よそ者

 何はともあれ、夕方ごろまで馬車を進めて一行は件の村まで到着した。

 この辺りではもう鉱毒の被害もないようで、辺りは麦畑に覆われた起伏のない平野が広がっている。

 途中妙に村から離れた森沿いの川辺で、火葬を行った跡が見られたが、革命のいざこざで争いも多い地域であろうことを考えれば、不思議なことではなかった。


 村はほんの十数件ほどの建物がある程度の小さなもので、麦畑に囲まれた中にこじんまりと軒を連ねている。

 村に住む人間はヒト族が多く、あまり獣人は見られない。


 一行はひとまず肉屋を探して馬の死体を売りさばき、適当な宿屋を探して馬車を預けてから、夕飯を食べに飲み屋へ向かうことにした。


 宿の近くにあった飲み屋に適当に入ると、店にいた数名が皆一様に怪訝な表情で三人を見つめて来た。三人はひとまず空いているテーブルを見つけてそこに座る。


「さっきの宿屋でもそうだったが、どうもあまり歓迎されていないみたいだな」


 席に着くなりローガはそう愚痴を漏らした。


「そのようだな、私は昨日もここに来ているし、お前達を連れてきたのを見て厄介事を持ち込んだとでも思われたのだろう。そもそも私自身が厄介事だしな」

「なんかちょっと、居心地が悪いですよね……」

「そうだな。だがローガ、お前も物好きな男だな。奴隷を同席させるとは」


 普通奴隷を飲食店に連れてくることはない。一般的に彼らは家や宿に待たせて自分で食事をとらせるものだ。


「食べ盛りのガキんちょだからな、満足に飯くらい食わせてやらなきゃ労働の効率が落ちる」

「あの、お邪魔でしたら宿へ戻りますが……」

「いや構わんよ、ただ珍しいと思っただけだ」

「ああ、好きな物を食え。あんたも、遠慮しないで食いたいものを好きなように頼んでくれていいぞ」


 というわけで、三人はテーブルに置いてあったメニューを物色し始めた。

 しかしラジャータはどうも目が悪いらしく、目をしかめて一生懸命に文字を読み始める。しかしそれもうまくいかなかったようで、諦めて懐から眼鏡を取り出すと、それをかけ始めた。


「あれ? ラジャータさんて目が悪いんですか?」

「ああそうなんだ。これが無ければ文字が読めない」

「意外だな、あれだけの活躍をした狩人が眼鏡なしじゃ字も読めないなんて」

「生まれつきでな、私には焦点を合わせる能力がない」

「でもそれじゃ、戦いの時困りますよね? どうやって補っているんですか?」

「その分耳と鼻が利く。それから相手の気配や魔力の流れを見て戦っているんだ。戦闘なら眼鏡が無くても問題ない」

「気配や魔力だって? そんなものどうやって読み取るんだ」

「慣れは要るが、意識を向ければ炎のように浮かび上がって見えるものだ」

「馬鹿馬鹿しい、そんなことで敵が見えてたまるかよ」


 さらに、ローガとルーウェンの二人にはメニュー表を持つラジャータの腕が見えた。その腕は先ほど怪物に噛まれたはずにも関わらず、裂傷がなくなり赤いあざができているだけになっている。


「あれ? その腕……いったいいつの間に治ったんですか?」

「ああ、これか?」


 ラジャータはメニュー表を置き、二人の前にその腕を見せた。


「じきにあざも消える。私の身体は粘土のようなものでな、食い物さえあれば元の形に戻るんだ」

「まったく、ますますあんたという人間が分からん。いや、人間かどうかも怪しいんだがな」


 そんな会話をしていると、丁度店員の青年が現れたので三人は注文をとることにした。

 今日の夕飯になったのは、主食のチャパティに、豆と山羊肉のカレーやタルカリ(野菜を主体とした炒め物等のおかず)、釜焼きチキンなどで、更には飲み物にラッシーも注文してある。お礼のもてなしということもあり普段より二~三品多い食事となった。

 ローガやルーウェンはいつもより豪勢な食事に大満足なのだが、ラジャータはとにかくよく食べる。チャパティとカレーのおかわりが自由なので、結局二度目のおかわりを頼み始めているくらいだ。

