父親

 大急ぎで一行が村に戻る頃には、騒ぎを聞きつけて早めに農作業を切り上げた村人たちが道にあふれていた。

 

 そして彼らが取り囲む中心には、相変わらず磔にされたイーシャの姿がある。


 幸いまだ火にかけられていないようで、僧侶が淡々と真言を唱えるなか、まだ乾いていない牛糞が塗りたくられ、その上から牛尿やギーをイーシャにひっかける儀式が執り行われていた。


 牛の糞尿もギーも、神聖で清らかとされるものである。肉体を火にかける儀式も清めを意味したものだ。イーシャはこの磔台で、その身に染み込んだトゥルパと言う汚れを、死によって払われようとしているのだ。


 群衆は、当たり前のように村の中に入ってきた人狼達を目の当たりにすると、その姿に驚き多くの者は叫び声をあげて慌て始めた。

 群衆が目を見開いてジャナク達の姿を見つめるなか、ジャナクは一行の先頭に立って歩き、他の面々も馬を降りてその群衆へと迫っていく。


「私はジャナク・ラグパダルサ! 娘のイーシャ・ラグパダルサを助けに来た!」


 人狼が大声で宣誓をして見せると、驚いた群衆達は誰からともなく蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。そうしてあっという間に人間の数が減っていく。

 残ったのは銃や槍を手にした戦える男たちで、儀式をしていた僧侶も居なくなり、イーシャの儀式も中断された。

 十字架に取り残されたイーシャの表情は、ジャナク達には遠目にはっきりとは見えなかったが、状況を理解できず恐怖に目を見開いているようだった。


「近寄るな! さっさと失せろ!」


 銃を構えた男たちの一人が叫んだ。他の者たちも同じように銃や槍をこちらに向けている。


「戦う必要はない! イーシャを磔台から降ろしてくれればそれでいい!」


 ジャナクはまた叫んだ。そんな彼の後ろで、ローガがラジャータに耳打ちする。


「なあ、イーシャはどうだ? やはり人狼になっているのか?」

「……いや、魔力は感じられない。あの子は白だ」


 それを聞いてローガも叫ぶ。


「その娘は人狼になってはいない! 呪いにかかってなどいないぞ!」


 だが村人たちがすんなりと信用してくれるはずもない。


「よそ者の言うことが信じられる!」

「どこにそんな証拠がある!」


 当然彼らは口々に言い返してきた。それを聞いてラジャータも反論を試みる。


「その娘からは魔力は感じられない! ただの人間だ! 無駄な殺生はするな!」


 だがやはり村人たちに取り合う気はなかった。


「もうこの娘を殺すことに決まっているんだ!」

「その父親が人狼になってるのが何よりの証拠じゃないか!」

「トゥルパとつるんでいるんだ! お前らそうやって俺達を騙そうとしてるんだろう?!」


 ローガ達の言葉は、恐怖に支配された村人達の耳には入らない。興奮したサージャナが交換条件を持ちかけることにした。


「貴方たちが被害を受けなければそれでいいんでしょ?! イーシャを解放したら私たちはもうこの村から出ていくわ! それでいいでしょ!」


 だがその交渉もあっけなく徒労に終わる。


「ジャナクのような怪物を野に放てというのか?! どこかで人が死ねばこの村が責められるんだぞ!」

「こんな穢れた存在を野に放てば神の怒りを買うに決まっている! そんなことができるか」


 彼らの中には浄化という救済の他に道は無いのである。彼らにとってイーシャを解放することは、ここで戦闘になって死ぬこと以上に恐ろしいものであったのだ。

 未だ冷静なラジャータは、ジャナクの背を見ながら話しかけた。


「どうする? 私は既にお前に雇われている。戦えというなら戦うぞ」

「……いや、待ってくれ」


 ジャナクは戦いをためらいはしたものの、その大口は歯を剥き出しにしてうめき声を上げている。特にラジャータには、彼が己の怒りの為に自身の制御を失おうとしていることが見て取れていた。


