はい、前と同じく魔王様と薬草にお願いします。

「魔王様、ただいま!」

「はい、おかえり薬草」


「お荷物?! ソウタからお荷物ですね?!」

「ああ、来ているよ。はい、まずリュックを置いて、はい、落ち着いて」


「はい!」

「フフッ」


 学校から帰る道すがら、宝石の妖精達が教えに来てくれたんだ。

 人間の世界からオレ達のゲームの世界へ、持ち主のソウタから贈り物が届いてるって。


 ニョンッと右側の白い根っこを伸ばす、魔王城の大広間の隅っこに置いてくれた勉強机に、緑色のリュックをポン。

 左側の根っこは魔王様の肩の上に、ただの薬草姿のモチモチボディをポテリン。


 ほっぺたを思いっきりくっ付けてくれる魔王様、ムニョンと跳ね返して見付けた。


 多分、いや、絶対あれだ。テーブルの上にある大きな黒い箱!


「黒いです!」

「下は金色なんだよ」


「高級そう!」

「しかし今回も一筆添えてある。つまらない物ですが、と」


「変な習慣だけど、でも今なら分かる気がします。あの世界では一歩引いた感じで言わなきゃいけないんですよ、コンニチハみたいな普通の挨拶だと思って大丈夫です」

「なるほど。回りくどい世界だな」


「うふふ、面倒だけど優しい世界ですよ」

「そうだったね」


 嬉しいな。前はインスタント食品という、この世界の何から何まで全部ひっくり返す様な物を贈ってくれた。

 今はゲームに関係の無い土地に工場こうばが建って、誰でもカップのウドンやソバを買えるぐらい国民に普及してる。

 うむ、喜ばしい。うむ、エライヒト目線は背中がムズムズするな、まあいいや、今度は何かな?


「開けましょう! んん? 『進学祝い』とは?」

「薬草の学年が上がるからではないか? その祝いの品という事なのだろう」


「……嬉しい!」

「俺も嬉しいよ。ソウタは若いのに心遣いの出来る良い人間だな。薬草が懐いただけある」


 根っこで丁寧に剥がす、またこの白い紙も大事にとっておこう。筆で書いてくれてる文字も嬉しい。

 この箱も大事にしよう、オレのキレイな石コレクションを入れようかな。


 さて、開けよう。

 フタが黒、下の箱が金色か、なんかすごいぞ。


「『インカのめざめ』? 牧場直送発酵バター、昆布しょうゆ、自然塩、味噌、などなど。これは?」

「ジャガイモとバターか。なるほど、これは無塩バターという物らしい。薬草が少しでも食べられる様にだろう。調味料は俺や他の者達へ、かな」


「オレでも食べて良いバター? みんながパンに付けてる良い匂いのアレですよね?!」

「うん。油分で根が詰まらない程度に、少しだけだよ?」


「やった!」

「ふむ、では調理して来ようか」


「魔王様が?」

「ああ、やろう」


 そうだった、お料理出来るようになっちゃったんだっけ。

 金色の箱から『インカのめざめ』というジャガイモとバターを取り出す魔王様。本当に目覚めちゃってる、覚醒してる。

 銀色の髪に白い肌でお料理も出来る、背も高い。


 ……なんかズルい。その高い肩からクルリンポンと飛び降りながら薬草から妖精姿に変わる。

 そういえば白いワンピースを着せられてた、ヒトガタの背中に緑色の透けた四枚の羽、パタッと羽ばたきひとつ。


「オレも!」

「はいはい、一緒にやろうか」


 オレの方が体温が低い、植物だから。

 背も低い、妖精だから。

 パタパタ羽ばたきながら肩を並べる。魔王様がジャガイモを持ってオレがバターを溶けないように大事に持つ、これもきっとお手伝いだ、調理のお手伝いになるんだ。


「ミーナ、厨房を借りるよ?」

「どうぞ。今度は何でしょう?」


「ソウタから届いた。薬草でも食べられる物を作る」

「具体的に何を?」


「秘密だ」

「……」


 メイドのミーナさん、魔王様に何か囁いた。頷く魔王様、なんだ? 薬草姿のまま来れば良かった、根っこで振動さえ感じられたら聞こえたのにな。


「魔王様、ミーナさんから作り方を教えてもらったんですか?」

「いや、違うよ。ちゃんと片付けろと」


「そっか、はい」

「さて、まず火を使う。焼けてしまうから離れておきなさい?」


「あ、はい」

「フフッ、良い子には美味しい物を食べさせなくては」

 

