Page:04 ある一つの盤上の駒
インタビュー記録――開始。
Q.名前を答えなさい。
「ワタシはナイです」
いつからそう名乗っていたかは最早定かではなかったが、ワタシは自身をそう呼び、定義していました。それが識別のための記号だとしても、個体名は立派な個性を与えてくれるものだと考えます。
Q.性別を答えなさい。
「女です」
物心ついた時からそうでした。記憶にある限り、途中で性転換、性器の切除や形成手術を行うこともありませんでした。性別について、これといった好感や嫌悪は持ち合わせていません。
Q.家族構成を答えなさい。
「母、姉、妹が1人ずついます」
母子家庭でしたが、父の遺した莫大な資産と著名な財閥の傘下に所属する大企業がありましたから、生活に苦労することはありませんでした。家族皆、不満なく幸福に暮らしていました。
Q.好きなことを答えなさい。
「かくれんぼが好きです」
幼い頃から、狭いところに隠れるのが好きだったことを記憶しています。お気に入りの場所は、母の寝室のクローゼットでした。そこにいる間だけは、母に包まれている思いだったのです。
Q.嫌いなことを答えなさい。
「……1人でいることです」
例えば、見つけてもらえないかくれんぼとか。
Q.あなたに欠かせないものを答えなさい。
「病気がちだったので、薬ですかね……え、あれ、ワタシ病気なんてしないのにおかしいですね、わ、ワタシわたしもう、もう死んでいて、だから薬は、く、くすり、くすりが、ないとワタシ」
おかしいんです。ワタシ。どこも悪くなんてないんです、なのに、薬がいるって、母はワタシに毎日注射器を、点滴、ワタシ、わ、ワタシどうしてどこも悪くない。もう病気をしない元気な体になったんですよ、本当ですよ。
Q.何をしているのですか。
「わ、ワタシ、わた、た、ワタシ私、どうして、生きて、ワタシ、ゾンビで。母が、ワタシをゾンビみたいなものだと、なの、に、どうしてワタシ今心臓が動いて体温があるんですか。お、おかしい、おかしいんです、修理しなくちゃ。どこか、おかしいところが、直さなきゃワタシいらなくなって、くすり、くすりはどこですか」
心臓を持たない、体温を持たない思考する無機物。そのはずなのにワタシの心臓が動いています。体温があります。その異常を許すわけにはいきません。早く修理をしなくてはいけません。開腹手術が必要です。すみません、メスを下さい。まずは心臓を、取り出さないと。それから、くすりが必要で、あの薬が、薬があればワタシはまた母の役に立てる娘に、姉妹の中で誰よりも役に立つ娘に、に、な、れるはずで、だから。
Q.やめなさい。
「――ぁ」
……。
彼女も失敗。女はバインダーにボールペンを留めると、血液と臓物にまみれた部屋を後にした。去り際に「ああ、そうだ。そこに転がってるワタシのお掃除、忘れないでね」と、清掃係に言いつけて。
記録係が部屋の写真を撮り、清掃員がモップで床を掃除する。撒き散らされた血液が、薄まって伸びていく。掃除の傍ら、清掃員が口を開いた。
「……なぁ。ナインさんって、何してる人なんだ? 研究者か何かだったりすんの?」
「そんな大層な娘子でもないさ。ナインは記憶を探しているのさ」
「記憶?」
「そう。あれは記憶喪失でね。自分のクローンを作っては質問して、答えの統計を取ったり、新しい情報を引き出そうとしているのだよ。尤も、あんまりいい環境で育ってこなかったのは明白だから、……こうなってしまうのも、仕方がないのだろうね」
「…………だからって、毎回こんな、腹を開いて何になるんだよ」
「それは、自分は腹を開いても死なないのだから、クローンもそれを常識と思ってるなら、自ら腹を開くだろうな」
「えっ」
清掃員が驚き、再び口を開こうとしたところで扉の開く音がして、ヒィッ、と情けない悲鳴が上がった。
「ちょっと。無駄口叩いてる暇があるならさっさと掃除してよ。次のインタビューの記録が取れないじゃない」
「ぅ、はい……」
「ほっほっほ。ナイン、忘れ物かい?」
「チッ。そうよ。レコーダーを忘れたの。アナタが記録用に持っていってしまう前に回収させてちょうだい」
「おや。持っていく時は堂々と持っていくさ。心配しないでおくれ」
「まず持っていかないでちょうだい」
部屋から出た女は、溜め息を吐きながらレコーダーを見た。まだ電源が入っており、録音が続いている。女はマイクに向かって発声する。
「個体番号#88942731 名前、性別、家族構成、好き嫌い、自身がゾンビであるという認識の一致を確認、また自ら開腹し臓器を取り出そうとする行動も共通している。また、当個体は一度も投与してないにも関わらず薬物依存の傾向が見られた。今後も統計を続ける。記録者、ナイン=マイト=メヒティルト」
インタビュー記録、終了――。
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