襲撃

 ローガ達の周りを行きかう下級の兵卒達は、各々銃の動作を確かめていた。

 更には将校達が皆に怒号を飛ばして回り、すぐ近くのトーチカでは水冷式の重機関銃に鎖のような弾帯が繋がれようとしている。


 ローガ達は他の者たちと同じように準備を進めながら、塹壕の壁に張り付いて敵の襲撃を待った。

 ローガの横では、ガラタが潜望鏡で敵陣の様子を虎視眈々と伺っている。


「様子はどうだ?」とカプタナがガラタに問いかけると「まだ動きはない、鉄条網もぐちゃぐちゃだが生きてるな」と潜望鏡を覗いたままガラタが答える。

 カプタナはそれを聞いて新兵二人の方に振り返った。


「いいかお前ら! こっちの損害はそれほど大きくない! 上手くやれば銃撃だけで押し返せる! 当てろとは言わんからせめて弾除けくらいにはなってくれよ!」


 経験のない二人など、生き残る事を期待されてはいない。銃身を握る手にぐっと力が入った。


「奴らに攻め込まれたら白兵戦になる! 塹壕まで入られたらスコップを使え! 敵と格闘戦になったら塹壕内で銃剣は扱いにくいからな」


 カプタナのその説明に、今度はマヘンドラが続けざまに補足を入れてくれた。


「狭い塹壕じゃあ長い銃剣は取り回しが悪いんだ。おまけに刺すと抜きづらいから反撃に遭う、スコップで首の付け根を狙うといい」


 マヘンドラは自分のスコップを取り出して二人に見せた。彼のスコップは側面が研いであり、斧のように切りつけられるよう改造されていた。


「もし銃剣を使うなら腹を狙え、胸に刺すと肋骨に挟まって抜けなくなる」


 マヘンドラが教えてくれたことは、二人にとって訓練学校で教わった事とはまるで違かった。スコップを戦闘で使うなど考えても見なかったのだ。だがこの戦場では今まで教わった事などまるで役に立たないのだと理解するには、これまでの出来事で充分すぎた。


 二人は他にも色々とこの地獄の渦中で生き残る術を聞きたかったが、この鬼気迫る状況で質問を考えるほどの余裕はない。加えて「奴ら動き出したぞ!」とガラタが潜望鏡を覗きながら伝えたので、質問の時間はあえなく奪われてしまった。

 それと時を同じくして、今度は士官服に身を包んだ将校が歩いてきた。


「全員射撃用意! 配置につけ!」


 将校はそう叫ぶ。

 それを聞くと、ローガとシンカの周りの兵士達は言われるまでもないとばかりに、塹壕のへりから銃身を突き出し射撃体勢に入る。

 トーチカの機関銃も撃鉄を起こして乾いた金属音が鳴り、射撃の体制に入った。

 いよいよだ。新兵の二人も見よう見まねで銃を構え、塹壕のその先へとその銃口を向けた。


 ムカデの足のように整然と並べられた銃口の先には、砲撃に地面をえぐられ、月面のごとく耕された大地が広がっている。

 草一つない不毛の土地には、吹き飛ばされてぐちゃぐちゃになってなお、その役目を果たそうとあり続ける無数の鉄条網が風に揺らめいていた。


 しかしローガとシンカの目には、己のライフルとただただ破壊の限りを尽くした大地が見えるだけで、敵の姿などどこにも見えない。

 きっと敵なんかどこにも居なくて、全部間違いだったのだ。とさっきの将校がまた号令をかけなおしてくれるんじゃないかと二人が期待したくなるほどだ。


 だが、奴らは確かにそこにいる。目に見えずとも、人間に残された野生の嗅覚とでも言うべき感覚が、視界の先に迫る確かな脅威を知らせてくれていた。


 そして塹壕の張り詰めた緊張感は、幾ばくかの静寂を兵士達にもたらす。実際には物音などいくらでも鳴っているのだが、極度の緊張状態に陥ったローガの耳には、遮眼帯をつけた馬のように、中間地帯の先の音以外聞こえなくなっていた。


 感覚は鈍感に、あるいは鋭敏になり、立ちこめる悪臭は消え、頬を伝う汗の冷たさが一大事のように神経を刺激する。


 やがて、目が乾くのもお構いなしに見つめていた中間地帯のその向こう側で、


 ビィーーー!!


