受容
「来い!」
立ち上がったローガは大声でルーウェンを怒鳴りつると、彼女の腕を強引に掴んで自分の寝室まで引っ張って行った。
「ま、待ってください……! 何するんですか……!」
驚いて抵抗しようとしたルーウェンだったが、ローガはお構いなしにベッドまで彼女を引きずり、投げ飛ばすようにその身体を押し倒しす。
ルーウェンはか細い悲鳴を上げてベッドに横たわり、ローガはすかさず彼女に覆いかぶさって両方の手首を抑えつけた。
「いや! どうして、急にこんな……!」
「お前は俺の奴隷になりたいんだろ?! そう言ったよな! なあ?! 奴隷なら主人を慰めるのも仕事だろ!」
「そ、そんな! いきなりそんなこと言われても!」
「慰める」というローガの言葉が何を意味するかは幼いルーウェンにも理解できた。
ルーウェンは涙目で頬を赤らめ、必死に抵抗を試みた幼い。だが少女の身体ではびくともしない。
「見捨ててほしくないんだろ?! だったら身体くらい捧げてみろよ!」
ローガは強引にルーウェンの服をはがしていく。
「いや! やめてください!」
ルーウェンの叫びもむなしく、ローガは彼女の着るクルタ(ワンピースに近い民族衣装)を引っぺがし、彼女の白い柔肌が露わになった。
「いや! お願い! いや!」
下着だけになったルーウェンは涙を流して抵抗した。しかしローガは手を緩めない。ルーウェンの膨らみかけた乳房に手をあてがい、もう一方の手で彼女のショーツを下ろしにかかる。
「……許して……ごめんなさい……お願い」
ルーウェンは涙に顔を歪めて許しを乞ったが、もはや抵抗は無駄だとも悟り手足からは力を抜いた。
今まで必死に抵抗していたルーウェンが力を抜いたことで、ローガはその時やっと自分が何をしているか気が付いた。ローガはっとして、ルーウェンから手を放してベッドから後ずさる。
「すまない、許してくれすまない……」
ローガは自らの行いを省みて一気に冷や汗が溢れだした。おぼつかない足取りそのままに、壁へ背をついて弱々しくローガは崩れ落ちる。
ルーウェンも涙目になって嗚咽を上げながら、解放された乳房を隠して後ずさった。
「ゆ、許してくれ……許してくれルーウェン。そんなつもりじゃ無かったんだ……」
ローガは震えた声で必死に弁解したが、ルーウェンも涙と恐怖をこらえるので必死で、攻め立てることも許しを与えることもできないでしまっている。
「俺はとんだクソ野郎だ……これじゃあの親父と何にも変わりやしないじゃないか……」
ローガは壁際に座り込み、頭を抱えた。
「すまないルーウェン、俺はやっぱりクソ野郎なんだ。おかしくなったのは街の奴らなんかじゃない。あいつらは昔と何も変わっちゃいないんだ。イかれてるのは俺で、俺はあの戦争でイかれたケダモノに成り下がったんだ」
まだ落ち着きを取り戻せないルーウェンは、未だしゃくり上げて泣きながら、ローガを見下ろし続けている。ローガはそんなルーウェンを見つめながら尚も続けた。
「俺はイかれてるんだ……。自分で自分のこともよく分かりゃしない。全部にモヤがかかったみたいで、記憶も曖昧で訳が分からないんだよ! 俺はな、毎日毎日同じ夢を見るんだ! 柳色の霧の中で、意味の分からない恰好で歩く夢だ! 俺はそんな場所知らないし、そこにいた覚えも無いのに、とにかく気分の悪いその夢ばっかり見せられるんだ! まったく意味が分からない! あの夢は何なんだよ! どうしてそんなに俺を苦しめるんだ! あの頃の仲間たちもそうだ。あいつらもう死んだってのに、まだ俺を責めるんだ! あいつら、砲弾で吹き飛ばされて、血まみれになって、もう誰だか分からないくらいぐちゃぐちゃになって、それで死んでいくところを何度も何度も俺に見せてくるんだよ! 俺はあいつらを家族みたいに思ってたんだ。なのにどうして俺を許してくれないんだ!どうして俺を苦しめやがるんだ! もうたくさんなんだよ!」