「おい、落ち着け。我を忘れてはならない。怒りに溺れるな」


 その言葉はいくらか届いてはいた。だが人狼は唸りながら村人たちを威嚇するばかりで返事をしない。


「おいおい大丈夫なのかこいつ……?」


 ローガもどうやら様子がおかしいと察してラジャータに問いかける。


「戦闘になるかもしれん、覚悟しておけ」


 ラジャータがそう返事をしたのと同じ頃、ジャナクは尚も唸りながら、のそのそと村人達に向かって歩き始めた。

 そして彼は歩きながら、少し振り返ってラジャータへ一言言った。


「いつでも私を殺してくれて構わん……」


 人狼が再び前を向くと、ゆっくりと前進しながら今度は村人達に呼びかける。


「殺したくはない。イーシャを渡してくれ」


 村人たちは淡々と歩み寄るジャナクのその圧に押され、じりじりと後ずさっていった。


「く、来るな!」

「撃つぞ!」


 彼らは必死に銃や槍を突き付けて威嚇したが、ジャナクはその脅しに屈することはしない。


「頼む、そこをどいてくれ」


 ジャナクが臆すこともなく距離を縮めるので、とうとう村人の一人が恐怖のあまりに引き金を引いてしまった。

 甲高い銃声が鳴り、その銃弾はジャナクの肩を打ち抜いたのだ。


 ジャナクはその肩を押さえて少し俯いた。だが攻撃が効いたわけではない。彼の厚い毛皮を通常の銃弾で容易に貫くことができない事は先の戦闘の通りである。

 彼はその時、己の中の人狼と戦っていたのだった。


「よせ……戦ってはならない……」


 ジャナクは再度村人たちを制止しようと試みたが、もはや彼の言葉も村人達に届いていなかった。


「効いてるぞ!」

「勝てる!」

「撃て!もっと撃て!」


 人狼を足止めできたと勘違いした村人達は、我先にと引き金を引き始め、バンバンと立て続けに射撃音が鳴り響く。


「隠れろローガ!」


 それを見たラジャータが叫び、指示を聞いたローガも急いで近くの建物の陰に隠れた。ラジャータもサージャナの襟を強引に引っ張ると反対側の建物の陰に飛びのく。


 だがジャナクはあえてその場から動くことはしなかった。屈みながら腕で急所を隠し、攻撃をしのごうとしているのだ。

 その間も村人達の放つ銃弾が次々にジャナクの肢体に食い込み、その度に体中から血が吹きだしている。


「ジャナク!! 何してるの隠れて!!」


 サージャナがそう叫びながら物陰から身を乗り出そうとするので、ラジャータは彼女を羽交い絞めにして慌ててそれを止めた。


「バカ! 死ぬ気か!」

「ダメよジャナク! こっちに来て!」


 それでも考え無しに飛び出して行こうとするので、ラジャータはどうにか彼女を留めておかなければならなかった。


 銃撃を受けるジャナクは暫くそうして銃撃を耐えていたのだが、その痛みと、怒りと、憎しみは彼をその場に留めておくことを許さなかった。

 人狼が顎を震わせてうめき声を上げたかと思うと、次に瞬間には両腕を広げて禍々しい咆哮を上げたのだ。


 そして人狼は降り注ぐ銃弾をものともせずに村人達へと突進し、瞬く間にそのうちの一人が二つの肉塊へと千切れ飛んでしまった。


「ローガ! 奴を援護しろ!」


 その光景を見ていたラジャータは、サージャナを物陰の奥に突き飛ばすとレバーアクションライフルを手元に用意した。ローガも彼女の指示を受けて自分のボルトアクションライフルを構え、物陰を飛び出す。


 二人がそうこうしているうちにも、人狼の手によって二人目三人目の犠牲者が布切れのように引き裂かれていく。二人は人狼を誤射しないよう、彼から離れた位置にいる村人に向けて銃撃を加えることにした。


 ろくに訓練を積んでいない素人の村人達は、遮蔽物も用意せずに棒立ちしているので、簡単に狙いがつけられる。

 おまけに目の前で怪物が大暴れしているとあって彼らは混乱を極め、遠方からの射撃に気を配る余裕も無い。おかげで二人はろくな反撃に晒されることも無く、熟練した二人の戦士による射撃は一発一発正確に村人の身体を射抜いていった。


 その間にも人狼は攻撃の手を休めることはしない。強靭な脚力で一気に間合いを詰めたかと思うと、大きな前足で敵を薙ぎ払い、千切れた肉片が近くの壁に叩きつけられたその時には、次の犠牲者が鷲掴みにされて大あごで食いちぎられている有様だ。更にはローガとラジャータの銃撃により地面に突っ伏した負傷者にまでも容赦をせず、そういった者を踏みつぶしては両腕で真っ二つに引きちぎって見せた。