 と小さくホイッスルの音が鳴り響いた。

 そしてそれに呼応するように、無数の雄たけびが後に続いたかと思うと、不毛の台地から死をもいとわぬ戦士たちが一人二人と這い上がり、瞬く間にその人影が地平線を埋め尽くすまでになった。

 その人影はなおも雄たけびを上げながら、地鳴りのように足音を響かせて着々とローガ達のいる場所へと迫っている。いよいよ敵の攻勢が始まったのだ。

 ローガはその影を照準器の先に捉え、引き金にかける指に力を入れようとする。


 しかしその時カプタナが怒鳴った。


「まだ撃つな! 命令を待て、充分敵を引き付けろ!」


 ローガはビクっとして指を離し、ずっと息を止めていた後のように気が抜けた。だがそうして気を抜いている暇などない。ローガは直ぐに銃を構えなおして、照門と照星の結ぶ先に黒々とした敵の一団を捉えなおす。

 すると、突然目の前に巨大な土煙が上がった。

 そう思った直後には、爆音と共に空気の振動がローガの全身を襲う。

 そして間髪を入れずに四方八方でも土煙が上がり、人間の身体が人形のようにはじけ飛ぶ光景がローガの目に映った。


 これは直接照準による味方の砲撃である。空中で炸裂した榴散弾は無数の弾子をまき散らし、押し寄せる戦士たちを引き裂いていった。

 それでも敵兵の勢いは衰える事を知らない。先頭の兵士が倒れたかと思えば、その後ろから次の兵士が入れ替わり立ち代わり現れ、土煙の煙幕の中から湧き出るように押し寄せてくるのだ。

 その人影は次第に大きくなり、それと共に自分たちを葬り去らんとする野獣の咆哮もより大きく、よりはっきりとローガ達の耳を襲った。


 そして、その津波が中間地帯を三分の一程駆け抜けた頃、いよいよ「撃て!」と号令がかかり、ローガも今度こそ引き金を引き絞ってライフルを放った。


 同時に周囲からも一斉にライフルが発射され、鼓膜を破らんばかりの発砲音が鳴り響き、跳ね上がった銃口からは白い硝煙が立ち昇った。

 ローガの撃った銃弾が敵に当たったかは分からない。反動で敵の姿が一瞬視界から外れる上、硝煙で視界も悪いし、そもそも水面下に見える小魚の群れにモリを投げるようなものだ。命中したかどうか判別のしようがない。

 ローガは訓練で染みついたルーティーンをそのままに、ボルトを引いて薬莢をはじき出し、次の弾丸を装填する。そのまま再び敵の一団に照準を合わせて、間髪入れずに次弾を発砲した。

 銃弾はどこかへと飛んでいき、また同じように次の弾を撃ちだす……。


 ローガはきちんと狙いを定めてはいたが、狙うと言っても向かってくる敵の集団その全てが一つの生物のようにうごめいているので、誰か特定の兵士を狙うというよりは敵かそれ以外かという区別しかついていない。

 おまけにこうして敵を撃つことだけに精一杯で、身体に染みついたルーティーンを繰り返す作業のようになっていた。

 ローガには人を殺すという感覚も、手柄を立てるという感覚も、もうどこにもなかった。

 しかしローガ達の健闘も虚しく、津波のように押し寄せる怪物は着々と目前に迫り、張り巡らされた鉄条網の前まで差し迫っている。その距離はもはや目と鼻の先、敵兵の先頭集団とは十メートル程まで縮められていた。


 その時「手榴弾だ!」と誰かの怒号が聞こえた。


 ローガがその声に気が付いた時には、彼の背中をバットで思い切り殴られたような感覚が襲い、塹壕の壁に激しく胸を打ち付けられてしまった。そして成す術もなくその衝撃のままローガは地面に倒れ込む。

 敵の投げた手榴弾をまともに食らったのだ。


 ローガはぐっと目を閉じて激痛に耐える。あまりに突然の出来事に声も上げられない。ローガの耳は爆音にやられて聴覚を失い、キーンという耳鳴りと、なんだかよく分らない反響音が響いていた。

 ローガはこうしちゃいられない、と急いで目を開けて辺りの様子を確認しようとしたのだが、視界がぼやけてぐるぐると回りよく見えない。爆発の衝撃はローガの三半規管をもおおいに狂わせていたのだ。

