第六話 生なまはげとリアル魔法少女

 多田野陽子は、ツンデレである。そしてそれだけでなく、彼女はスーパー系。

 すなわち、気合い一つで大概なんとかしてしまう、そんな奇跡的な存在だった。ぶっちゃけ、バグである。


 そんな陽子は意外なほどに高スペック。

 運動能力は勿論のこと、勉強だってつまんないわね、と好んでいた。負けず嫌いが故のことだろう。

 見た目は荒れたツインテールだが、しかしその能力には中々並ぶものなどなく、むしろ英雄種を追い抜け追い越せといったレベル。

 更に正義感というか、ダメなものはダメとはっきり言えてしまう彼女は、そこらの英雄種よりよほどヒーローだった。


「なに、私がヒーローショーの主演って! あんた頭おかしいんじゃないの?」

「いや、ヒーローと言うか、むしろ魔法少女的な……」

「どっちにせよ一緒よ! 私が正義なんて、そんなの似合うわけないじゃない!」

「いや……そんなことは」

「あるの!」


 しかし、陽子本人にその自覚はこれっぽっちもない。私なんて、と否定するのだ。己のツンしか自覚していない陽子は自己評価が極端に低い。

 だが傍から見た彼女はツンツンしながらも、人に対して真剣になり、愛し愛され時に嫌われそうして人と繋がり人を繋げていく、そんな少女である。

 そして、腕っぷしもとんでもなければ、やたら子供に好かれる気質もあった。公園でダース単位の子供とわーきゃー言っている女子高生なんて、中々類を見ないことだろう。


「ううむ……」


 怒る少女を前に、困る強面角刈り男性。

 商店街創立80年記念祭の出し物として子供向けにショーをなにか、と頼まれた真坂優太郎三十五歳は陽子の子供人気を使おうと目論んでいた。

 存外ノリの良い陽子なら乗ってくれるだろうと先に企画を進めていたことに、今更優太郎も後悔である。

 彼は筋者のような険だらけの面を痛々しく歪めた。素直に、それは稚児が見たら泣きそうな恐ろしげな顔である。若い頃から友達に生なまはげとあだ名されている事実は伊達ではない。


「で、優太郎さん。他に役ってないの?」

「ん?」

「他よ他! 正義以外の何かよ!」

「あ、ああ……」


 しかし、普通は怖気づくような優太郎のその顔に辛さを見つけてしまった陽子は、思わず慮ってしまう。主役は嫌でも、他ならいいかと、勝手に譲歩を始める陽子だった。デレである。

 応じぺらりぺらりと落とした台本を目次まで戻して優太郎はざっと見てみる。未だ具体的名称はないが、役柄は記載されているそれを参照に彼は口を開いた。


「ええと……女子の役だと……あんまりないな。マスコットキャラ役とか無理だよね?」

「私に可愛さを求めるなんて、優太郎さん狂ってるの?」

「いや、陽子ちゃんは可愛いと……ああ、はいはい分かりました怒らないで……となると、あ」

「なに?」

「いや、そういえば悪役の性別固定してなかったなって……うお」

「それよっ!」


 聞き、思わず身を乗り出した陽子に、優太郎は驚く。それこそ、いつぞやの厨房から彼が顔を出した時のお客さんのビビりっぷりを再現したようなものだった。

 さっと台本を奪い取り、しばらく読み込んだ陽子はにまにまし始める。

 すわこれはひょっとしたら魔法少女役を受けてくれるのかと希望を持った優太郎に彼女は。


「ふふふ……私が演じてみようじゃない、これぞ悪役っていうものを!」


 人差し指を立てながら、そんなことを宣言するのだった。


 胸を張る悪ぶりたがりのいい子ちゃんを見た、見た目ヤクザなイタリアンシェフの優太郎は思わず呟く。


「それは無理じゃないかな……」

「なによ!」


 陽子は反射的に否定したが、その言は確かに間違いないことだった。





「で、それでどうして私が魔法少女なんてやることになったんです?」

「えっ、静ったら嫌なの?」

「いや……別に構わないといえばその通りですが、しかしどうしてショーに私が巻き込まれる流れになったんですか?」

「んーと。話は長くなるんだけど……」

「構いません」

「だって、あんたの他に平日昼間に暇な女子学生って、中々いないじゃない。だから私が挙げたら通ったの」

「長くなかったですね。しかし……編入も終えていない私は未だ学生でもない宙ぶらりんですから、内容は間違ってはいないですが」

「でしょ?」


 お話途中に大皿に乗っかった唐揚げをひょいぱく。

 ママのお料理ってやっぱ超うまいわね、と思いながらも照れて言えない陽子は思案顔の静を他所に食事を楽しむ。

 しかし、そんなひねくれた我が子の満足を箸の進みで感じ取った父親――多田野一里ひとり――はぽつりと言った。


「いや、しかし中曲商店街には家もお世話になっているからね、陽子も静ちゃんも頑張ってくれると嬉しいな」

「それは勿論! 商店街を恐怖のどん底に落としてあげるわ!」

「それじゃあ恩返しにならないと思いますが……まあ、ならば代わりに私が希望を見せてあげるとしましょうか」

「ふっふ……中々正義の魔法少女らしい口上ね……役に入ってきたわね。望むところよ!」


 ニコニコしながら、陽子は悪どい面をしたつもり。しかし、それは母親譲りのキュートさでちょっとした変顔になるに留まる。

 どうしてこんな子に育っちゃったかな、と思いながら柔和な面そのまま、一里は小さく静に伝える。


「はは、ありがとう静ちゃん。陽子はこんなだからね……フォロー頼んだよ」

「構いません。何だかんだこの人と居ると面白いので」

「それはありがたい」


 ほっと、うちの子も可愛いけれど、素直な子もありがたい、と思った一里は飲んだばかりの汁物で温まる以上のものを感じるのだった。

 しかし、そんな素直ではあれども外の世界の普通でしかない静は本来安心に値しないもの。

 海藻サラダを食んでから案の定、彼女は妙なことを口にするのである。


「しかし、こっちには魔法、ないんですか? 英雄種などがあるのですから、てっきりそっちも現実的かと思ったのですが」

「何、んなのないわよ。そっちのセカイにはあったっての?」

「いえ、別にないのですが……」

「何よ。はっきりしないわね」

「ええと……」


 言っていいものか、静は少し悩む。 

 珍しい少女の懊悩に、なんだかんだ揃って心優しい親子は心配を覚えて、じっと見守る。

 咀嚼音も途絶えて、テレビの音はただのBGMに成り下がった。そして、それも陽子が消してしまえば沈黙が降りる。


 一拍。蚊帳の外の母、多田野マキが蛇口を閉じたきゅ、という音だけが響いた。


 ぽつり、と静は告白をする。


「私、ちょっとなら魔法使えますよ?」


 静は全世界の一般。彼女は魔法のセカイの普通でもある。


 ひとつ立てた少女の指先に、ぽっと炎が立つ。やがて幻のように、それは揺れて消えた。


「……マジ?」

「はい」


 そう、静はリアル魔法少女だったりしたのだった。

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スーパー系ツンデレの「それがどうした」 茶蕎麦 @tyasoba

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