しっぺ返し戦略

 ローガは土嚢を積み上げた簡素なトーチカへと入り、小さな土嚢の隙間からライフルを突き出して中間地帯の様子を監視し始めた。

 ここなら天井があって雨風がしのげるし、狙撃手に狙われでもしない限り殺されることも無い。後は交代の時間まで待つだけの楽な仕事である。


 ローガはひとまず、左右へ広がる中間地帯の全体を見渡すことにした。

 銃を構えながら、端から順に眺める景色はどこも変わり映えせず、いつも通りの日常の景色が広がっている。

 このところは砲撃も滅多にないので、あまり地形も変わらない。いつも通り、月面のように抉られた大地に無数の水溜まりができており、吹き飛ばされた有刺鉄線が踊り狂い、死体や肉片がそこらじゅうに転がっているだけだ。


 さっきの死体も途中で見かけることができた。彼は捨てられた雑巾みたいに、身体を半分泥に埋めて転がっている。

 ローガは念のため中間地帯の先の敵陣に目を凝らしたが、特に動きはないようだ。何かよくない兆候は見られない。


 だが問題が一つある。

 そう、昨日からローガ達を悩ませてきた死に損ないの彼だ。

 こうして監視をしている間にも、やはり彼は助けを求めて叫び続けている。


「助けて!」

「お願いだ! 死にたくない!」

「もう手足の間隔がないんだ!」

「うちに帰りたい!」

「誰か!」


 そんな声がずうっと聞こえて来ている。どこか泥の壁の陰に隠れて姿は見えないが、それでも苦痛に耐えながら必死に生にすがりつく、哀れな人間の姿がはっきりと見えるような気さえした。


 ともかく、この状況を放置しておくのは良心の呵責やら、思い出したくない死への恐怖やら何やら、それ以前に騒音だとか、何かと精神衛生に良くない。

 ローガはもう数発威嚇射撃をしてから「いい加減黙って死ね!」と怒鳴りつけてやりたいくらいだったが、流石にそんな心無い行いをする気にもれないので、昨夜からそうであるように黙って耐えるしかやりようは無さそうである。


 そうして暫くは、その声に悶々とさせられながら監視を続けていたのだが、ある時敵陣に動きがあった。

 ローガの正面、対角線上にある塹壕線から、突然白い布が振られたのだ。

 凸凹の地面の陰に半分隠れながら、ちらちらと揺らめく白旗を見て、ローガは咄嗟に銃を握りしめてその布を照準に収めた。


 だがローガはどうすべきか戸惑った。その為撃つことはせずそのまま睨みをきかせていたのだが、他の味方がすぐに発砲して銃声が鳴り響いた。

 そしてその直後には、放たれた銃弾が泥をはね上げる様子がローガの目に映る。

 しかしその銃撃はわざと的を外しているようであった。白旗の振られる位置からだいぶ手前の地面を撃ち抜いていて、相手の男も一旦は驚いて旗を引っ込めたものの、暫くして恐る恐る旗がまた塹壕線の上に振られ始めたのだ。


 その後は誰も発砲しなかった。どうやら撃たれないらしいと分かったようで、敵兵は今度、ヘルメットを片手に持って高く掲げ、もう一方の腕も頭上に上げて万歳の姿勢を取り始める。

 ローガからは、その手とヘルメットだげが塹壕から飛び出しているのが見えた。

 ローガは相手に敵意が無いのかもしれないと思い、その手を撃ち抜くことを渋った。


 きっと他の誰かがあのバカに手痛い仕打ちをお見舞いするだろう。だから俺は撃たなくてもいいのだ。

 

 と、そう思っていたのだが、その考えは他の味方の歩哨たちも同じだった。ローガの期待に反して、結局またしても誰も発砲しようとしない。

 

 そもそもこの状況は、暫く大規模な戦闘が無く、何となく暗黙の了解として持ちつ持たれつな雰囲気ができていたのも原因だった。

 先ほどの死体のようにあからさまに塹壕に飛び出すとかでなければ、あえて敵を見逃すことで、いざ自分が同じ立場になった時に生きながらえることができるのだ。

 どうせお互い戦ったところでいいことは無いのだから、見逃して生き延びようという考えが戦線全体に浸透していたのだ。


 そうして結局だれも発砲をしないまま、敵兵はとうとうその頭部を射線上に晒し始めた。両腕を上げたまま器用に塹壕の梯子を登り、無防備な頭部を剥き出しにしたまま、中間地帯に這い上がろうとしている。