 ローガは、これが食べ放題の店ではなかったら財布がすっからかんになっていただろうと、涼しい顔で皿を空にするラジャータを見て冷や汗をかいた。


 一度目のおかわりは注文をとった青年が運んできてくれていたのだが、二度目のおかわりは少し年の食った店主がムスッとした顔で運んできてくれた。そしてその男はおかわりをテーブルに置くとぶっきらぼうにラジャータに声を掛けた。


「いらっしゃい。あんた昨日もいたな、軍人と獣人のガキなんか連れてきて、厄介事はごめんだぜ」


 どうにも敵意むき出しといった具合で、ラジャータもそれを感じ取ったのか少し警戒した様子で返す。


「悪いか? 客が来たんだ、文句はないだろう」

「よそ者というだけで厄介なんだ、しかもあんたは厄災の魔女だろう? 今度は怪しい軍人まで引き連れて来やがって、面倒ごとを起こさないでくれよ?」


 ローガもそれを聞いて少しムッとした。よそ者だとしても、自分たちはラジャータに助けられている。それを悪く言われてはいい気はしないし、自分の事まで非難されてしまったのでは気分が悪い。ローガは店主を少し睨んで言い放った。


「確かに俺たちはよそ者かも知れないがな、俺はこの人に助けられたんだ。それに軍人だって言うが、別にあんたらに迷惑をかける気はない。この町で一泊できたら直ぐに出ていくつもりだ」

「ナヤームの兵隊さんよう、軍人がこの魔女とどう関りがあって助けられたって言うんだい? その時点で厄介事の臭いしかしねぇ。それにな、兵隊が獣人の女を連れてるなんて娼婦くらいのもんだ、だがそのガキは娼婦って見た目でもない。あんたら見るからに怪しいんだよ」

「俺は確かに軍服を着ているが、軍からは距離を置いてる。何か事件や思惑があって来たわけじゃないし、この子は俺の奴隷だ。主人が奴隷とつるむのに誰の断りがいる?」

「距離を置いてるって? 要するに脱走兵か何かか? 休暇ならそう言うだろう? それに奴隷の獣人なんか普通店に連れてこねぇよ、お前達何しに来やがったんだ」

「なんでもいいだろう? ただの通りすがりだ」


 ローガは墓穴を掘った。軍服を着ていながら軍人でないなどと言うのは余計に怪しい。ラジャータも慌てて合いの手を入れる。


「私も通りすがり、ただの流れの傭兵だ。仕事が無いのであればただ宿を取るだけ、何かをする気はない」


 しかし主人は納得しなかった。ため息をついて更に続ける。


「信用できないね、ナヤーム軍が一週間でこの国から革命軍の獣人共を追い出したってのは感心するがな、詰めが甘いせいでそこらじゅうに残党が潜んでいやがる。ここはヒトの多い村だがな、この国じゃ獣人の方が多いんだ。数に劣る俺達じゃ満足に自分の身も守れやしねぇ。それどころか、奴ら飯の種が無くなったせいでただの賊に成り下がってるんだぞ? この辺りでもそこらじゅう賊の襲撃やテロが起きていやがるし、おまけにあんたら軍人が蓄えの食糧や家畜まで持って行っちまう。戦争の為だとか言ってな。そのせいでもう何人も飢えて死んでるんだ。これ以上俺たちにどうしろって言うんだよ?」


