 外道め!」
少女はローガの顔を見上げ、睨みながらその顔に唾を飛ばした。
ローガはその唾を払いのけて、落ち着いて続ける。
「俺はローガだ。ローガ・イトー・サダラナ・ヴァーパリ。よろしく頼むぜお嬢ちゃん」
「殺すならさっさと殺せ! 私をどうするつもりだ! 子供だから情けでもかけたつもりか?!」
「情けか、そういうわけじゃないが。お前をどうするかはこれから考える」
「いいさ……。私の体一つで気が済むなら好きにすればいい」
少女は何か覚悟を決めたように顔を逸らした。
「いや、そういうんじゃないんだがなぁ……まあいい。とりあえずついてこい」
そうしてローガはこの少女を引き取って宿に戻ることにした。
道中での態度は常に反抗的であったが、どうせ暴れても無駄だと分かっているようで、おおむね大人しい。
そして暫くして宿に到着し、ローガは彼女を中に通した。
まだラジャータとルーウェンは戻って来ていない。この少女とローガの二人きりである。
「ほら、とりあえずそこへ座れ」
ローガは悔し気な表情をする少女に対し、テーブルと椅子を指さした。
少女は黙って着席し、ローガも向かい合うように椅子に座る。
「くっ……回りくどいことはやめろ……! やるならさっさとやってくれ……!」
少女は今にも泣きだしそうになりながら俯いている。ローガは一つ溜息をついた。
「いや、だからな。そういうつもりじゃ無いって言ってるだろ? いいか、今から俺の事情を全部説明してやる。とりあえず話を聞いてくれ」
「そうやって洗いざらい話して手懐けてから、私を滅茶苦茶にするんだろう……?」
この無駄なところで夢見がちな少女にローガは呆れ、もう一つ溜息をつく。そして彼女の問いを無視して自分の事情を話すことにした。
「こほん……。あー、そもそもだな。俺がお前達捕虜の中から一人引き取ろうと考えたのは、今回の一件に少し引っかかるところがあったからだ。俺はお前達先住民と敗残兵達がこの村を脅かす悪党だと聞いて戦っていたが……」
ローガが話す途中、少女が早速被せてくる。
「違う! 悪党はお前達だ! 先に手を出したのはお前達で、この森に先に住んでいたのも私達だ! おまけに私を辱めようなどと……」
「あーもう、そう焦るなよ。お前の話も後で聞いてやる。俺は確かにあんたらの事を悪党だと思っていたがな、俺はお前達の事を何も知らないし、何も分かってない。だから少し、敵であるお前達の事を知りたいと思ったんだよ」
「それでどうして私を選んだ? やっぱりいやらしい事をする気なのか?!」
「だから違うって、単純な話だ。今は身ぐるみはがされてぼろ切れ一枚になってるけどな、お前捕まったばかりの時は宝飾品を色々と身に着けていたろう? だからそれなりに位の高い人間だろうと思ったんだ。そういうやつなら色々事情を知っているだろうし、交渉材料にもなる。それに、お前みたいな小娘をわざわざ戦場に駆り出すなんてどうかしてるだろう? 何か並々ならぬ事情があるんじゃないかと思ってな。だからこうして引き取ったんだ」
これを聞いて少女は頬を膨らます。
「小娘とは余計なお世話だ! 私はこれでも族長の娘だぞ! 礼儀をわきまえろ!」
だがローガは彼女の啖呵を鼻で笑った。
「ほれ見ろ、やっぱりお前には利用価値がありそうだ。族長の娘だなんて実に都合がいい。おつむが弱そうなのも好都合だな、無闇にそういうことは言わない方がいいぞ?」
少女はハッとして歯ぎしりする。続けて苦し紛れに悪態をついてみせた。
「お前なんか、トラに食われて死んじまえばいいんだ!」
「はいはい、そうだな。ともかく、俺はあんたら先住民と敗残兵達の事情を探りたい。それに、個人的な事情もあるんだ」
「個人的な事情だと?」
「ああ、これもお前を引き取った理由の一つだ。この話を聞くには男より女の方が都合がいいと思ってな……」
