第4話
なんでこんなことになってしまったのか。
薄っぺらい毛布に包まり、壁にもたれて何度目か分からない溜め息を漏らす。
仕事終わり、ディーマにもらった鱗を売りに行こうと何でも買取という看板が出てる店に入った。
そんで、鱗を見せると。
店主の顔色が変わった。これは本当に珍しい物なのか、もしかしてめちゃくちゃ高く売れるかも。そうしたらディーマに高級な果物を買って帰ろう。…などと思ってにまにまと査定を待ってたら。
騎士が来て、捕まった。希少品不法所持とかいう罪で。
ディーマの鱗、そんなヤバい物だったのか。許可なく持ってるだけで捕まる代物だったのか。
連行された先は、この街の騎士団中央管理室ってところ。俺は頭の中でぐるぐる。鱗のことをどう誤魔化そう。拾ったってことにしようか。
刑事ドラマみたいな小部屋で机を挟んで騎士が俺を睨む。
「どこで手に入れた?」
尋問されたけど、口を割らなかった。拾ったって誤魔化そうかと思ったけど。違うから。ディーマが俺にくれたものだから。
嘘は言えない。だけど本当のことも言えない。ディーマが見つかったら…。どんな目に遭うか分からない。
騎士は入れ替わり立ち代わりやってきて、大声で怒鳴ったり宥めすかしたり。強い心で俺は耐えた。
夜半過ぎ、取り調べは一旦終了ということで留置所に連れていかれた。ガチャンと金属のドアが閉まって、そして告げられた。
「家宅捜索をすることが決定した」
「えっ?」
家にはディーマがいるんだ。見つかったら捕まって、鱗を無理やり剥がされたりしたら…。
「お前が何を隠してるか知らんが、一応立会人も連れて行く。立会人についての要望はあるか?」
家族がいれば家族、そうでなくても友人や知人を家宅捜索が立ち会ってもいいそうだ。俺が頼れる人といえば。
「じゃ、じゃあ。俺が働いてる店のオーナーにお願いしたいです」
オーナーなら。きっとディーマに手を差し伸べてくれるだろう。頼む頼む、オーナー頼みます。なんだかんだうまいことディーマを助けてください。
俺は一心に祈った。ディーマが酷い目に遭いませんように。
祈り始めて一時間は経っただろうか。年嵩の騎士がやってきて、留置所の鍵を開けた。
「君の容疑は晴れた。あー…それでだな。話を聞きたい。こちらへ」
なんか分からんが、俺の祈りが神様に通じたようだ。やっぱオーナーを指名したのが功を奏したのか。
ほっと息とついて騎士についていくと、さっきの取調室とは違う部屋に通された。
応接室だろうか。
ソファに堂々と優雅に腰掛けているのは。
「ディーマ!」
フードを被らず、角も鱗も丸見えの状態だった。俺が駆け寄ると、ディーマは立ち上がって俺の額に軽く頭突き。
「ばかシオ」
さほど痛くないが額をさする。ディーマに心配をさせてしまった。
「ばかって。まあ、確かにそうだな。でもよかった。ディーマが無事で」
鱗は希少品だけど、ディーマは酷い扱いを受けるわけではなさそうだ。よかったよかったとひとり頷き、あれ、何だかおかしいぞと気付く。周りを見ると、騎士たちは緊張の面持ちで直立不動。
家宅捜索に立ち会ってくれたオーナーもいたが、いつもとは違ってソワソワと落ち着きがない。どうしたんだろうと思っていると、オーナーが遠慮がちに口を開いた。
「シオ、本当に竜人族がどんな存在か知らないのか?」
「珍しいなと思いますけど…」
それだけじゃないの?
周りがウッと一歩引く。実際は直立不動なんだけど、雰囲気的に引かれた。
頭の中がハテナでいっぱいの俺のため、年嵩の騎士が説明してくれた。
竜人族は人間とは違うところに棲んでいる美しく崇高なる種族であること。その鱗や角は国宝級であること。魔法に長け、人間が何人束になっても敵わないということ。
話を全部聞いて、ディーマに向き直る。
「ディーマ、そんなこと教えてくれなかった」
「シオは人間だから知ってると思ってた」
そこを突かれると痛い。俺はまだこの世界の常識を知らない。若干気まずく額を掻いて、ふうと溜め息。と、俺とディーマの話が途切れたタイミングで、年嵩の騎士が一歩前に出た。
「鱗はお返しします」
綺麗な白いハンカチに載せられたディーマの鱗。
それを騎士は恭しくディーマに差し出す。しかしディーマはそれを一瞥し、冷たく言い放つ。
「それは、シオにあげたものだ」
ディーマの言葉を聞いて、騎士は俺に向き直る。差し出された鱗を俺はしっかり受け取った。
「売るのはやめて、宝物にするよ」
お金がないなら働く。そうしよう。ディーマにどんな魔法が使えるかは知らないが、ディーマは働くのに向いてなさそうだ。俺が何とか食わせていこう。
「帰ろうか、ディーマ。お腹空いただろ?」
ディーマはソファに置いてあったフードとマフラーを俺に渡す。はいはい俺が着せてあげるのね。と、ディーマにフードを着せようとすると、騎士が発言した。
「お待ちください。その、竜人族をあのような粗末な家に住まわせるのは。王からの書状が届くまでどうか騎士団のゲストルームでお過ごしください」
ディーマに服を着せる手を止める。
「ディーマ、ゲストルームに泊めてくれるって」
「しらない。帰る」
早く服を着せろと催促するかのように、ディーマは俺の手をぺちっと叩く。ワガママというか自由人というか。
騎士もディーマに何かを強制することはできないようで、大人しく見送ってくれた。
朝日がさんさん朝の街。
「オーナー、ご迷惑おかけしました」
「いや、騎士が夜中に来た時はシオは何をやらかしたんだと思ったけど。まあ、その。結果的に良かった。良かったのか。分からんな。私も混乱している。間近に竜人族を見ることがあろうとは」
俺とオーナーが会話を始めると、ディーマは俺の手を取った。ひんやり冷たいディーマの手を握る。
「そうだ。あの部屋は心もとないだろう。もう少しいい部屋を紹介するよ」
そう提案してくれたオーナーへのお礼の言葉を伝える前に、ディーマがオーナーをじろりと睨んだ。
「シオはオレのだよ。シオもオレのことが好きなんだ」
オレのだ、とは。ああ、そういえば初めてオーナーに会った時もどっちが好きだなんて言ってたな。好きとかどうとかでオーナーに牽制するのはお門違いだと思わず笑いそうになるが、ディーマの迫力にたじろいでいるオーナーは青い顔をしてて笑うに笑えない。
「ディーマ、お風呂のある部屋を紹介してもらおう。ディーマはひとりじゃ入れなさそうだから、俺が洗ってあげるよ」
ディーマの手を引くと、ディーマはオーナーを睨むのを止めた。
「うん」
俺とディーマって一体どんな関係なんだろうな。ディーマの言う『好き』ってどんな種類の『好き』だろう。
よく分からない。だけど、俺の気持ちは。ディーマを心配したり、食わせてやりたいと思ったり。
なんだかずっと、傍にいたいと思うんだな。
すきの種類 のず @nozu12nao
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