 それでも、どうにか立ち上がり復帰しようとしていると、段々と視覚も聴覚も正常に戻ってきて、辺りの様子がようやく伺えるようになってきた。

 塹壕の中には、他にも爆風にやられた兵士が倒れており、うめき声をあげながらもがいている。だが無事だった者は周囲のことなどお構いなしに射撃を続けていた。

 そしてローガの目の前では、シンカが血の吹きだす左目を押えて呻いているのが見えた。


「あぁ! 目が!」


 ローガは急いでシンカの元に歩み寄った。左目を押える彼の手をどけて、傷口の様子を確認してみると、確かに怪我をしており多量の出血がみられる。しかし血や泥でぐちゃぐちゃで何が何やら判別がつかない状態だ。

 とにもかくにも止血をしなければならないので、ローガはシンカの腰のポーチから包帯を取り出し、ヘルメットをとってから左目を押えるように包帯を巻きつけていった。


「大丈夫だ! まだ生きてる! ちょっとかすっただけだ!」


 確かに生きてはいるのだが、現代人の感覚からすれば包帯を巻くだけなど応急処置とも呼べない。だが一般兵卒の彼らには包帯程度しか支給されておらず、後方へ搬送しない限りそれ以外にはできる事などなかった。

 ローガが手当てを進めていると、後ろからガラタに声をかけられた。


「おい新兵! まだ戦えるか?!」


 シンカは包帯を巻いたばかりの頭にヘルメットを被り直し「当たり前だぁ! まだ戦える!」と勇んで見せた。


 だが実際のところ血が止まったわけではないし、この状態で戦うべきではない。それでも銃を握って撃つことができるのなら、戦う事が生き残る為の一番の方法だったのだ。

 ローガとシンカの二人が戦えると分かると、ガラタは二人に指示を与える。


「トーチカの兵士がやられた! お前たち機銃は扱えるか?!」


 見るとさっきまで機銃を掃射していたトーチカに死体が転がっており、使用者を失った機関銃がメラメラと湯気を立ち昇らせていた。


「ああ使える!」


 ローガは迷わず答えた。シンカも苦悶の表情を浮かべながら、頷いて見せた。


「お前は目をやられてるから装填手をやれ! 射手はお前がやるんだ! 私は横で指揮と露払いをしてやる」


 三人は急いでトーチカへと入り射撃準備に取り掛かった。ガラタが土嚢の隙間に作られた小窓から銃を突き出して援護している間に、ローガは死体をどけて機関銃の操作に取り掛かった。

 機関部を開いて空の弾帯を捨て、そこへシンカが用意した新しい弾帯をはめ込み、機関部を閉じて撃鉄を起こす。

 訓練通りの手順をこなして、すぐに射撃準備は整った。


「よし撃てるぞ!」

「一番手前の奴らを狙え! 鉄条網を突破させるな!」


 ローガは鉄条網を破ろうとする敵の一群へ大雑把に照準を合わせて、射撃を開始した。

 強烈な射撃音と共に弾帯が踊り狂い、衝撃が全身に伝わる。敵は鉄条網に阻まれて横に並んでいるので、左から右へ、右から左へ、まるでドミノを倒すように斉射していった。

 前にも後ろにも逃げ場のない敵兵達はあっさりとその銃弾の餌食になって倒れ、あるものは泥にその身を沈め、あるものは鉄条網に引っかかり息絶えていく。

 だが、けたたましい銃声と発火炎に阻まれ、死にゆく者たちの断末魔の叫びも、その散り様も、ローガにははっきりと認識できなかった。ローガにとってはそれこそドミノを倒すようなもので、立っていたものが倒れるというだけの無機質さしか感じられないでいた。

 しかし、そうしてローガが死体の山を積み上げて、大地を血に染め上げようとも、敵の侵攻は止まらない。ローガが弾帯を撃ち切、再び次の弾帯を装填して射撃準備が整う頃には、もう既に先程と同じだけの敵兵が目前に迫っていた。