気が付けば、ローガの目にも涙が浮かべられていた。ローガは街へ戻って以来溜め込んできたものを全て吐き出そうとしていたのだ。
彼の心に引っかかったその全てを。
「俺はもうたくさんなんだ。もう充分なんだよ! だから頼む、俺を一人にしてくれ。俺なんか放ってどこへとも行ってくれよ! 俺みたいな死に損ないのクズになんて関わるな!」
ローガは叱られた子供のようにうずくまったまま、それ以上語らなかった。
しばらく沈黙が続いてから、やっと落ち着いてきたルーウェンは、恐る恐るローガに言葉をかけてみせる。
「……ごめんなさい。私やっぱりローガ様のことよく分かってなかったみたいです。……ローガ様は、もう死ぬ気なんですね……」
「……分からない。でももうそれでいいんだ。もう生きるのには疲れた……」
ローガの力ない言葉に、ルーウェンは不思議と怒りを覚えた。
この男は自分を襲っておきながら今更死にたいなどとぬかしているのか? 散々醜態を晒しておきながら都合が悪いからおさらばするだと? まったくふざけている。
そんな思いがこみ上げ、ルーウェンは体勢を変えて少し前のめりになり、さっきまでの恐怖が嘘のようにローガを捲し立てた。
「ローガ様は無責任です! 最低です! 辛いのはローガ様だけじゃないんですよ?! 私だってお父さんとお母さんを殺されたんです! この街で散々ひどい目にあわされたんです! それでも私は生きたいんです! 何があったって生きて幸せになりたいんです! ローガ様はそうやって逃げてるだけです!」
「……両親が死んだからって何なんだよ……。俺は両親だけじゃない、目の前で何人も、何十人にも死なれたんだ。おまけに俺は孤独だ。俺のことを理解してくれる奴なんか一人もいないんだ」
「確かに、ローガ様に比べれば私なんてまだまだ生易しいのかもしれません。でも私だって孤独なんですよ? ローガ様が助けてくれなかったら誰も私を助けてくれなんかしないんです! 私は生きたくても生きられないんです!」
「お前のことなんか知らない。俺には関係ない。俺はもう何も失いたくないんだ。一人でいれば何も失わない。一人の方がずっと楽だ。だからこんな死に損ないのクソ野郎なんかに関わらないでくれ」
「やっぱり、私はローガ様のことが分からないです。どうして諦めちゃってるんですか? 本当はローガ様だって誰かと一緒に居たいし、死にたくなんかないんじゃないんですか?!」
「……今更もう遅いんだよ」
「ローガ様言ってましたよね? きっと出会い方が違ってれば、私たち友達になってたかもしれないって。本当は誰かを求めてるんじゃないですか? 友達が欲しいんじゃないんですか?」
「今更全部遅いんだよ。もう友達はみんな死んだんだ。生きてたって俺はずっと孤独なままなんだ。それともこんな死に損ないと友達になりたいとでもいうのかよ?」
ローガはルーウェンを見上げながら嘲るように少しニヤリとしてみせた。だがルーウェンは真剣に、しかし微笑みながらそれに答える。
「……私は。ローガ様とお友達になりたいです」
だがローガは、勇気を出して絞りだしたその言葉を鼻で笑った。
「冗談言うなよ、俺はお前を襲おうとしたんだぞ? こんなクズと友達になりたい奴がどこにいる?」
「ローガ様は、クソ野郎なんかじゃないです。ローガ様は私をお父様から庇ってくれました。殴られた私を気遣ってくれました。大事なお茶も飲ませてくれました。大事な首飾りも盗らないでくれました。さっきだって、結局私のこと襲わなかったじゃないですか? ローガ様は本当はいい人なんです! ただ、少し疲れてるだけなんです!」
