第12話 火星の空

 振り返れば槍を持った追っ手が……フオシンくんが迫ってきてる。

 怪我をしてるリダくんを除いて、ほかの人は大人も小坊主もビビって距離ができている。


『アリス! レーザーの出力ヲ上げる許可を願いマス!』

「ニワトリに対してのみ許可!」

『それは許可のいらないやつデス!』

「だったらそっちに最大出力!」

『最大出力でも通じマセン!』

「とにかく人間は撃たないで! ドローンでニワトリの気を引きつけて、アタシが乗ったらすぐ離陸して!」


 身を隠せるものは辺りにはない。

 我ながら無茶だと思いつつ走る。


 フオシンくん……

 その槍はちょっと……

 堕天使は殺せみたいな教義でもあるのかな……


 ロケットのそばにいるのはボス鶏一羽だけ。

 しつこくロケットを蹴りつけている。

 ほかの巨大ニワトリは、距離を取って様子を見ている。

 これは……ロケットを怖がっているのではなくて、群れのボスの力を見極めようとしている感じ?

 昨夜の醜態もあるし、これはボス鶏としても引き下がれないわな。


 観客鶏がコケーと鳴いて、アタシが来てるとボスに知らせる。

 すかさずロボンヌがレーザーで砂ぼこりを巻き上げてアタシの姿を隠す。


「ロボンヌ! アタシだけじゃなくフオシンくんも守って!」

『ロボット三原則に基づき了解!』

 周囲をレーザーに焼かれたら、フオシンくんからしたら自分が攻撃されてるみたいに感じるかもしれないけど。


『アリス! 扉を開けるのは一瞬デスヨ! 砂が入ると機器に影響が出マス!』

「了解!」


 ロケットの扉まであと数歩のところで、フオシンくんがアタシに飛びつき、アタシは地面に押さえつけられ……

 アタシたち二人の鼻先に、ボス鶏の足が突き立った。

 あっぶな!

 フオシンくんが助けてくれなかったら踏みつぶされるところだったわ。



 ボス鶏は自分の足で舞い上げた砂けむりでアタシたちを見失った。

 目につくのは、光を放つロケットの戸口のみ。

 その戸口にボス鶏が足を突っ込む。

『えいやっ!』

 ロボンヌがロケットの扉を閉めた。


「ゴゲーッ!?」

 ボス鶏が悲鳴を上げる。

 巨大ニワトリは、ちょっとしたトラックぐらいなら投げ飛ばすパワーがありそうだけど、こちとら惑星間航行用のロケットなわけで。

 ボス鶏がいくら暴れても、はさまれた足は抜けないし、ロケットはビクともしない。


 ロボットであるロボンヌは、ロボット三原則に基づいて行動するよう作られている。

 一、人間を守る。

 二、人間の命令に従う。

 三、先の二つに反しない範囲でロボット自身を守る。

 だから人間以外には容赦なく、ボス鶏の足をギューギュー締めつける。


 フオシンくんがアタシの手を取って助け起こした。

 両手をにぎりあって、見つめあう格好になった。

「フオシンくん……」

 このまま別れたくない。

 一人乗りのロケットだけど無理をすれば……

 でも……


 アタシはフオシンくんの手を振りほどき、さっきアタシを助けた際に放り出した槍をにぎらせた。 


 ボス鶏が羽をバタバタさせて、砂けむりでアタシとフオシンくんの姿は観客鶏にも火星住民にも見えていない。


「んっ!」

 槍をかかげるようにジェスチャーで指示。

 扉がパッとボス鶏を離して、ボス鶏がひっくり返った隙にアタシはロケットに飛び乗った。


 ロケットが火星の大地から飛び立つ。

 フオシンくんは示されたままに槍をかかげ続けてる。

 火星住民や巨大ニワトリの目には、フオシンくんが得体のしれない鋼鉄の怪獣を追い払ったように見えるはず。

 ニワトリの群れは恐れをなして引き下がり、人々が英雄を取り囲んだ。


 そうだよフオシンくん。

 キミは英雄なんだ。

 キミは生きてその手で火星の人々を守るんだ。

 ネルガル祭司だってそう望むはずだよ。

 アタシは地球へ帰るけど、二つの月フォボスとダイモスよりも遠く、太陽よりも近くなったり遠くなったりする場所から、キミの活躍を祈っているよ。






『アリス。大気圏を出マス。シートベルトをしてくだサイ』

「ロボンヌー。ネルガル祭司なんだけどさー」

『アリスが天使ごっこをしている間ニ、ドローンでロウソクを分析シ、治療薬を注文しておきまシタ。地球に帰って薬を受け取ったラ、すぐまた火星に戻りマショウ』

「この別れかたをしておいて!?」




――END――

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火星に天使は舞い降りない ヤミヲミルメ @yamiwomirume

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