 ローガは再び引き金を引いてそれを掃討していったが、運悪く途中で弾詰まりを起こしてしまう。


「おいどうした?!」

「くそっ! ジャムった!」


 ローガは慌てて撃鉄をガチャガチャと前後させ、強引に詰まった薬莢を引っ張り出して機関部を開いた。


「早くしろ! もうそこまで来てるぞ!」


 直ぐ近くを銃弾が何度もかすめる中、横ではガラタが露払いをしてシンカも応戦している。

 それでも敵はこの機を逃すまいと強引に前進し着々と距離が縮まっていた。


「よし直ったぞ!」


 ローガはそう叫び、再度撃鉄を起こして目前の敵に照準を合わせた。だが先頭に立つ兵士は、手榴弾を片手に捨て身の突進を敢行しようとしている。


 ローガが迷わずその男の腹部をぐちゃぐちゃに引き裂き。たちまち彼は地面に倒れ込んだが、運悪く手榴弾は慣性の力でそのままトーチカの目の前に転がってしまった。


「手榴弾!」


 ローガは大声で警告を発し、大急ぎで後ろに飛びのいて地面に伏せた。

 他の二人も目視で確認ができていたので、同じように地面に突っ伏す。

 直後、爆発音と共に土嚢が宙を舞い、大量の土砂が三人の背に覆いかぶさる。

 激しい衝撃はローガの全身を襲い、再びキーンという耳鳴りと共に周囲の音が聞こえなくなった。


 ローガはどうにか土砂の中から這い出し、定まらない焦点で辺りを確認したのだが、さっきまでのトーチカは跡形もなく吹き飛ばされ、シンカとガラタも半分生き埋めになっていた。それでも二人とも奇跡的に無傷で生きているようで、ローガと同じように土砂の中から這い出した。


「立て直せ! 奴らなだれ込んでくるぞ!」


 ガラタがそう叫び、ローガが返事をするよりも先に棍棒を振りかぶった兵士が塹壕の中に飛び込んできた。

 ガラタはそれを一瞬で察知すると、身をひるがえして振り下された棍棒をかわす。そして腰からナイフを取り出して敵の喉元に突き立てた。

 ガラタの手があっという間に血に染まり、そのまま蹴り飛ばされた敵兵は地面に転がる。


 塹壕の中では既にあちこちで敵が飛び込んできており、そこかしこで白兵戦が繰り広げられていた。

 まだ焦点の定まり切らないローガは、どうにか応戦しようとしたのだが武器がない。さっきの爆発でローガの小銃はどこかへ吹き飛ばされていた。

 丸腰のローガの前にまた別の兵士が飛び込んでくる。兵士がスコップを振りかぶって向かって来るので、ローガは身をかがめて男の腹にしがみつき、突進の勢いそのままに後ろへ投げ飛ばした。

 相手が地面を転がり一瞬できた隙に、ローガは辺りにあった一メートル程の長さの木片を拾い上げ、それで思いっきり敵兵を殴りつけた。


 起き上がろうとしていた兵士は衝撃で再び地面に打ち付けられ、叫び声をあげる。ローガは間髪入れずに何度も何度もその胴体を殴りつけた。

 哀れな敵兵は、木片を振り下ろすたび恐怖に怯え、木片が肉を抉るたびに激痛に苦悶の表情でローガを見つめてくる。


 俺が一体何をしたっていうんだ? 


 ローガはその顔を見てだんだんと腹立たしくなってきた。

 ローガは憎たらしい顔面へと的を変え、ひたすら殴り続けてぐちゃぐちゃにし、最後に折れて鋭くなった木片の先を敵兵の首に突き立てて殺した。

 

 これがローガにとって初めての殺人だった。少なくとも、彼が確認できる範囲では。


 ローガの手は血に染まり、木片が肉に食い込む感触が反響のように残り続けた。

 しかし感傷に浸る暇はない、まだまだ敵は押し寄せてくる。ローガは今殺した男からスコップを奪い取り、シンカと取っ組み合ってる敵兵に狙いを定めて、その男の背後からわき腹に強烈な一撃を見舞わせた。


