第4話 失われる遺産と遠回りな願いと偽られた結末

「原告。反対尋問を始めてください」

「じゃあまずは……と一つずつ反論するのが筋だけどもう遅いし、全てまとめて論破してさっさと閉廷としましょうか」


 まさかの強気な宣言に体育館にどよめきが走る。そんなことお構いなしに姉貴は突然スカートをめくり上げた。それはスカートの中という禁断の領域。本能に抗えず目が引き寄せられていく。現れたの白く健康的な長い脚と紺色のブルマだ。なぜか女子の方が大きな歓声を上げる。

 その声に我に返った。


「なにしてんだよ姉貴! 痴女か!」

「うるさいわね。マジマジと見るくらい好きな癖に。ただの体操着でしょ。パンツじゃないから恥ずかしくないもん」


 そう言いながらスカートを下ろし、パンパンと柏手を打って全校生徒を黙らせる。その姿がまさに支配者。カリスマ生徒会長の威厳が発せられる。

 わずかな時間で完全に空気を掌握した。

 

「さっき見せたように今日はブルマを履いてきた女子生徒も多いはずよ。動きやすいしレギンス直ばきよりも抵抗は薄い。ドロワーズもごわついて履きなれないし、スカートからはみ出しやすい。代用品の中では無難な選択ね」


 姉貴は辺りが見回すと多くの同意が得られたようだ。頷くと紫苑さんに目配せしてなにかを準備させる。

 そして一気にまくし立てた。


「新九郎が『ショーツが消えた世界』を願うのはおかしい? 性癖と違う? こっちはそんなの一発で説明できる証拠を準備してあるのよ。代償については確かにわからないわ。些末なことだもの。世迷い様に正規の方法で願い事を叶えてもらえば祟りは起こらない。軽い代償で済むんだから見た目でわからないことは多いわ。前例を挙げれば切りがない。限定的、条件付き、水を浴びれば、夜になれば、いちいち検証してられない。……さすがに世界規模の改変となると代償も重いはずだけどね」


 最後の部分は俺に向けて言ったのだろう。他の生徒には聞こえていないように声量を絞っている。姉貴が言い終わるのに合わせて紫苑さんが体育館を暗転させた。


「これを見てもらえればわかるでしょ。愚弟、赤座新九郎がなにに絶望し、どうして願ったのか」


 プロジェクターに映るのは二枚のプリントだった。一枚目は数日前の小さな新聞記事。もう一枚は赤座新九郎の名前が明記されている去年生徒会に提出した嘆願書だった。

 ビーエル席からガタンという音がする。蒼也が立ち上がりあ然としていた。

 新聞にはこう書かれている。


『ブルマに終焉。生産完全終了』


 そして嘆願書にはこう書かれていた。


『女子の体操着にブルマという選択肢を』


 姉貴が頭が痛そうに苦悩を滲ませながら重く吐き出す。


「……赤座新九郎は女子にブルマを履いてもらいたかった。それだけよ」


 打ちひしがれる家族の姿に本気で土下座したくなった。けれど俺は亀甲縛りだ。体勢を変えられない。本当にごめんなさい。必死にポーカーフェイスを守る。すでに盤上の情勢は敗色濃厚だろうが俺にはそれ以外できることはない。

 それでも蒼也は諦めず弁護を続けてくれる。

 

「異議あり。確かに新九郎はブルマが好きです。大好きです。でもそれならば『ブルマが廃れていない世界』を望まないのはおかしい」


 当然の反論だった。本来ならば。だがすでに姉貴のパフォーマンスによって防がれている。あと紫苑さん首をかしげながら蒼也のブルマ体操着イラストは書かないでください。暗くてもわかります。これは審議の対象です、ではないのです。


「確かにそれを望めば他の学校で履かれるかもしれない。裁判が終わるまでの一日だけね。けれど我が校の女子が履くかしら?」

「……履かないでしょうね」

「それに新九郎の親友のあなたなら理解できるでしょ。新九郎は本人の意に反した無理やりブルマを履く世界なんて望まない。あくまで自発的にブルマを選んで履いてもいい状況を創りたかっただけよ。さっき見せたのは弟があまりに愚かで可哀そうだったのもあるけどね」

「……新九郎ならそうですね」


 蒼也も力を失い席に座る。体育館の明かりが戻ると姉貴は最後通牒を俺にくれた。すでに全校生徒が確信している。もう無様に足掻く段階ではない。だからできる限りの晴れやかな笑顔を答えよう。


「……姉さん。最期に見せてくれてありがとう」

「本当にこの馬鹿は。それでは判決を下す。犯人は赤座新九郎。世迷い様、今回の戯の神査をお願いします」


 姉貴がそう宣言すると、厳かな神気が体育館を降りてくる。一瞬息を飲むが降ってくる神託はとても軽い。


『ぷっ……犯人は赤座新九郎。正解よ。ショーツは戻しておくわね。代用品はあげるわ。配ったブルマをなくすと頑張った新九郎が可哀そうでしょ。それとは別に赤座新九郎にはプレゼントをあげるわ』


 神託が終わる。けれど神気は途絶えない。緊迫する体育館にまばゆい光に包まれて俺に収束する。痛みはない。亀甲縛りが緩む。股の間の喪失感。バランスが崩れて上半身が前かがみになる。

 光が消えて顔を上げると、マジマジと目を見開く姉貴とスケッチブックを落として座り込む紫苑さんが見えた。

 

「新九郎……あなたまさか代償に性別を捧げたの?」


 状況が理解できたのだろう。姉貴の言葉に体育館中が騒然となる。中心には亀甲縛りされた女子生徒が座っていた。絵面がヤバい。まあ俺だが。






 その日の帰り道。俺はお姉さま(呼び方強制)と腕を組んでいた。ありえない。


「ふふふ。女子の制服似合っているわね。新紅ちゃん」

「……上機嫌ですね。お姉さま」

「当たり前でしょ。中身が愚弟でも、愚弟ではなく可愛い妹ができたんだもん」


 まさに狂喜乱舞。勢いの呑まれて抵抗できない。


「こんなにベタベタして、よく受け入れられますね」

「可愛いは正義よ。それに身体中に縄の痕をつけた妹を放置もできないし」


 納得の理由である。亀甲縛りのせいだが誰かに見られたら事件だ。お姉さまは腕を放して上機嫌のまま数歩進み、くるりと振り向いた。笑顔のままで目だけは真剣だ。

 

「今日はあんたにしてやられたわ。完敗ね。本当はなにを願ったのか。もう暴くつもりなんかないけど完全にミスリードされたわ」

「……なんことですか?」

「ブルマの件だけを理由に新九郎が大好きな白井紫苑

にが望まない代償を背負うとは思えない。それだけよ」


 お姉さまはそれ以上なにも言わずまた腕を組んできた。その横顔から本当に追及する気もないのだろう。

 紫苑さんから恋愛対象に見られていない。ネタの対象として見られている。ネタ収集目的でも嬉しそうに話しかけてくれる。そんな楽しそうな紫苑さんが好きだった。趣味も否定したくなかった。振られるための告白で趣味を邪魔したくない。離れることも、突き放すこともできずに絶望した。


 結局、今回のことはヘタレな俺がただ失恋したかっただけの話だ。


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