 これには流石のローガも焦った。もしこれが敵の攻撃や罠であれば一大事だ。それに無防備なその男は、ローガのその丁度目の前で愚行に及んでいる。何かあれば自分のせいで全軍を危険に晒すことになってしまうのである。


 だが、それでもローガは撃てなかった。あの男が恐ろしい策略を巡らせているのではないとすれば、きっとあの死に損ないを助けようとしているのかもしれない。そう考えると、自分にも利益のある人道的な行いを止める気にはなかったのだ。


 他の味方の歩哨たちも同じよう気持ちだった。目の前のトーチカにいるあいつが撃たないのだから、俺達は知らない。ちょっとでも怪しい動きをしたなら、その時撃てばいい。皆そう思って射撃をしなかった。


 結局塹壕に這い出した男は、武器も持たずに両手を高く上げ、ゆっくりとこちら側へ歩き始めた。

 敵方も流石に状況がおかしいと気づいたようで、何やら騒がしく声が聞こえている。恐らくはわざわざ死地に身を晒すバカ者を止めようとしているのだろう。だが何と言っているのかまではローガにはよく分からない。

 愚かな、または勇気あるその男は、味方の声にも応じることもなく、慎重に確かめるように歩みを進め、やはりローガの思った通り死に損ないの男の元へ向かっていく。

 そうして暫く歩き、彼が死に損ないの前まで到達すると、一旦泥の壁の陰に隠れて姿が見えなくなってしまった。


 ローガは少しほっとした一方、余計に不安にもなった。敵の姿が見えない以上、引き金を引かない当たり前の理由付けになる。だが見えないところで何か悪だくみをしている可能性だってある。まだ片時も油断はできない状況だった。

 ローガは暫く固唾をのんで男の消えた辺りに睨みをきかせて続ける。


 そして数分経ったところで、再び先ほどの男の手が上がるのが見えた。しかし、ここまで来てしまっては今更撃つのもおかしい気がして、やはり誰も彼を撃とうとはしない。

 男はこちらに背を向けると、自分の陣地側に少し歩いてから、自陣に手を振って何か呼びかけ始めた。

 何を言っているのかははっきりと分からなかったが、どうやら人手を必要としているらしい。男の呼び声に応える為に、更に二人の兵士が手を挙げながら塹壕を這い出した。二人とも敵意の無いことを示すためか、あえてヘルメットを外している。


 三人の敵兵たちは互いに何か言葉を交わしながら、速足で死に損ないの元へと集まった。そうしてまた姿が見えなくなったと思うと、彼らはすぐに再び姿を現し、三人がかりで負傷者を担いで元いた塹壕へと戻って行ったのだ。


 やはり彼らはあの死に損ないを助けたかっただけらしい。彼らが自分の塹壕へと辿り着き、無事その姿が見えなくなるのを確認すると、ローガはほっとして大きく溜息をついた。銃を握る手も緩み、ひとまずこの珍事も終わったのだと安心したのだ。


 だが、この珍事はそれで終わりでは無かった。さっきの男がまた塹壕の上に手を掲げたのだ。今度はその手に干し肉の塊と乳の入った瓶が握られている。

 ローガは再び銃を構えなおしてその腕を狙った。だがやはり誰もあの男を撃とうとはしない。

 件の男は食料を高く掲げたまま再び塹壕を這い上がり、先程男を助けた場所まで歩くと、ローガ達ナヤーム側に見えるよう泥の起伏の上に食料を置いてから、元来た塹壕へと帰っていく。

 中間地帯のど真ん中には、大きな干し肉の塊と新鮮な山羊の乳だけが残された。


 この頃には、ローガのいる塹壕でも珍事を察知した兵士たちがぞろぞろと掩壕から這い出し始めており、にわかに騒がしくなってきている。ローガの隊の者達も同様で、騒ぎを聞きつけてぞろぞろとローガの元へやってきていた。


