迷信

 ローガは歩いてミチルの元まで戻って彼女に乗り込み、村への道を戻っていた。


 ローガはイーシャの身に何が起きたのか知らないので、特に急ぐこともなく馬を進めている。

 だが森を抜けてしばらくした道中、同じくイーシャを追って村に戻ろうとしていたルーウェンの姿を見かけることになった。


 ルーウェンは畑のあぜ道で腹を抱えながらトボトボと歩いている。ローガは最初村の子かと思ったのだが、よくよく見ているうちにそれがルーウェンだと分かり、急いでミチルを走らせて彼女に近づいた。


「おい! ルーウェンどうした!」


 ローガは彼女の前に回り込むと、その場でミチルを止めて更に語り掛けた。


「ここで何してる? 何かあったのか?」

「あれ……ローガ様? ごめんなさい……私のせいで……」

「おいどうしたんだ? 怪我でもしたのか?」


 ローガはミチルから降りると、ルーウェンに駆け寄った。


「ごめんなさい……私のせいなんです。イーシャちゃんが、イーシャちゃんが無理やり連れて行かれちゃって……」

「連れていかれた? 誰に連れて行かれたんだ?」

「あの子の叔父さんです。イーシャちゃんが依頼を出したことを話しちゃって、それで怒られて、連れ帰られちゃったんです」

「嘘だろ……そいつはややこしい事になったな。実はこっちも色々あってな、イーシャと話をしなきゃならないんだ。あの子は村に戻ったで間違いないのか?」

「はい、きっとそうです……。ごめんなさい、私が余計なことしたせいでこんなことに……」


 ルーウェンは自責の念から思わず涙を浮かべた。


「大丈夫だ、お前は何も悪くない。ルーウェンが無事ならそれでいい」


 ローガはルーウェンの肩に手を乗せ、もう一方の手で彼女の頭を撫でてやった。


「ごめんなさい……私が止められれば良かったのに……」

「いいんだ、気にするな。あとは俺たちで何とかする。とりあえず馬に乗ってくれ、一度村に戻るぞ」


 ローガは泣きじゃくるルーウェンをミチルに乗せて、その後ろに自らも乗り込む。そして二人は急いで馬を走らせて村まで戻っていった。


 暫くして二人が村に到着すると、真っ先に磔台が二人の目に留まった。

 村の中心の少し開けた道の真ん中に十字架を立てて、その十字架にイーシャが縛り付けられているのだ。

 その周囲にはいくらか人もおり、燃料の牛糞や藁や薪なんかをイーシャの足元にどんどんとくべている。

 イーシャは顔を恐怖でゆがめてすすり泣きながら、ルーウェンに気づくと訴えかけるような目線を彼女に送った。


「どうなってる……あいつらイーシャを火あぶりにする気だ」


 ローガは事情を聴くべく誰かしらを問い詰めようとしたのだが、その前に向こうからローガに声をかけてきた。


「お前らだな! 余計なことをしてくれたのは!」


 声の主は先ほどのイーシャの叔父である。彼はローガとイーシャの姿を見るやいなや、ずかずかと歩み寄って二人を怒鳴りつけたのだ。

 ローガもミチルから降りて叔父に近づき言い返した。


「一体何が起きてる? イーシャは俺達の依頼主だぞ? 勝手に殺されては困るんだ!」

「その依頼は解消だ! これは俺達村の問題でお前たちよそ者には関係のないことだ!」

「そういうわけにはいかない、こっちも既に色々調べてあるんだ。イーシャを解放してくれ」

「解放しろだと?! あの子はもう呪われてるんだ! このままじゃ村の人間まで呪われちまう!」


 そう言うと叔父は包帯を巻いた自分の腕をローガに見せつけてきた。


「見ろ! さっきあいつが俺の手を噛みやがったんだ! あいつがもう人狼になりかけてる証拠だ! 生かしておくわけにはいかない!」

「なんだって……?」


 ローガは磔にされたイーシャの姿を見た。だが彼女は幼い少女のそれにしか見えず、頭痛もしていないので、とても人狼になったとは思えない。


「とにかくイーシャはもう浄化してやらなきゃならないんだ!  このままじゃ村の人間全員が危ないんだよ! お前らも荷物をまとめてさっさと出ていけ! これ以上話を面倒にするな!」