「で、ではやはり……」
少女は再び要らぬ疑いをかけた。ローガはもう受け答えに付き合ってやるのも億劫になり、彼女の言葉を遮る。
「あーもう少し黙れ。お前ククラという名に聞き覚えはないか?」
その名前を聞いて、少女は不思議そうな顔をした。しかしすぐに動揺した表情になる。
「ククラ? ククラだと? ククラ姉さんがどうしたと言うんだ?!」
彼女の反応をみて、ローガも慌てて問いただす。
「やはり知っているのか? 灰色の髪で、狼の獣人の女だ、心当たりがあるんだな?」
「あ、ああ知っている。私達が匿っている敗残兵の一人だ。姉さんは強くて美しい、誇り高いお方だぞ! お前、姉さんをどうする気だ!」
「強くて美しいお姉さんねぇ、随分仲がいいらしい。やはりお前を引き取ったのは正解だったな」
「余計なお世話だ! 私はククラ姉さんをどうする気かと聞いているんだ!」
「どうする気って言われてもなぁ。一体どうしたものか……俺にも分からない」
「分からないとはどういうことだ?! なぜククラ姉さんの名前を聞いた?! あの人とどういう関係だ!」
「そりゃこっちが聞きたいよ、ククラはな、俺のかつての戦友だ。なぜあいつがお前達と一緒にいる? どうしてあいつがお前達の味方になったんだ」
「あの人は他の兵士達と同じように、戦争から落ち延びて森に隠れていたところを私達が助けたんだ。それで今はお互いに助け合って暮らしている。ククラ姉さんも、私達一族の一員だ」
「そうか……じゃあ……あいつは無事に生き延びたんだな……」
ローガは気の立った少女とは裏腹に、安堵を感じて遠い目をした。そしてさらに続ける。
「な、なあ……じゃあマヘンドラって奴はいるか? あいつもククラと一緒に行動してたはずなんだ。お前達のところにいるのか?」
「ああ、その人も私達と一緒にいる。ただ……」
「本当か?! あいつも生きているんだな?!」
少女は何か言いかけていたが、ローガは生存の報せに思わずそれを遮ってしまった。
「……ああ、生きてはいる」
「良かった……二人とも生き延びられたんだな……」
ローガは深く椅子に腰かけ、目頭を押さえ始めた。
「良かった……ありがとう……あいつらを助けてやってくれてありがとう」
「あ、ああ、感謝は受け取っておくが……」
少女は困惑した。さっきまで敵として憎み、攻撃的な態度をとっていた相手が、涙を流し、感謝までしているのだからどう返したものか分からない。
そうして彼女が困惑していると、タイミングよく宿のドアが開く音がした。
どうやらラジャータとルーウェンが戻ったようである。
「ローガ、いるのか? ひと段落ついたから戻ったぞ」
先に入ってきたラジャータの声に反応するように、先住民の娘はガタッと椅子から立ち上った。
「ああ、ラジャータか。ルーウェンも、お帰り」
「はい! ただいま戻りましたローガ様。えっと、そちらの方は?」
後から入ってきたルーウェンは、不思議そうに娘の顔を見る。彼女は警戒して二人に睨むような視線を向けていた。
「あー、こいつはさっきまで戦ってた野蛮人の娘だよ。処刑されるくらいならと思ってな、奴隷として引き取ったんだ」
「お名前は何と言うんですか?」
「知らん。言おうとしないんだ」
「お前……ルーウェンといいこういう娘が好みなんだな……」
ラジャータがそう言い放つ。彼女の目線は、蔑みと哀れみのそれであった。
ローガは慌てて弁明する。
「あーもう畜生! どうしてどいつもこいつもそう勝手に決めつけるんだ! この娘を選んだのにはちゃんと訳があるんだよ!」
「いや、誤魔化さなくていい、女の趣味は人それぞれだからな。私がとやかく言うことじゃないさ」
ラジャータは淡々とそう言ったが、ローガはどこか距離を感じる気がした。
