炎上

『日本を発つ前に一仕事しないか』


 篠田しのだはゴミ袋の口を結ぶ。

 ボロアパートを引き払い、LLMを修了する。金はいくらでも欲しい。


『報酬は消費税別の一千万円、案件だが——』


 選挙中の無免許事故を隠し再選した女が、体調不良と議会に出席しない。緑のたぬき顔が率いる都民エアストの会から除名、二度の辞職勧告を無視、血税を啜り三ヶ月。


 つまり、駆除しろ。


『とっておきのM&Aの案件もつける。ニューヨークの初仕事にどうかな』



 リモート面接は合格、篠田しのだは問題の都議と顧問契約を結んだ。

 手始めに電話をする。


「ご存じないでしょうが、先生の件はネットで炎上しています」

『現実は平和だ』


 かすかに荒い息遣い、キィキィ軋む音。

 このババア太いな、エアロバイクをこいでるのか。


「入院中のお父さんに高校生の娘さん、心配でしょう」

『なぜ知っている、脅しか』「親切心ですよ」

『仕事を命じる——』「お断りします」


『チッ』


「先週、都議会に出席されたそうですね」

『委員会の席についたら全員が出ていった。このわたしを都議と認めないらしい』


 ゴン、


『わたしは悪くない、あいつらが——』


 篠田しのだは赤いきつねを啜る。


『——絶対に赦せない』

「会見を開きましょう。理不尽な状況を訴えるのです」


 引きこもって議員にしがみつく、ただ金のため。


「例えば、一社あたり十万円の有料会見でも満席と思います」

『、面白い、手配を頼む』



 ひしめく報道陣の熱気で大会議室の窓が曇る。


「顧問弁護士の篠田しのだひろむです。会見を始めます」


 一斉に手が上がった。

 はちきれそうな見た目とは裏腹の少女の声が論点をすり替える。やがて鋭い質問が刺さり矛盾を突かれ溜息。


 空白。


 この瞬間を待っていた篠田しのだは唇をなめる。両手をひろげて、


「イジメですよ、これは」


 カメラバズーカ砲列の激光、白く眩む。


「委員会で全員が退席したのはやりすぎです。子供じみた処罰感情より、法を重んじるべきです。そんなに辞めさせたいなら都議会を解散すればいい」


 険しい目を集めて、死神は微笑む。片手で示し、


「彼女を都議と認め仕事をさせてあげましょう」



 会見後の控え室、白豚が出前の鮨を頬張っていた。

 篠田しのだは前に立つ。会場と警備の請求書を突きつける。


「今日限りで顧問契約を解除します。入金が遅れたら差し押さえますよ」


 甲高い奇声を扉で鎖し、篠田しのだは声なく嗤う。




 十日後、白豚都議は辞職した。ユーチューバーと街宣車が現れたらしい。

 篠田しのだは搭乗口に向かう。携帯電話に出る。


『命を賭ける時がきた。ひろむくんの言葉が欲しいな』


 出産に立ち会わなくていい、快く送り出してくれた、


「麗子、愛してるよ」

『、よく聞こえない、もういちど歌え』

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死神弁護士 トマトジュー酢 @zuper

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