第2話 翌日確保の亀甲縛り

 世界から女性モノのパンツという概念が消失した。

 ショートパンツいわゆるショーツと呼ばれるパンツが消えたのだ。

 

 本来ならば世界中がパニックになってしかるべきだが混乱は起きていない。認識が塗り替えられている。レギンスやブルマ、ドロワーズなどが主流の世界なったわけだ。

 元の世界のことを私立ローゼンクロイツ学園の生徒以外は認識できない。世界が変質したことに気づけなければパニックなど起こしようがない。

 ローゼンクロイツ学園の女子生徒は朝の着替えでパンツ消え去り、代わりにブルマやレギンスが用意されているのを見て確信する。

 どっかのバカが世迷い様に願いやがった、と。

 

 かくて開かれるのは伝統の世迷い学園裁判。裁判で犯人を特定すれば異変は修正されて元に日常に戻る。もちろん学園も危険な世迷い様に対策を打っていないわけがなく、異変が起きた日の放課後には一人の男子生徒が捕縛された。

 現在初夏。冷房の効いた体育館には全校生徒が集まっている。その中心にいるのは亀甲縛りでパイプ椅子に座らされている一人の男子生徒だ。

 生徒会長の赤座燈子が体育科の壇上に立った。

 

「生徒諸君。これより世迷い学園裁判を開廷する。被告人は二年の赤座新九郎。罪状は女性モノショーツ消失。判決は死刑。これにて閉廷!」

「ちょっと待て姉貴横暴すぎるだろ! 俺がやったって証拠がどこにあるんだよ!」

「黙れ愚弟! 私に弟などいない! 次元を超えた妹や嫁は大量にいるがな」

「愚弟って呼んでる! あとなんだよこの亀甲縛りは! いつのまにか縛られててビビったわ!」

「我が学園の誇る縛り部の力作ね」

「……どうしてそんなヤバい部が存在してるんだよ」

「普段耐久やら縛りプレーでゲーム配信をしている実績ある部活動よ。縄の扱いは部活動とは関係なく部員の特技」

「……完全にドエムなヤバい奴らだろそれ」


 姉貴はしれっと視線をそらした。

 そんな姉貴に副会長の白井紫苑さんが声をかける。


「生徒会長。姉弟の戯れもほどほどに。さすがに性急すぎますし、学園裁判の死刑は世迷い様が廃止してます」

「……わかったわよ。紫苑、例の映像をプロジェクターに映し出して」

「わかりました」


 暗くなる体育館。映写スクリーンが降りている。

 

「昨夜、撮影された監視カメラの映像です」


 映し出されたのは新九郎が学園に侵入する姿だ。

 粗い画質だが辛うじて顔が判別できる。

 

「昨夜学園に忍び込んだ人物はただ一人。赤座新九郎くんのみです」

「決定的ね」

「どこがだ! 姉貴も知ってるだろ。昨日俺がスマホがないって慌てていたのを。学園まで取りに入っただけだよ。結局校舎内に入れず、今朝教室で見つけたけどな」

「本当ですか生徒会長?」

「本当ね。でも全て演技かもしれない。愚弟はそれぐらい平気でやるわ」

「誰がするか。それに監視カメラにも穴ぐらいあるだろ。他の誰かが侵入した可能性も」

「ありません。ちょっと失礼します」


 紫苑さんが手元のパソコンを操作すると監視カメラの映像が分割されていく。それぞれ違う場所を映した映像だ。それが四、十六、六十四とがどんどん増えていく。

 細かく分かれた窓の多さに体育館がざわめいた。

 

「我が学園は世迷い様対策のために周辺を網羅するように監視カメラを敷き詰めています。この監視網を逃れて学園の敷地内に侵入することなど不可能です。全てのカメラ映像を私がチェックしました」

「え? これ全部ってマジですか」

「マジです。もちろん動体センサー付きの早送りですが」

「お疲れ様です」

「仕事ですので。そうやって調べた結果学園への侵入者が赤座新九郎くんのみなのです」

「これでも言い逃れするつもり?」

「それは……ん? このカメラ映像、学校の敷地内は映ってない?」


 校舎内の映像や遠くからグラウンドを映した映像はある。おそらく敷地の外の高い場所から映した全体映像だろう。けれどこれだけ映像があるのに中庭やよく通る歩道などはない。学園周辺の映像だけだ。

 

「……気づかれましたか」

「無駄に目ざといわね」

「どういうことだ? 昨夜校舎内に入れないか敷地内を歩き回ったぞ」

「……世迷い様のせいよ」

「はあ?」

「さすがは神様というか……記念の写真撮影や部活動の映像制作は問題ないけど、監視カメラは学校の屋外敷地に設置してもなにも映らないのよ。可能なら祠に監視カメラ設置して決定的瞬間を突き出してるわ」

「つまり証拠はないってことだな!」

「侵入者がいないんだから状況証拠ならあんた一人よ」

「一日中敷地内に隠れていたら他の人物でも可能だろ」

「……ぐっ。これで罪を認めれば判決に持ち込めたものを」

 

 体育館に明かりが戻る。

 監視カメラの映像は決定打にならない。世迷い学園裁判では議論が尽くされていない強引な判決は認められない。生徒の大多数が犯人だと確信し、正しかったとき初めて世迷い様が認めて修正をなされる。

 決めつけや偶然の当たりはダメだ。もちろん虱潰しにより犯人の特定などの愚かな真似は世迷い様の怒りを買い、全校生徒にペナルティが発生する。


「今度はこっちの番だな。弁護人を呼んでくれ」

「昨日の今日で弁護人とか用意できたの? あんたにアリバイがないことは監視カメラの映像からもわかっているし、怪しいのはあんたしかいないんだけ」

「それがいたんだよ。……いや俺もどうして自信満々で名乗り上げたか理解できないし、どう弁護されるかも知らないけど」

「なにそれ?」

「それでは弁護人前へ」


 紫苑さんに呼ばれて、生徒の壁が割れる。そこにいたのはクラスメイトの剣崎蒼也。甘いマスクで全方位を魅了するさわやかイケメンだ。女子からキャーという歓声も聞こえる。蒼也はモテる。女子にモテる。ローゼンクロイツ的にモテる。恋愛対象ではない。

 ローゼンクロイツの女子は若干腐っている。そして俺と蒼也は幼馴染の親友でもある。するとどうなるか。


「窮地に駆けつけるなんてやっぱり赤蒼ね」

「はぁ? 駆けつけたんだから蒼赤でしょ」


 などの言い争いを幻聴だ。聞こえてはいけない。一年の文化祭で積まれた分厚い薄い本なんて存在しないし、ネットで販売されていたりもしない。販売元が生徒会で姉貴の嫌がらせ……ではなく実は憧れていた副会長の紫苑さんが中心だったことに絶望したことなんてない。

 沸き立つ体育館と明らかにテンションの上がっている紫苑さん。トラウマを刺激されてうなだれているとポンと肩を叩かれた。

 

「新九郎。安心していいよ。君の無実をボクが証明して見せるから」


 蒼也は白い歯を見せながら微笑みかけてくる。悪意はない。ただ純粋な友情だ。下心なんてあってたまるか。こいつが根っからのさわやか君なことはよくわかっている。

 けれど亀甲縛りされていなかったら俺はこいつの顔面を殴っていた。

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