「な、なあ、ルーウェン……お前は分かってくれるよな……?」
「ローガ様……やっぱりそういうお方なんですね……だからあの時も……」
「あの時?」
ラジャータが首を傾げた。彼女はローガがルーウェンを襲いかけた一件を知らない。ローガは慌ててラジャータに弁明を試みる。
「あ、いや! あの時っていうのはな! あれは、その場の流れであって、本意ではなくてだな! とにかく違うんだよ!」
「違っても何かはあったのか」
「いや、あったけど……そうじゃなくて!」
「……ローガ様……最低です……」
ルーウェンの目からハイライトが消えた。
ああ……そんな……ルーウェンにまで、そんな目線を向けられるだなんて……。
ローガは何となくここ最近で一番のショックを受けたような気がした。さらに、頬を赤らめ問題の少女までもが畳みかける。
「や、やはり私にそういうことをする気だったのか……。覚悟はできている。私を好きなように辱めるがいい……」
「あーもうだから違うといってるだろう! とりあえず二人も席についてくれ! 説明するから!」
という訳で、相変わらず蔑みと哀れみの表情を湛えたラジャータとルーウェンと、警戒して立ち上がった先住民の少女を席につかせ、ローガは話の続きをすることにした。
「今朝の戦闘で狙撃手がいたろう? 俺はそいつを殺し損ねた。なんでかって言えば、正直俺はそいつに負けていたんだ。危うく殺されるところだった。だがな、奴は俺を殺さずに立ち去ったんだ。なぜならそいつが、俺の昔の戦友だったからだ」
先住民の少女も併せて補足を入れる。
「ククラという獣人の女戦士だ。他にマヘンドラというこの男の仲間も私達のところにいる」
「どうやらそうらしい。俺は戦闘中旧友の姿を見て、もしかしたらと思ってな。捕虜を一人引き取って事情を聞くことにしたんだ」
ラジャータは話を聞いて、深く息を吐きだす。
「だから言わんこっちゃない。とは言わないでおくぞ」
「俺だって……まさかこんな事になるとは思っていなかったんだ」
「そうだろうな、でなきゃこの村に味方してはいない。まあもう少し好きなようにしてみればいいさ」
ローガはすぐに返事ができず黙った。すると今度はルーウェンが興味深々で話を切り出す。
「あの、ククラさん。って方はどういうお方なんですか?」
すると、すかさず先住民の少女も話に乗ってきた。
「それについては私も気になる。ククラ姉さんの昔の事はあまり知らないんだ。あの人とはどういう関係だったんだ?」
ローガは虚空を見つめ、少し考えてから答えた。
「あいつはな、いつもつんけんしてたけど、いい奴だったよ。それに強いし、頭もよかった」
「つんけんしていたのか? 私にはすごく優しくしてくれて、不満や愚痴を言う人ではなかったのだが」
「ああ、そういう奴さ。新兵が来た時もそうだった」
「新兵? 戦地での話か?」
「ああそうだ」
「ローガ様あんまり昔の事教えてくれないので、すごく興味があります!」
「私もだ。良ければ色々と教えてくれないか? ククラ姉さんの事をもっと私も知りたいんだ」
「あの、でも。戦争のこと言いだし辛くなければでいいですからね」
ローガはまた少し考えた。そして彼は諦めたように椅子に座り直し、おもむろに語り始めた。
「……まあ、いいだろう。あまり気が進まないが、たまには昔話をするのも悪くないな。ククラとマヘンドラってのは、俺が戦場に出ていた頃に同じ部隊にいた奴らなんだ。特にククラは獣人の奴隷という身分を隠していてな、ヒト族に扮していた。ある時俺がその秘密を知ってしまって、暫くは二人だけの秘密にしていたんだ。だがいつまでも隠し通せるわけも無くてな、ある時補充要員が来るって話が来たんだ……」
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