 気が付けば、磔にされたイーシャの周囲は血と肉片が散乱し、地獄絵図と化している。

 イーシャはその地獄の真ん中で、どうにか拘束を解こうと滅茶苦茶に暴れながら、半狂乱に大声を上げて泣き叫んでいた。


 彼女がそうして取り乱すのも無理はないだろう、身動きのとれぬ自分の周りで、得体の知れぬ化け物が父の名を騙ったかと思えば、顔の見知った人間たちを惨たらしく引き裂き、目の前で一方的な殺戮を繰り広げているのだ。

 まして彼女にとっては、この怪物が自分を襲う気があるのかでさえ定かではない。

 イーシャの言葉にならない叫びは、銃声と咆哮と悲鳴の只中にあってなおよく響いていたが、それでもジャナクの元には届かない。

 人狼はあらかた村人を肉塊へと変え、残った者も我先にと敗走を始めていった。


「ジャナク! もう充分だ! 落ち着け!」


 ラジャータは遮蔽物を出て人狼に声をかけたが、まるで反応しない。人狼は肩で息をしながら手に持った肉塊を投げ捨てると、泣き叫ぶイーシャの方を見た。


「おい、ありゃ不味いんじゃないのか?」


 ローガは咄嗟にライフルの銃口を人狼へと向けた。ローガの目には、人狼の素振りが父として娘を見据える眼差しではなく、獲物の声に反応した獣の眼光に見えたからだ。


「ジャナク止まれ! それ以上進めば撃つぞ!」


 ラジャータは背中の怪物撃ち銃に持ち換えながら、速足で人狼へと近づいていった。


 だが、人狼はグルグルと呻きながら、じわじわとイーシャへ近づくばかりだ。ラジャータの警告に反応を示す様子はない。


「止まれ! ジャナク! 私に撃たせるな!」


 二度目の呼びかけにも、やはり人狼は反応しない。ラジャータは人狼のすぐ後ろに陣取り、怪物撃ち銃の銃口を彼へと向けていつでも発射できる状態である。


「聞こえているなら止まれ! 最後の警告だ!」


 だが、やはり人狼は歩を止めることはせず、イーシャへと向かっていく。もはやどうしてもジャナクへと声は届かないようだった。


 ラジャータは意を決する。


「お願いやめて撃たないで!」


 ラジャータの背後からサージャナの声が聞こえたが、その言葉を聞き終えるより前に、ラジャータの指は引き金を引き切った。


 轟音と巨大な発火煙が噴き出し、次の瞬間には人狼の右足が血しぶきを上げて粉微塵に吹き飛んでいく。

 そしてバランスを崩した人狼は咆哮を上げ、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。


「いやあ! どうして撃ったのよ!」


 サージャナは半狂乱になってラジャータと人狼の元に駆け寄ろうとした。だが、それに気づいたローガが慌てて彼女を羽交い締めにする。


「よせ! 危険だ! 大人しくしてろ!」

「嫌よ! 離して! ジャナク! ジャナク返事して!」


 ラジャータは空の薬莢を排出して次の弾丸を装填すると、人狼とイーシャの間に立って行く手をふさぐ。


「止まれジャナク。これ以上私に撃たせるな」


 人狼は唸りながらラジャータを睨みつけ、失った足の代わりに両の前足でどうにか立ち上がろうと試みている。

 それを見たラジャータは、二度目の警告なしに今度は人狼の左腕を吹き飛ばした。


 再び爆音が鳴り響き、またしても血肉がはじけ飛ぶ。支えを失った人狼の上体は、咆哮を上げながら再び地面に叩きつけられた。


「いやあぁ! 止めてぇ!!」


 サージャナは段々と四肢を失っていく夫の姿に耐えられないようで、羽交い絞めにするローガの腕をどうにか引きはがそうと暴れ回った。

 人狼はそれでもまだ前進を試みる。もはや上体を起こすことも叶わなくなったその身体をくねらせて、右腕左脚の力だけで這って行こうとするのだ。

 ラジャータは既に次弾を装填し終え、三発目を撃ち込める状態である。

 彼女は這いずる人狼の頭にその銃口を突き付けた。


「もうやめておけ、次はお前の頭を吹き飛ばすぞ」


 その言葉を聞いて、人狼はとうとう動きを止めた。そしてギロリとラジャータの方へ眼玉を向けると、かすれた声で話し出した。