「一体なんの騒ぎだ?」


 先頭のカプタナがローガに問いかけた。


「あ、ああ。奴らが中間地帯に這い出してきて、あのうるさい奴を連れ帰ったんだ。それで、その後また中間地帯に上がってきて、あの干し肉とミルクを置いていったんだ」


 ローガは件の食料を指さし、カプタナ始め部隊の面々はぞろぞろとトーチカの隙間からその食料を覗き見始めた。


「確かに食いもんだ……。だが罠かも知れんよな」


 まずはカマルがそう言う。


「だけどよ、ミルクだぜ。あんなもん滅多に飲めねぇぞ」


 次にプラカシュがそう発言した。


「もしかしたら日の経った品かもしれんぞ、この環境じゃすぐに腐るから余りものを寄越したのかもしれん」


 今度はマヘンドラもそう言う。


「ひとまず勝手な行動をすべきじゃない。何が起きても俺達には責任がとれんぞ」


 カプタナも続けてそう釘を差しておいた。


「いや、何か起きたらどうせお陀仏だ。責任もクソもありゃしねぇよ」


 だがプラカシュはニヤッと笑ってそう言い返す。

 そうして暫く問答を繰り広げていた部隊のメンバーだったが、ずっと黙っていたローガが独りでに動き出した。


「おい、どうしたんだ?」


 カプタナの問いかけも聞かずに、ローガはトーチカの外に出て、おもむろにヘルメットを脱ぎ始める。


「バカ野郎わざわざお前さんが行くこたない」


 マヘンドラも慌ててローガを止めようとしたが、ローガは答えない。小銃をそばに立てかけると、おもむろにヘルメットを持つ手を天高く掲げ始めた。

 ローガには確信があったのだ。自分の眼で先ほどのやり取りを見ていたせいかは本人にもよく分からなかったが、とにかくこれは罠などではない、と直観で理解できていたのだ。それどころか、きっと礼として食料を渡す以上の何かが、そこにあるような気すらしていた。

 そしてローガの確信を裏付けるかのように、彼の掲げたヘルメットが撃ち抜かれることも無かった。


 周りの仲間たちは尚も、ローガを止めようと声を掛けていた。だがそれでも、ローガの身体を掴んで強引に引き留めようとする者もいなかった。彼らもまた、心のどこかで無意識に期待していたのかもしれない。

 ローガはヘルメットを持つ手を挙げたまま、塹壕にかけられた梯子を上り、ゆっくりと敵の射線上へとその身を晒していく。


 いつ蜂の巣にされてもおかしくはない状況だ。敵が本当に殺す気が無かったとしても、すくなくともローガに向けて無数の銃口が向けられていることは間違いない。

 息の詰まるような緊張を感じたローガだったが、とうとう全身が中間地帯に上がってからも、彼の身体に風穴が空くことはなかった。


 ローガの目には、いつもと違う視点の高さから見慣れた中間地帯の景色が見て取れる。目の前にありながら、決して立つことの許されないこの場所に立っていることは、どうにも不思議な感覚がした。

 ここからは敵の塹壕線の様子も伺える。左右に向かってギザギザと波打つ溝の中では、いったいこの状況をどうしたものかと動揺する敵兵たちの様子がいくつも見られた。


 ローガは「馬鹿野郎!」「戻ってこい!」と声を掛ける仲間たちを尻目に、恐る恐る歩みを進めた。

 中間地帯はどこもかしこもよく耕されていて、塹壕内以上に泥濘がひどい。おまけに有刺鉄線と死体の山がそこら中にあるので、それらを器用に避けながら先へ進まなければならなかった。


 右へ左へ障害物を迂回しながら進む道のりは、遠回りになればなるほど敵に身を晒す時間が長くなる。加えて、よろめいたり派手に動いたりでもしたら、攻撃か何かだと勘違いされるのではないかと気が気ではなかった。