「いや、まだあの子が人狼になったという確証はないだろう? こっちにはその道の専門家もいる、火あぶりにするのは少し待ってくれないか?」

「余計なお世話だ! これ以上茶々を入れるならお前達も殺すぞ!」


 既にローガの周りには言い争いを聞きつけて合流した他の村民もいて、彼らの中には銃を手に持つ者もいた。そして一様にローガとイーシャへの敵意と、人知を超えた呪いという驚異に晒された恐怖がその顔に表されていた。


「ああ、分かったよ……手を引けばいいんだろう?」


 ローガは仕方なく引き下がることにした。いくらローガでも、一度に多くの村人を相手にすることはできない。一度ラジャータや人狼達と合流した方が得策だろうと判断したのだ。


「さっさと荷物をまとめて出てくんだな! お仲間にも言っとけ、二度と面を見せるな」


 そう捨て台詞を吐くと、村人たちは忙しそうに作業に戻っていく。


「ロ、ローガ様! イーシャちゃんのこと見捨てちゃうんですか?」


 入れ替わるようにルーウェンがローガの元へかけ寄ってそう言った。


「いや、そうじゃない。だが今ここで戦っても勝ち目はないし、説得も無理だろう。一旦ラジャータ達と合流して対応を考える。それと村に馬車を置いたままでは人質代わりになってしまうからな。一旦あれも外に出した方がいいだろう」

「で、でもそれじゃ、その間に殺されちゃいますよ!」

「ああ、確かに時間はない、それでもまだ多少の余裕があるはずだ。儀式には僧侶が必要だがその姿が見当たらない。僧侶が現れてから長々と前置きがあるはずだし、まだ準備に時間がかかる。それに村人の多くがまだ畑に出てるだろ? 皆に知れ渡って、人が集まるのを待つ可能性もある。だから賭けにはなるが、急いで行動を起こすしかない」


 そうして二人は急いで宿に戻ることにした。宿に着くや否や、二人は一通りの荷物をかき集めて馬車に乗せていき、積み込みが終わるとミチル一頭にどうにか幌馬車を引かせて村を出て行った。

 重量を減らすため、移動中は馬車に乗り込まずに二人は押したり引っ張ったりして馬車を進めた。そうしてどうにか東の森まで進めると、馬車は路肩の木陰に隠しておくことにした。

 その後待たせていたもう一頭のチルチルを回収し、チルチルとミチルの二頭を引き連れてラジャータ達が待つ人狼の小屋へと向かった。

 しかし二人が小屋へ到着すると、外には三人の姿がない。だがラジャータ達はどうやら小屋の中に居たようで、ローガ達の蹄鉄の音を聞いてぞろぞろと外へ出て来てくれた。


「ラジャータ!」


 ローガは急いで馬を降りながらラジャータに声をかける。

 ルーウェンは馬鞍に乗ったままだったが、ドアから当たり前の様に出できた人狼の姿に驚いているようだった。

 一応ここに来るまでの間に事情は説明していたものの、いきなりあの怪物を目の当たりにしては驚きは禁じ得ない。


「ラジャータ! 不味いことになった!」

「イーシャはどうした? ルーウェンまで連れてきて、一体何があったんだ?」


「実はな……」と小屋から出てきたばかりのジャナクとサージャナも交えて一通りの状況を説明していく。


 ラジャータとジャナクはあまりリアクションがなく淡々と聞いているようだったが、サージャナは話が進むごとに顔色が変わり、かなり動揺していた。


「……というわけなんだが、どうする?」


 ローガが問いかけると、すぐにサージャナが身を乗り出すように声を張り上げた。


「どうするって、そんなの早く助けに行かないと!!」


 ジャナクも後に続く。


「ああ、私としてもどうにかイーシャを助け出してやりたい。私のせいで唯一の娘を失っては何にもならん」


 ジャナクは努めて冷静にしているつもりだったが、いささか早口になり、焦りは隠しきれていない。そして夫婦二人は娘を助けるつもりでいるようだが、ラジャータは違うようで次に彼女が発言した。