 軍服も肉も引き裂いてスコップは内臓を抉り、敵兵がよろめいたのを見計らって今度は肩口にスコップを振り下す。

 敵兵の鎖骨は引き裂かれ、動脈を突き破って深く食い込んだ。瞬く間に血が溢れだし、敵兵は叫び声を上げる。

 だが哀れなこの男は、血反吐を吐きながら尚も反撃をしようとしていた。

 復讐心を湛えた涙でローガを睨み、血まみれのスコップを掴み返してきたのだ。

 その殺意はスコップの柄を通してローガにも伝わり、ローガは身の毛のよだつのを感じて急に恐ろしくなった。

 ローガは忌々しい虫を払いのけるように、急いで蹴り飛ばしてスコップを引き抜いた。


「お前ら撤退だ! 撤退!」


 カプタナが叫び、三人を呼んでいる。もうこの塹壕線は陥落した。辺りの兵士達も撤退の準備を始めているようだ。

 ローガはさっきまで取っ組みあっていたシンカに駆け寄り「大丈夫か?」と声をかけてやった。


 「ああ、大丈夫だ……」


 とシンカは答えるが、よろめいていて万全の態勢でないのは明らかだった。ローガは彼に肩を貸してやる。


「この塹壕はもう捨てる、急いで後ろの第二塹壕まで戻るぞ!」


 ガラタも二人に指示を出し、彼女の先導のもと後ろの塹壕まで戻ることになった。

 直線距離なら塹壕を這い出してまっすぐ後ろへ行った方が早いのだが、そうすると敵に無防備な背中を晒すことになってしまう。ローガ達の分隊は周囲の敵をさばきながら一旦集合して、戦線と垂直に交差する連絡塹壕から後退することになった。


 カプタナとガラタが先導し、カマルがしんがりを務めるなか、ローガはシンカを担いで後退する。

 そうして歩く塹壕は、そこらじゅう死体だらけで、最初はこれを避けながら歩こうとしていたのだが、二人三脚では歩きづらい。背後から敵が迫っていることもあって、結局お構いなしに踏みつけて歩いていくしかなかった。

 それでもどうにか敵の攻撃をかいくぐり、ローガ達は曲がりくねった連絡塹壕を通って後ろの第二塹壕まで到達できた。


 生き残った者たちが命からがら到着すると、さっきまで歩いていた連絡塹壕は砲撃音に混じって爆音を上げ、ダイナマイトで発破されて通れなくされてしまう。


「あーあー、後でまた掘りなおすんだぜ……」


 プラカシュが小言を言った。敵にこの塹壕を使われて攻め込まれない為には、破壊する必要があるのだが、当然第一塹壕を奪い返せばまた直さなければならない。あの爆破のおかげで仕事が増えるのだ。


 だがひとまず敵がすぐに攻め込んでくる心配は無くなった。もし敵がこの第二塹壕線まで攻め込もうというなら、射線の通る地上部分をまた五十メートルほど走り抜けなければならない。

 敵方は先ほどの戦闘でかなり戦力を削がれているし、生き残った者たちもかなり疲弊している。彼らにはもはや二つ目の塹壕に攻め入る体力は残されてはいないのだ。


 ひとまず戦闘は終わった。こうして第二塹壕の壁に隠れて身を潜めていれば、敵に殺される心配はさしてない。ローガは担いでいたシンカをその辺の壁に寄りかからせ、崩れ落ちるように自らも座り込む。


 重い荷物を下したように全身から力が抜け、もはや手を挙げる事すら億劫なほどだ。まるで全身が米袋のように重く、動かそうものなら端から破れて中身がこぼれ落ちそうにすら感じられた。

 更には爆風に打ち付けられた体のあちこちが痛みだし、少しでも身体を動かしたり何かに触れることがあれば、途端に鈍い激痛がローガの全身を襲った。


 ガキの頃にやった喧嘩でも、これほど負担がかかったことはない。もう何もする気も起きなかった。勝ったのか負けたのか分からないが、もはやそんな事はどうでもよい、とにかく自分一人がこうして生き延びた事を実感するだけで精一杯だった。


 ローガとシンカは満身創痍となり、そうして何をするでもなくへたり込んでいたのだが、周りの兵士達は尚も忙しなく動き回っている。

 とはいっても三分の一くらいは苦痛に悶えたり、泣き叫んでいたり、あるいはそういった負傷者を移送しようという衛生兵達なので、五体満足のものばかりではない。それでも、まだ元気のあるやつもいるようで、彼らはこの第二塹壕にいた者や、更に後方から駆り出されて来た者たちだった。

 ついでに言えば、そういう兵士たちの数は次第に増えているようで、次の戦闘に向けての準備を進めているようである。

 ローガ達の仲間も同じで、ガラタは塹壕から顔を出して相手の様子を伺っているし、プラカシュとカマルは泥だらけになった小銃からその泥を払い落として次の戦闘に備え、カプタナとマヘンドラはどこからか弾薬箱を持ってきている。

 そしてカプタナがローガとシンカの前まで来ると、手元の弾薬箱から手榴弾を取り出し、それを二人の前に突き出した。


「おい新人。まだ終わっちゃいないぞ」

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