 それでもどうにか歩みを進め、ようやく目的の食料が置かれた場所まで辿り着いたローガは、軽く辺りを見渡してからその食料を手に取った。

 これは確かに干し肉とミルクだ。拾ったら爆発するブービートラップではないし、臭いを嗅いでも腐っている気配はしない。

 だが、ローガが手元の食料から地平線に視線を戻そうとした時、ふと違和感を感じた。

 ローガはある一つの死体が目に留まったのだ。


 その死体はローガと同じ軍服を着ていて、なぜか見つめられたような、他の死体と何かが決定的に違うような、そんな気がしたのだ。

 そしてその死体をよくよく見てみると、彼の感じた違和感は確信へと変わる。周りに転がる死体と同じだと思ったそれは、確かに胸部を規則的に膨らませ、自らの意思でその目をこちらに向けている。つまるところ、死体だと思ったそれは、まだ息のある生存者だったのだ。


 ローガは慌てて彼のそばへと駆け寄り、膝をついて肩を叩いた。


「おい! 大丈夫か!」


 男は返事をしなかったが、それでもローガの目を見つめ、少し微笑んだような表情を見せた。


「今助けてやるからな!」


 ローガが男の身体を見回して診察をしてみると、どうやら胸部に銃弾を受けているようである。だが最後の戦闘からかなり時間が経っていることを考えると、致命傷にはならずになぜか生きながらえたようだった。


 ローガの触診では把握できていなかったが、実は彼の胸部を貫いた弾丸は、あばらや肺、心臓を避けて背中側に回り、背骨を砕いて神経の繋がりを絶ってしまっていた。そのせいで腹から下が動かず、ここに取り残されることになったであった。


 ローガは彼をどうにか運び出せないかと周囲を確認した。だが何も役立つものはない。男が倒れていたのは大きな砲弾穴の中で、身の丈程の高さがある。男の頭上の土がいくらか崩れていることから、腕の力で這い上がろうとしたものの滑って這い上がれなかったようだ。

 さらに、この砲弾穴は先ほど敵兵たちが死に損ない男を運び出した場所だ。それを思い返してみてみると、確かに新しい足跡と、不自然に血の跡だけが残った場所がある。どうやら敵と味方二人きり、奇妙な共同生活がこの場所で繰り広げられていたらしい。


 恐らくローガの受け取った食糧は、攻撃を差し控えてくれたことに対する礼としてだけでなく、彼の存在を知らせるためのものでもあったようだ。

 ローガは一旦救助を諦め、自陣の仲間に協力を求めることにした。砲弾穴の縁から敵陣の様子を確かめ、攻撃されないことを確認すると、礼の品を手に急いで自陣まで走って戻った。


「おい! どうだった?」


 ローガが塹壕に近づくと、カプタナがそう問いかけた。それに対してローガは被せるように叫ぶ。


「誰でもいい! 急いで手を貸してくれ!」


 ローガは塹壕の中に飛び降りると、目の前にいたカマルに食料を押し付けて更に続けた。


「味方の兵士がまだ生きてる! 急いで回収しないと危険だ!」

「ま、待ってくれ。それは本当か?」


 マヘンドラがそう問いかけた。ローガの仲間たちは急な報告に驚いているようだ。


「あのうるさい奴と一緒に、長い間取り残されてたみたいなんだ! もういつ死ぬか分からない! 誰でもいいから一緒にきてくれ」

「いや……だがなぁ……」


 プラカシュが怪訝な表情で答える。他の者たちもどうしたものかと顔を見合わせた。そしておもむろにカプタナが答えた。


「もうここまで来ちまったら仕方がないだろう、俺が行こう。他に来てくれる奴はいるか?」


 その問いかけにはマヘンドラが答えた。


「仕方がない。俺は独り身だからな、他の奴より死ぬのに向いてる。手を貸そう」

「ありがとう! それならすぐに向かうぞ!」


 ローガは勢いよくヘルメットを振って向こう側に合図し、撃たれる危険も気にせず急いで塹壕を這い上がった。

 一抹の不安を感じながらも、カプタナとマヘンドラもヘルメットを脱いで塹壕から這い上がる。だがやはり、三人が中間地帯で身を晒しても、幸い誰も銃撃を加えてはこないようだ。