ルーウェンの必死の訴えは、ローガにとっては責め苦でしかなかった。いい加減しびれを切らしたローガも強く言い返す。
「それがなんだっていうんだ! 俺は人殺しだ! もう何人殺したかも分からないんだぞ! 殺した奴らの顔を思い出すことすらできないんだ! もう俺の身体には、死の臭いが染みついて落ちないんだよ!」
「でもそうやって、殺したこと悔やんで、思い悩んでるじゃないですか! 誰だって清いままででは生きていられないんです。ローガ様言ってました、みんな穢れてるんだって、私だって穢れてるんだって。私だってローガ様と変わりは無いんです!」
「やめてくれ、もうたくさんだ!」
「きっと今からだって遅くないです。ローガ様の人生だって、今からやり直せるはずです!」
「嫌なんだ! もう嫌なんだよ! もう誰かを失うのは見たくないんだ! 頼むよ、俺を一人にしてくれよ!」
「いやです! ローガ様を一人になんかさせません!」
「どうしてだ! どうして俺なんかに、そんなに世話を焼こうとするんだよ!」
ルーウェンはまっすぐローガの瞳を見つめ、優しく微笑んで見せた。
「……だって、ローガ様は私にとって、たった一人のお友達ですから……」
その言葉は、今までまともに取り合おうとしなかったローガにもいささか響いた。おもわずローガはあっけにとられ、何も言い返すことができずにただルーウェンの碧い瞳にくぎ付けなる。
そしてルーウェンはその視線をただ受け入れ、優しい微笑みを投げかけ続けた。
「私はもう、ローガ様のことをお友達だと思ってるんです……」
ルーウェンは、彼の瞳を見つめ返したままゆっくりと立ち上がると、堂々と肌を隠すこともせずに、座り込んだローガの前まで歩み寄った。
「よせ、やめろ……」
ローガは尚もルーウェンの瞳にくぎ付けだ。彼女を止めようとはしたものの、もはや既に手遅れだった。
「私は、友達が苦しんでいるのを見るのは嫌です。苦しんでいる友達がいるなら助けてあげたいです」
ルーウェンはローガのすぐ目の前まで近寄ると目線を合わせるように膝をつき、至近距離でローガと相対する。
「だから私の身体なんかで立ち直ってくれるなら。……どうぞ、好きにしてください……」
ルーウェンはローガの背に両腕を回し、そっとその身を委ねた。
彼女の小さな顔がローガの肩に乗り、ローガの視界には漆喰の天井だけが映し出される。
ローガは抵抗しようとした。いや、そう思ってはいたが身体がうごかなかった。結局、ローガの身体にルーウェンの温かい柔肌が触れ、冷え切ったローガの身体はその温もりに包まれていった。
「シャンバラでも、どこへでも……一緒に行きましょう。きっと、きっとどこかに幸せはあるはずです。だから……」
ローガはただ優しく抱擁する彼女を突き放すことも、受け入れることもできなかった。
ただどうすることもできずに両腕を垂らして固まったまま、身を任せるしかできなかった。
そして気が付けば、ローガの瞳からはだらだらと涙が溢れだしていた。
「どうして……どうしてだよルーウェン……こんな俺なんかの為に……」
「いいんです。だって大事なお友達の為ですから」
ルーウェンはただローガを抱きしめ続けた。永遠のような、一瞬のような止まった時間が流れて。ルーウェンはただただ、涙を流すローガを抱きしめ続けた。
そうしてしばらくしてから、ローガは一つ深呼吸をした。そして、垂らしていた両腕を彼女の肩にあてがう。
「……ありがとう。大丈夫、もう大丈夫だ」
ローガは優しくルーウェンの肩を押して、そっと離れる様に促した。
「……やっぱり、だめですか?」
再びローガとルーウェンの視線が間近で交わる。ルーウェンは不安げにローガの瞳を覗き込んだが、彼女の憶測に反してローガは安心したように微笑んでいた。