 ローガはそれ以上言い返せなくなった、だがラジャータはなおも続ける。


「問題があるなら手を貸そう。私は傭兵だ。報酬さえあれば仕事をとる」

「昨日も言っただろう? あんたに頼む仕事なんかないよ。そもそも払える報酬だってないしな」

「なら飯を食ったらすぐに出ていく。それでいいだろう?」

「本当は今すぐ出て行ってもらいたいくらいなんだがな、まあいいだろう、客は客だ。食ったらさっさと出て行けよ」


 お互い納得はいっていなかったが、とりあえず話はついた。

 店主は深く溜息をついてから無愛想に厨房へと戻っていった。


「あんた一体何をしでかしたんだ?」


 ローガがラジャータに聞いた。


「何もしちゃいないよ。お前こそ、だから軍服を着るのはやめておけと言ったんだ。ここいらじゃ厄介事しか招かん」

「ああ、すまない。そうみたいだな、次は気をつけるよ」

「とりあえず、ご飯を食べたら宿に戻りましょうか、あんまり長居するのはよくないみたいですしね」


 一行は食事をきれいに平らげると、さっさと勘定を済ませて店を後にした。

 店を出る頃には日も陰り始めており、赤々と空が染まっている。  

 三人はそんな中宿に向けて歩いていたのだが、その時突然後ろから何者かに声を掛けられた。


「あの! すみません!」


 振り返って見ると、そこにいたのは十歳前後の小さなヒトの少女だった。短い黒髪の彼女はあまりいい身なりとは言えず、弱々しい顔で三人を見上げている。


「あの、お仕事をお願いしたいんです! 話を聞いてもらえませんか?!」

「仕事? そりゃどう言う意味だ?」


 ローガは周囲をきょろきょろと確認しながら聞き返した。少女はかなり焦っているようで、必死に三人の目を見つめている。


「お前、店に入る前からいただろう」


 ラジャータも問いかけた。彼女は実は、この少女が店に入る前から様子を伺っており、店に入ってからも外から自分達の様子を眺めている事に気付いていたのだ。


「店に入る前からって、じゃあこのガキは俺達をつけてたってのか?」

「……は、はい、ごめんなさい。そんなつもりじゃ無かったんですが、でもどうしても話を聞いてもらいたくて……」


 少女はまずい事をしたとしおらしくなったが、その様子からして後をつけていたとは言え、悪意や敵意があったわけでは無いと察しがつく。


「まあいいだろう、話してみろ」

「わ、私はイーシャ。イーシャ・ラグパダルサと言います。あの、貴方は白き羅刹セトラークシャシーと呼ばれるお方ですよね? 貴方ならきっと話を聞いてもらえると思って、それで声をかけたんです!」


 イーシャと名乗った少女は白髪のラジャータを見据えてそう言った。


「いかにも、私はセトラークシャシーと呼ばれている。仕事の依頼だと言うなら断る理由はない。報酬次第ではあるがな」

「本当ですか?!」


 ラジャータの返事を聞き、パァッと少女の顔が明るくなった。


「この村のみんなは全然相手にしてくれなくて、それできっと村の外の人間なら話を聞いてくれるだろうって思ったんです。それにこの依頼はラクシャシー様にしか頼めないものだとも思ったので……」

「いいだろう。とりあえずここではまずい、ひとまず私の宿に来い。話を聞いて、その上で依頼を受けるかどうかは判断する」

「あ、ありがとうございます!」


 ラジャータはイーシャの返事も待たずに歩き出し、ほかの二人とイーシャも慌ててその後を追いかけた。

 これは先程までの村民の様子からして、あまり外で堂々としていい話ではないだろうと配慮してのことだった。


 しかしローガとしては、こんな得体の知れない少女を宿へと連れ込むのには不安があった。ラジャータにとってはこういうきな臭い話は良くあることだったのだが、ローガは傭兵業をしていたわけじゃない。ラジャータに顔を近づけ耳打ちをしてみた。


「なあおいラジャータ、こんなガキを連れて行って大丈夫なのか? 村の奴らが相手にしてないってんなら用心した方がいいんじゃないのか?」

「心配するな、こんなのはよくあることだ。わざわざ私を見込んだとあらば厄介なことになるのは間違いない。いつもの事だ」

「そうは言ってもだな、厄介事になるって分かってるなら話を聞く必要もないだろう?」

「他に当たる宛があるなら私のところには来ない。厄介事で私は飯を食ってるんだ」

「はあ、どおりで厄災の魔女だとか不名誉な名前で呼ばれるわけだぜ」

「気に食わんなら他人のふりでもしていろ。お前達もわざわざ厄介事に首を突っ込むいわれは無いだろう」

「いや、そりゃそうなんだがな……」


 ローガはこりゃ面倒なことになってきたぞ、と不満が顔に出ていたが、皮肉を言われてもラジャータは相変わらず顔色一つ変えていない。

 ローガとしては思うところがあるものの、ひとまず一行は宿へと戻った。

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