「こっちだ! 急いでくれ!」


 ローガに先導され、駆け足に負傷者の元へと向かう三人。ぐちゃぐちゃの塹壕の中を右往左往しつつ、すぐに問題の兵士の元まで辿り着いた。


「助けを呼んできたぞ! 今運び出してやるからな!」


 ローガが男の両腕を持ち、マヘンドラが彼の足を持ち上げる。カプタナはヘルメットで泥を掻いて、砲弾穴から這い上がる道を均してやった。

 そうしてどうにか男を砲弾穴の上まで引っ張り上げると、三人がかりで自陣まで運んでいき、三人は無事に生きて彼を連れ帰ることに成功した。


 自陣の塹壕では既に担架が用意されており、慎重に彼を担架に乗せてやると、衛生兵たちによってすぐに彼は後方の野戦病院まで運ばれていった。

 彼は終始何も喋ることは無かったが、それでも命の恩人であるローガの目を見つめ、涙を湛えた笑顔をローガに見せてくれた。


「誰か酒とタバコを用意してくれないか?!」


 これで一仕事終えたと言いたいところだったが、ローガにはまだやり残したことがあった。憎き敵とは言え、相手が騎士道を示して礼を送ったのであれば、こちらもそれに応えて礼を尽くさなければならない。

 ローガはもう一度中間地帯に戻ろうとしていた。


 もうここまで来るとローガの仲間たちも、周囲の他の兵士達も、彼を止めようとは思わなかった。敵であるはずのフタデサ軍の連中は、我々に敬意を示し一人の兵士の命が救うことができたのである。それにもはや罠である疑いもない。ローガの思いに応えるように、プラカシュがどこかからか蒸留酒の瓶とタバコを二箱持ってきてローガに手渡した。


 それを受け取ったローガは、両手にその品を高く掲げてから再び中間地帯へと這い上がり、敵陣の方へ向けてと歩き出始める。

 すると、それを見ていた敵陣からも、一人の男が這い上がってきた。


 どうやら最初に中間地帯へ這い上がってきた男のようである。お互いに武器は持たず、ヘルメットもしていない。戦う意思の無いことは明白だ。

 二人は互いに段々と距離を縮め、とうとう中間地帯の真ん中で手の届く距離にまで近づいた。


 最初はお互い様子を確かめるように見つめあったのだが、先にローガが口を開いた。


「ありがとう、これは俺達からの礼だ。そっちじゃ酒とタバコはなかなか手に入らないんだろう? 受け取ってくれ」


 ローガが手を伸ばして品物を差し出すと、獣の耳を生やした獣人の敵兵は、笑顔を見せて返事をする。


「こちらこそ感謝する。貴方たちのおかげ仲間が救えた。おまけに酒とタバコまで貰ってしまっては感謝しても感謝しきれない。ありがとう」


 敵兵の男は手を伸ばして品物を受け取ると、それを小脇に抱えて再び手を伸ばした。どうやら握手を求めているらしい。


「俺はアミトラだ。敵同士ではあるが、貴方たちの行いに敬意を表する」

「俺はローガだ。こちらこそありがとう。確かに俺達は敵同士だが、それでも同じ塹壕を生き抜いてきた運命共同体だ。俺はあんたらを尊敬するよ」


 ローガも腕を差し出し、二人は固い握手を交わした。そしてお互いまっすぐ正面に相対して、お互いの目を確かめるように見つめあった。

 さらにローガは、もう一方の手をアミトラと名乗った敵兵の肩に回すと、彼の身体を抱き寄せて熱い抱擁まで交わし始めた。アミトラもそれを当然のように受け入れ、二人は素直にお互いの健闘を讃えあう。


 その様子は両陣営の兵士たちにも見えている。二人が抱き合った瞬間、どちらからともなく歓声が沸き上がり、誰からともなく、一人、また一人と兵士たちが中間地帯へと這い上がってきた。


 ローガとアミトラが身体を離して再び見つめあっても尚、兵士達の歓声は鳴りやまず、段々と中間地帯に上がる兵士たちの数は増えていく。


 そうして気が付けば、中間地帯のあちこちで敵も味方も関係なしに語りあい、握手を交わし、物資を分け合う姿が見られるようになった。


 さらに、いつの間にか空の色も明るくなり、既に激しいスコールも止んでいる。


 こうして、普段銃声と爆音の鳴り響く中間地帯は、この時ばかりは酒場のような楽し気な活気に溢れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る