「だがな、私としてはもう報酬が無くなったことが確定しているんだ。そもそも元の依頼から話が逸脱しているし、お前達二人で助けに行くのは勝手だが、私が手を貸す理由はないと思うぞ?」


 ラジャータのその言い分を聞いて、被せるようにサージャナが言い返す。


「そんな! 元はと言えば貴方たちが余計なことをしたせいじゃないの! 最低よ! 何を無責任なこと言ってるのよ!」

「よせ、サージャナ」


 ジャナクがサージャナを制止したが、そのせいで彼女の矛先は彼にも向いた。


「じゃあどうするのよ! 私たちだけで助けに行くつもり?」

「いや、それは……」


 ジャナクが答えに困っているところに、今度はローガが発言する。


「そもそもあいつらが言っていたように、イーシャが既に人狼になっているかもしれないんだろう? もし本当なら無闇に救出すべきじゃないんじゃないのか」


 幸いその答えはラジャータが持っていた。


「それについては確かめる術がある。ルーウェン、お前あの娘と行動を共にしていたのだろう? 何か魔力の奔流は感じたか?」


 ルーウェンは急に話を振られ、あたふたとしだした。


「え、えと……特に何も無かったっていうか、その、正直よく分からないです……」


 その回答にサージャナは憤慨した。


「どうしてそれしか分からないのよ! 使えない奴隷ね!」


 彼女は焦っているせいもあったが、身分を弁えず娘と遊んでいた悪い虫の様に思っていて扱いが悪いのである。ジャナクも似たようなもので、何かケチをつけるわけでは無いものの、イラついた表情を向けていた。

 そしてラジャータがルーウェンの発言に補足を入れる。


「ひとまずはそれで充分だ。この娘の魔力は確かなものだからな、異変があれば気づくはずだ。それに、最悪私が直接確認すれば間違いないだろう」


 彼女の発言に対してジャナクが問いかける。


「それはつまり、仕事を引き受けてくれるというかとか?」

「そうは言ってない。だが別の報酬があれば奪還を手伝ってやらんでもない」


 ジャナクは少し考え、暫くしてひとつの答えを出した。


「なら、あの小屋にあるものを皆持って行ってくれ。薬の質は保証できる。それなりの値がつくだろうし、専門書やガラス製品も高く売れるはずだ」


 ラジャータは小屋の方を眺めて少し考えた。


「……ちと安いが、いいだろう」

「ありがとう」


 報酬の話が済んだところでローガが話し出す。


「決まりか? イーシャを助けにいくでいいんだな? 話が決まったんならさっさと動いた方がいい」


 それに対してジャナクは覚悟を決めたようにうなづく。


「そうだな、すぐにでも出発しよう」

「ルーウェンとサージャナはここで待っていろ、私とローガ、ジャナクの三人で行く」

「は、はい……分かりました」


 ルーウェンは自分でも足でまといになるだろうことが分かっていたので、当然待機命令を引き受けた。だが正直イーシャの行く末を見届けたい気持ちは強かった。


 そしてサージャナの方はと言えば「私も連れて行って! 娘がどうなるか見届けられないなんて耐えられないわよ!!」っと声を荒らげて主張した。

 だが無闇やたらと非戦闘員を連れて行くわけにもいかないので、ラジャータがくぎを刺す。


「馬は二頭しかない、お前たち足はあるのか?」


 その問いには人狼が答えた。


「私は自分で走る。馬の足にもついていけるはずだ。どちらかサージャナを馬を乗せてやってくれないか?」


 ラジャータは少し悩んでから答える。


「いいだろう、私の後ろに乗れ」


 このサージャナと言う女は、その意思を無視しして置いて行っても、それはそれで面倒なことになりそうだと考えたのだ。


 ということで、ジャナクは自力で走ることになり、サージャナはラジャータが駆るチルチルの後ろに乗ることになった。


 話が決まると、四人はすぐに行動を開始し、人間の三人は馬に乗りこむ。そして大急ぎでイーシャの待つ村へと戻って行った。

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