「……いいや、あんたの勝ちだよ。まったく……年下の、それも自分の奴隷に諭されるなんてな」
「じ、じゃあ……」
「ああ、不本意だがな。そこまで言われちゃ俺もお前を見捨てられないよ」
「良かった……良かったです」
「なんだか、昔を思い出した。たぶんあの時のツケが回ってきたんだ」
「ツケ? ですか?」
「まあなんだ……俺も昔同じようなことをしたんだ。これが
「なんだか、よく分かりませんが……もう大丈夫ってことでいいんですよね?」
「まあ、一応はな。ありがとうルーウェン」
「はい! 良かったです!」
ローガは微笑みながらルーウェンの頭を撫で、ルーウェンもそれに応えるようにニコっと笑った。
「それからな……先に襲っておいて言うのもなんだが……その、お前の身体はもっといい男の為にとっておけ。友達なら、そんなに震えながら体を預けられたって手は出せないよ」
ルーウェンはローガのその言葉にハッとした。そして、今なおローガと密着していることが急に恥ずかしくなり、真っ赤になってローガから離れた。
「あ、そ、そのごめんなさい!」
ローガは、ルーウェンが彼に抱き着いたその時からずっと震えており、明らかに無理をしていることに気付いていたのだ。
ルーウェンは露わになっていた胸を隠して、いそいそと放り出された服に手を伸ばす。
「乱暴してすまなかった。許してくれ……ルーウェン」
「は、はい……大丈夫です……」
ルーウェンは急いで袖を通しながら答えた。
「だ、だから……なんだ、その。ルーウェンがいい男を見つけるまでは俺も面倒を見てやる」
ローガも少し照れたようにルーウェンに応えた。
「はい、ありがとうございます。でも、本当によかったです。元気出してくれたみたいで」
「ああ、ありがとう。元気が出たかは分からないが、とりあえず死ぬのはやめておく。……ていうか、お前まだそんな年じゃないだろ、そんなガキんちょの身体じゃ興奮しないって」
ローガは服を着終えたルーウェンの小さな背中を見て笑い、馬鹿にしたように言ってみせた。
「うぅ……ガキんちょじゃないですよ!」
ルーウェンは振り返ってぷっくりと頬をふくらませる。彼女の緊張もほぐれてきているようだ。
「はは、あと五年は必要だな。こんな気立てのいい娘ならきっといい男が見つかるさ」
「そ、そうでしょうか……」
ルーウェンそれを聞いてちょっともじもじとしていた。
「何はともあれ、これからどうしたもんかな……」
「そうですね、どうしましょうか……」
「そうだなぁ、結局この街に残るのも戦地に戻るのもごめんだからな……」
「どこかに、行く宛てはないんですか?」
「残念だがもう頼れる親族も友人もいないよ、行く当ては思いつかない。それこそ、本当にシャンバラでも探しに行くくらいしかないな」
「……いいですよ。私はローガ様の奴隷ですから。ローガ様がそう決めたのならシャンバラでもどこへでもお供します」
「ありがとう。どうせな、シャンバラなんてありゃしないのは俺も分かってる。それが無意味な現実逃避だとしても、きっとどこかに俺たちの居場所はあるかもしれない。少なくともここよりはマシなどこかがな。だからルーウェン、一緒にそれを探しに行こうか」
「はい!」
この二人の決断は、向こう見ずで、計画性もなく、現実味もありはしなかった。
そこら中で戦争をしている今、どこかで野たれ死ぬのがオチになるかもしれなかった。
もちろんそれを理解していないわけでも無かった。
それでも、今の二人にはそれ以外に道は無かったのかも知れない。
こうして孤独な若者達の、幸福と理想への逃避行は始まったのだ。
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