 魔王様の術、空中に出した黒くて丸い結界の中で一瞬焼かれたジャガイモひとつ。

 結界を解いて、尖らせた黒いニョロニョロで六等分にスパッと切断、フワッと白いお皿に乗る。


 同時にバターを薄く一欠片ひとかけら、これも一瞬で……消えたように見えたけど違う、術で霧みたいにしてジャガイモに吸収されていった。

 それ、絶対美味しい気がする。


「とりあえず食べて待っていてくれるかな?」

「はい!」


 ニョロンと白いお皿とフォーク、黄色いキラキラした断面から湯気が立つジャガイモがオレの目の前に来た。

 両手で受け取って、出来上がった料理を置く調理台に乗せる。


 熱そう、妖精姿でも薬草だから熱い物を食べたら体の中から煮えちゃう。

 フォークを握り締めて、ゆっくり羽をパッタン、パッタン、フウフウしながら待つ……ちょっとずつなら大丈夫かな、うん。


「美味しい! これがバター!」

「そうだよ、よかったね。まったく、広間で座ってゆっくり食べれば良いものを。薬草、よく冷ますんだよ」


 はい、と良いお返事をして、もう一口。ちょっと熱いけど食べれる、食べたい。

 ジャガイモなのに甘いし、初めてのバターだし、もうこれだけでも大満足だ。

 すごいよソウタ、『インカのめざめ』は目覚めちゃうぐらい美味しいって事なんだね。次に電源が入ったら、すっごいお礼をしなくちゃだ。


 ふと見れば魔王様はお鍋も一瞬で沸かす、皮をむいたジャガイモとニンジン半分を放り込んで茹でてる。隣のお鍋はゆで玉子だ。

 何が出来るのかな。モグモグ、パッタンパッタンしておく。


 果物のカゴから林檎をひとつ、サッと洗ってサッと拭いて、あっという間に小さなサイコロみたいに細かくしてボウルの中へ。


 モクモク食べながら眺める、もうニョロニョロも使わないで全部術でやってるの、なんかズルい。お料理は手で……まあ美味しいからいいや、ホクホク、モグモグ。


 別のボウルには茹でたジャガイモとニンジン、もう林檎と同じ大きさになって黄色とオレンジのコロコロから湯気が立ってる。


 ジャガイモ、美味しいな。

 次の一口をフウフウしてる間に、魔王様は薄緑色のお皿に何か盛ってる。

 なんとなく一番大事な所を見逃した気がする。


「はいどうぞ」

「……ポテトサラダ! 食べても良いんですか?」


「マヨネーズも塩も使ってないから、どうぞ?」

「わーい」


 なんだこれ、これがポテトサラダ、美味しい。

 甘いジャガイモが甘いのに違う味、初めての美味しい味だ、なんでだ。


 オレは草だから塩を食べ過ぎたり海水に浸かると多分枯れちゃう。でもこのお口の中で遠くに感じる味は、海をちょこっと根っこで触った時のあの味、これは『しょっぱい』だ。


「魔王様、これは何の味?」

「何かは秘密、だけど薬草が食べても大丈夫な物だよ。みんなが食べてるポテトサラダに限りなく近い味だと思う」


「すごい、なんで秘密なんですか?」

「インキュバスが自分のレストラン用に考えていたのを聞いたんだ。その材料を俺が宝石の妖精達に探してもらっていた。だから企業秘密だな、インキュバスはまた商売に使うつもりなのだろう」


「……むう」

「フフッ、ご機嫌を直して下さいお姫様? はいどうぞ」


 出てきたのはピンク色のお皿、いつの間にもう一品?

 いや秘密とかズルい、オレに食べさせるのにオレが知らないとか、なんだそんなの、お姫様って呼んでくれたって、教えてもらうまで食べ物で釣られたりしないんだから、なにこのハート型? 黄色いハートのジャガイモ?