「いつでも私を殺していいと言っただろう……」

「分かってる。だからまだ殺していない」

「……そうか、すまない……世話をかけたな」

「構わん。どうする? まだ何かやり残したことはあるか? お前が落ち延びるというならそれもありだ」

「いいや、もう充分だ」


 そう言ってジャナクは目玉を真上に向け、自らを見下ろす娘の姿を見た。


 糞尿にまみれた彼女は、恐怖に息を切らしながら、目を大きく開いて一瞬たりとも人狼の姿から目を離さないでいる。


「もう少し早く来るべきだった。もう何もかもが遅い。さあ、早く殺してくれ」


「……分かった」


 ラジャータはそれを聞いて三度目の引き金を引いた。

 サージャナが泣き叫び制止しようとするなか、ふたたび大きな銃声が鳴り響き、ジャナクの頭ははじけ飛ぶ。


 だらだらと血の溢れだす首を見て、ラジャータはジャナクが死んだことを確認すると、今度はローガの方を見て合図する。ローガはそれにうなづいて答え、羽交い絞めにしたサージャナを解放してやった。


 するとサージャナは大急ぎでジャナクの元まで大急ぎで駆けていった。


 ローガはこの時不思議に思っていた。一体なぜ頭痛がしないのだろうか? それはジャナクが自らを御していることを意味するはずだ。しかしあの人狼は我を忘れていたようにしか見えない。

 だがその真相を確かめる術はローガに無く、一目散にかけていくサージャナの背を見るしかできなかった。


 サージャナは死体の前で膝をつくと「ジャナク! ジャナク!」と必死に声をかけた。そして今度はすぐに立ち上がってイーシャの方を見上げ「イーシャ! 待ってなさい! 今おろしてあげるから!」と大急ぎで縛り付けている縄を解きにかかった。


 だが当のイーシャはというと、もはや危機が去ったにも関わらず状況が理解できていないようである。


「いやっ! 来ないで! やめて!」


 と彼女を解放しようとする実の母に対して抵抗を試みていた。母親はそれでもどうにか縄を解こうと努力し、ラジャータとローガもすぐにそれに加わって三人がかりでイーシャを磔台から降ろしてやった。


「イーシャ! イーシャもう大丈夫よ! 大丈夫だから!」


 サージャナは降ろされたイーシャを抱き留めようとしたが、彼女はやはり恐怖で取り乱しており、母親を殴ったり蹴ったりでどうにか離れようともがいた。


「イーシャ! どうして! 私はお母さんよ! どうしてなのよ!」


「お前なんかお母さんじゃない! 来るな! 死ね!」


死ね、という言葉を耳にし、必死にイーシャを受け入れようとするサージャナの手が緩む。それを見計らってイーシャは母親の手から離れると、腰が抜けて尻餅をつき、そのままどんどん後ずさって行った。


「いやだ! 来るな! 来るな!」


 イーシャにはもうまるっきり敵味方の区別がついていなかった。それどころか何がまともな人間なのかも分からない状態だったのである。

 そのまま彼女は近くの壁まで後ずさっていき、そこでうずくまりながら震える目で三人を睨みつけた。


「どうして……。イーシャ、どうしてなのよ」


 娘にまで突き放され、涙を流すサージャナ。そんな彼女にラジャータが声をかけた。


「今は仕方がない。状況が状況だからな。しばらくすれば落ち着くはずだ」


 だがそのラジャータの言葉は慰みどころかサージャナの地雷に触れてしまうことになる。


「あんた達のせいよ!」


 サージャナは怒りと憎しみを湛えた目を見開き、ラジャータとローガを睨みつけた。


「あんた達のせいでこうなったのよ! どうしてくれるのよ! あんたたちが余計なことをしなければ、全部うまくいってたはずなのに! なんでこんなことしたのよ!」


 その発言にはローガも流石にプチンときて、高圧的に言い返した。


「てめぇこそ何様のつもりだ! こっちはあんたらの言われた通りに動いただけだぞ! 事の発端だってイーシャの依頼があったからで、俺達は何も余計な事しちゃいねぇだろ!」

