第35話 ~旅~

僕は野良だ


好きに現る

好きに移る


今日も僕はあてもなく

ポテポテと歩いていた


寒くて狩りをする気も起きない

こんな時はカフェに行けば

温かいミルクを貰えるしね


かといってカフェに

ずっといても迷惑になる


暇を持て余した僕は

なんとなく駅に向かった


遠くて足も冷たいけど

何回も行けば慣れたものだ


住宅街を歩いていき

商店街を走り抜ける


やがてアスファルトの

無機質な駅前に出た


無機質なくせに

変に花壇が作られて

その周りには

ベンチが囲むように置いてある


そうそう


ここがメガネスーツさんと

一緒に休憩したところだね


メガネスーツさんが

通りかかるかもと思って

僕はベンチに丸くなって

人の波を眺めたよ


足早に急ぐ人々

ふざけ合う学生たち

手を繋ぐ恋人同士

疲れた顔でのろのろと歩く人


人間って色々だよなぁ~

猫もそうだけどさ

僕は僕のことしか解らないから

どう見ても他人事だけどさ


あくびをしながら

色々な人間たちを眺め

にゃーと呟いたみた僕


<でも、君も色々だよね>


え!? なに!?


いきなり横から猫の声がした


ベンチに丸くなる僕の横に

いつの間にか

見慣れない黒猫がいた


僕より少し青みがかった毛で

背を伸ばして凛と座っている


僕は慌てて座り直して

その猫の方に向き直った


あ、こんにちは!

いつの間に居たの?

僕、気づかなかったよ


<まぁ、今、来たところだから>


あ、あ、そうなんだ?

はじめまして!


<うん、はじめまして>

<でも無いんだけどね>


え? そ、そうだっけ?


<ぼくが君を知ってるだけ>


あ、そうなんだ?


<うん、そう>


そっかぁ…


僕の方は向かずに可愛げに

それでも凛としたその猫は

手をぺろぺろと舐めて

毛繕いをし始めた


僕も釣られて毛繕いをする

なんとなく身を正したくなったから


二匹で身綺麗になってから

僕はまた話しかけた


そうだ、君はここでなにしてるの?


<人間をね、眺めにきた>


おや、僕と一緒だね!

人間って大変そうに見えるから

他人事だけど、見ちゃうんだ!


<ぼくはただ見てるだけだけど>

<癖だから、面白いときもあるし>


そっかそっか!


<ぼくはさ>

<あてもなくどこにでもいる>


ん? どこにでもいる?


<そう、旅してるから>

<そうやって人間を眺めて>

<たまに食べ物をもらって>

<少しの居場所にして>

<また旅に出るの>


いいねいいね!

僕もそんなかんじでフラフラして

毎日すごしてる!


<ぼくたちの生き方>

<それぞれだよ>


そうだよね!


僕の方をチラリと横目で見ながらも

正面の人の波をじっと眺め続ける


そんな青みがかった黒猫に

僕は神秘的な何かを感じた


そういえばさっき、

僕に色々って言ったけど

どういう事?


<ぼくは君も見ているから>

<色々あったでしょう?>

<好きな人間、嫌いな人間>

<たくさんいるでしょう?>


あ…うん、確かにそうだね

僕は僕で好きに生きてるけど

やっぱりしがらみは…あるね


<そういうものだよ>

<人間も猫も、生き物は>


そっか、たしかにそうだ

僕は野良を貫きたいけど

やっぱり、少しは

愛着を持つものがあったり

避けたいこともあったり


<それが生きるって>

<そういう事じゃないか?>


そっかぁ…

難しいね


<なんにも難しくないよ>

<生きてればいいだけ>


そういうもの?


<そう>

<やりたいことをして>

<見たいものを見て>


簡単そうで難しいね…


<君はそうなりたいんじゃないの?>


そうだね、だから野良でさ

野良のままでいるの


<それがいいさ>


またペロペロと顔を毛繕い

青みがかった黒猫は立ち上がった


うーんと伸びをしてから

凛とした顔に戻ると

僕の方をチラリと向いた


<さて、そろそろぼくは行くよ>


え、もう行っちゃうの?


<うん、話せて良かった>


僕も!


僕が元気に返事をする

青みがかった黒猫は上を向いた


その頭上の何も無いところが

ぐにゃりと歪んで

切れ目の様に線が現れた


え? え? え?

な? え? なん? え?


僕が見たこともない光景に

目をまんまるにしていると

その猫はトンと軽くステップした


その中に目掛けて

飛び込んでいくようだ


ま、まってよ!大丈夫なの!?

あ!そうだ! 君はなんて名前!?

また会える気がするから!

ねえ!教えて!


その猫が切れ目に向かって

吸い込まれる瞬間

僕を振り向いて

ポツリと言った


<…ラト、だよ>


僕は黒猫だ


図太く、繊細に

影で生きてきてるけど

こんな不思議な光景は

本当に初めてで


それでも、僕はすんなりと

ラトと名乗る猫と話してる


不思議なことだって

広いこの世界にはあるんだろう


あの青みがかった黒猫は

広い世界に飛び込んで行くんだろう


僕はまだまだだけどね


僕も影ばかりじゃなくて

広い世界に飛び込んで


見に行ってみようかなぁ

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野良猫の独り言 哉子 @YAKO0919

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