「……わあ美味しい! これは何ですか?! カリッて、モチモチッて!」

「うん、モチだよ。イモモチという物らしい。少しのバターで焼いてみた。塩や醤油をかけると勇者達にも喜ばれる気がする」


「初めて作ったんですか?」

「そうだよ。これはさっきの箱に同封されていた、ソウタの母上様からの……メモかな? 手紙では無いな? 急いで紛れさせたか、何か理由があるのだろう」


 魔王様から見せてもらった紙は確かにお手紙じゃないな、何かから千切ったメモだ。

 大きな文字で『イモモチ! byお母さん』と書いた下に、茹でたジャガイモ適量、片栗粉適量、潰して混ぜる、こねる、形を整えて焼くと、それだけが書いてある。

 byお母さん、この書き方は新しいな。


 というか逆にこれだけで出来てるのに、こんなに美味しいイモモチ、すごい。

 これならオレでも……あ。

 もしかしてオレ宛てじゃないのコレ? オレでも作れそうなレシピとして入れてくれたのかな? それを魔王様が先に見付けちゃったのかも。


 お母さんだったらそうかも知れない。後でお話できるかな。


「うふふ、魔王様もどうぞ」

「いいよ、薬草の為に作っ……ああもう、そういう顔をしないで? もらうよ」


「あーん」

「……はい」


「焼きジャガイモも」

「はい」


「ポテトサラダも」

「はいはい」


「ね?」

「うん、ありがとう。我ながら美味うまい、上手うまく出来た」


 ニコニコしてくれる魔王様。

 あーん、なんてしたから顔が近い。自分でやっておいて自分で照れてる、なかなか恥ずかしいな。

 これは食べよう、食べて誤魔化そう。


「ああそうだ、もう一品ある」

ぬんどふかなんですか?」


「食べてから喋るんだよ? 喉が詰まったら大変だ。この前、薬草の友達が沢山遊びに来た時にメイドが出していたオヤツだ」

ほやふおやつ?」


「まったくもう、ほら水も飲んでくれ」

「あい」


 皮のままのジャガイモをひとつ、魔王様が空中に浮かせる。

 なんか黒く光った、邪悪っぽい。

 光が消えたらジャガイモが薄切りにされてた、断罪って感じ。

 シュボッと黒い炎で焼かれた、火焙ひあぶりの刑だな。

 よし、『インカのめざめの火焙り刑、断罪された邪悪を添えて』だ、これをインキュバスさんにメニューとしてお話しようかな。そしたらポテトサラダの秘密を聞きやすい。


 作ってあげたい。オレはただの薬草だから、上に普通の薬草さんと素晴らしい薬草さんと苦い薬草さんがいる。みんなにも食べさせてあげたい。


 バターがまた薄く一片ひとひら、サラサラと粉になって満遍まんべんなく薄切りのジャガイモに付いた。


 あ、これはアレか。

 魔王様を見上げるとニコッとして新しいお皿に、今度は赤いお皿にザラザラと乗せてくれた。

 調理台にコトリと置きながら。


「ポテトチップスだな。あの時、薬草は蒸かしたジャガイモを食べていたかな。一生懸命でそれも可愛らしかったが、少し気になっていた」

「オレ、そんなに残念そうな顔してましたか?」


「とても」

「そんなに観察しないでください、えっと、あの、もう、は、とも、よび、えっと」


「そうやって慌てる姿もいとしい」

「そん……み」


「大体何を言いたいのかも分かるよ? 恥ずかしいです、友達を、呼びづらくなります、そんなに、見ないで下さい、かな?」

「……うう」


「フフッ、召し上がれ?」

「……はい」


 パリパリでボリボリだ。むっちゃくちゃ美味しい。

 よく人間がゲームをしながらガサガサ、パリボリ聞こえるのはポテトチップスの音、これだ。


「美味しいかな? ちゃんと味は付いているかい? よく噛むんだよ?」

「はい! ほんのりバター味!」


「良かった」

「ありがとございます!」


「さっきキチンと片付けろと言われたのは本当だよ。でもついでにこれを作れと頼まれたんだ。子供に流行りのオヤツを出してやろうとして、油で揚げるオヤツを用意してしまった事をミーナは気に掛けていたようだね。だから薄切りで高火力で焼いてくれと」

「オレ、そんなに分かりやすいですか?」


「とても。美味しい物が大好きで、俺の事が大好きだ。分かりやすくて良い」

「す」


「す? なんだ『す』は?」


 本当はオレ達に食べ物は必要無い、ゲームの中だから。食べなくても眠らなくても生死に関係ない。


 それを知っていてもソウタはこうやって贈り物をくれるし、魔王様はオレが美味しいと喜んでくれるし、メイドさん達は油や塩を使わないお料理を用意してくれるし、オレも作って食べさせてあげたい。


「『すみません』、違うのかい? 『す』?」

「うふふ」


 どうせ他にやる事も無いんじゃ、と食材を生み出し続けてくれる僧侶。この間は遂に謎の粉が出来たと新聞に載ってた。なんでも美味しくなる謎の粉らしい。


 ドラゴンのお肉が食べてみたいとレッドドラゴンさんと長い交渉を続ける勇者は、オレが紙に定着させてあげた回復の魔方陣を持ち歩いてる。気が向いた時に切り取らせて貰うらしい。


 魔法使いはインキュバスさんが作るお料理もお菓子もニコニコ食べる、オレと一緒だ。


 『す』で頭を抱える魔王様も毎日、オレが起きる前にちゃんと包丁と普通の火でお料理をして朝ご飯を作ってくれてるらしい。


 美味しい物、食べ物、お料理っていいな。

 なんか幸せだ、なんか楽しい。


「好きですよ」

「……その『す』?」


「えへへ」

「なんだ可愛いだけか、ただの可愛いか。目の前にいるのは天から舞い降りた天使だったか、何故そんなに愛らしく光り輝くのか!」


 面倒な魔王様になりそうだ、伸ばされた両腕からポテトチップスを抱えてパタパタ逃げておく。


 ミーナさんにも一枚あげよう、一緒に食べよう。その方が、きっとずっと美味しい。


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料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト

規定文字数2,000~15,000字

・思わずご飯が食べたくなるグルメ小説であること

・作中に料理が登場し、ご自身で考えた料理名が付いていること(例:「勇者のための疲労回復丼」「新感覚の令和版ナポリタン」「丸鶏のせ巨大白湯ラーメン」など)

・料理のテーマは問わないが、デザートや飲み物を除く「食事」であること

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あの時の薬草に贈り物を届けたいんですけど。 もと @motoguru_maya

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