「分からないの?! それが余計だっていうのよ! 最初から関わらなきゃよかったじゃない! あんたたちが初めからこの村にこなければそれで良かったのよ!」

「俺たちが村に来ようが来るまいがなぁ! こいつは理性を失っていたし、誰かが死ぬことも変わらなかっただろ?! それを勝手に俺たちのせいにしてんじゃねえよ! 元はと言えばお前たちのこれまでの行動が招いた事態だ!」

「でもだからってこんな結果になるはずなかったじゃない! 私は村の人を皆殺しにしろとも、娘の心を壊せとも言ってないわ!」

「そんなこと俺達だって望んじゃいねぇ! 俺たちがわざわざあんたら家族を貶める為に仕組んだとでもいうのか?!」

「そうよ! そうに違いないわ! あんた達そうやって私たちを滅茶苦茶にして、村の人間も皆殺しにする気だったんでしょう! 最初からそれが目的だったのね!」

「いきなり何を言ってるんだ?! 俺達を侮辱する気なのか?! 俺達はあんたらの為に動いたんだぞ! それをてめぇなんて言い草だ!」

「私にはわかるのよ! 嘘をついたって無駄よ! 全部あんた達が仕組んだことなんだわ!」

「ってめぇ!」


 ローガはカッとなってサージャナに掴みかかろうとしたが、それを察っしたラジャータがローガの肩を掴んだ。


「よせ、ローガ。お前まで我を失ってどうする? 冷静になれ」


「クソっ」


 ローガは悪態をついてラジャータの手を振り払い、ひとまず手を上げることは思いとどまった。今度はラジャータがローガの代わりに話をする。


「じきに村人たちが戻る。ここにいては殺されるぞ。娘を連れて一旦逃げるべきだ。話はその後でもできる」

「嫌よ! 私はここに残るわ、イーシャもよ!」

「死ぬ気か? なぜここに残る」

「ジャナクをこんなところに置いていけないわ、せっかく浄化の儀式のできる状態なんだから、ここで彼を弔うのよ」

「放っておいても村の人間が死体を焼く。お前が危険を冒してまですべきことじゃない」

「そんなの私の勝手でしょ! もうあんた達の仕事は終わったのよ?! 小屋の薬でもなんでもいいから好きに持っていけばいいわ! それでもうさっさとどこかへ行ってちょうだい!」

「お前が良くても、お前の娘はよくない。あの子も殺す気か?」

「そんなこと知らないわよ! もうあなた達には関係ないの! お願いだから放っておいてよ!」


 サージャナのあまりの言い草に、どうにか気を静めていたローガもまた怒りがこみあげてきた。


「てめぇ、いい加減に……」


 だがラジャータは再びそれを制止してからサージャナに語りかける。


「分かった。あとは好きにすればいい。私たちはこれで手を引く」


 ラジャータがあまりにすんなりと引き下がるので、ローガは彼女にも迫った。


「おい! 何言ってるんだ?! 正気かよラジャータ! こんなところに置いていったら殺されるに決まっているだろ!」


 ローガの怒号を受けてなお、ラジャータは顔色一つ変えない。そのまま淡々と言い返した。


「だから何なんだ? それは私たちには関係の無いことだ。我々はただの傭兵でしかない。本分を忘れて余計なことをするべきじゃないだろう」

「だからって! 助けられる命を放っておけっていうのか?!」

「これだけの死体を築いておいて、何を言っているんだ? 我々は我々の都合で殺しもするし、助けもする。仕事としての利害を超えてどうこうするなど、おこがましいとは思わないか?」


 ローガは言い返せなかった。サージャナは二人の問答を見て、もう疲れたと言わんばかりに溜息をつく。


「……もう話は済んだ? そろそろ行ってくれないかしら」

「時間を取らせてすまなかったな。私たちはもう帰る。行くぞローガ」


 ラジャータはローガの返事も待たずに歩き出し、ローガも諦めたように黙ってついていった。

 残されたサージャナは磔台の下にへたり込んで俯き、イーシャは壁に寄り掛かって縮こまりながら去り行く二人を睨みつけていた。


 その他に生者はない。無数に打ち捨てられた肉塊に漂う、蠅の羽音だけがこだました。

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