第3話 ※ディーマ視点

やっぱりシオもただの人間だったか。

オレの鱗を渡した次の日、シオはいつもの時間になっても帰ってこなかった。竜人族の鱗は高く売れる。一生遊んで暮らせるとかなんとか。お金に目がくらんで、どこかへ行ってしまったのか。


兄上の言っていたことは正しかったし、兄上の言ってることは間違ってたな、と、人間の街に来る前のことを思い出す。


人間がたどり着けないほどの峰が連なる山々。

そこが一族の住み処。穏やかな生活を送っていたが、穏やかすぎて暇だと思うようになった。


「暇だから人間の街に行ってみようかな」


オレがそう呟くと、兄上はくしゃっと渋面。


「面倒に巻き込まれるぞ」


年長者だけあって、兄上はいろいろと知っている。竜人族が人間の街に行けばものすごく贅沢させてくれるらしい。

人間の世界では凄まじい価値の、竜人族の鱗や角が欲しいからだ。人間は欲深いので、一枚鱗をやるともっともっととなって、結局最後は面倒が起こるのが常だと。


「へえ。そうなんだ。面倒が起こったら消しちゃえばいいんじゃない?」


人間が竜人族を下にも置かない扱いをするのは、竜人族を恐れているからでもある。竜人族は指先一つで人間の街をひとつ消すことができるからだ。


「人間だって生きてるんだぞ。もっと生き物を慈しむ心をだな」


兄上が説教を始めた。オレは黙って大人しく聞いてるフリをする。人間がオレを悪いようにするなら、オレだって人間を消してもいいんじゃないかなあ。ダメなのかなあ。


「ま、それでも行ってみたいなら」


しおしおと説教聞いてるフリしてたら、オレが反省したと思ったのか兄上が声のトーンを変えた。そして、どこからかボロボロの臭いコートを持ってきた。


「じいさんに聞いたことある。竜人族と分からないように街に入るんだ。そして貧しいフリするんだ。そこを助けてくれる人間は、角や鱗に目がくらんだ人間じゃないから大丈夫大丈夫…って」


そっか。兄上がそう言うならそうなんだろう。早速住み処を出たオレは山をいくつか越え、たまたま見つけた街に入った。

そこでボロボロのコートを身にまとったオレに声をかけてくれたのがシオ。夕方からじーっと蹲っていたけど、誰もオレに声をかけず、なんだかバカバカしいからこの街を消して他の街に行こうかななんて思ってたところだった。


シオは竜人族のオレの姿を見ても、慄くでもひれ伏すでもなく。ただただオレの世話を焼いた。オレのことを何だと思ってるのか。

もしかして人間は竜人族を見たことがないのか。兄上の話は人間の世界ではずーっとずーっと前のことで、今はもう通用しないのかも。

オレたち一族を実際に見たことのない人間たちは、この世に竜人族がいることを忘れてしまっているのかもしれない。


その証拠に、シオはオレにやたらと食事させようとする。人間じゃないんだから、一日三回も食事はいらないのに。


だけど。オレの足の裏にいい匂いのオイルを塗り込む。そうされるのは嫌いじゃない。食事はいらないと言ってるのにオレのことが心配だからと料理をする姿も。嫌いじゃない。


だからほだされた。貧しい生活をしているようだから、剥がれ落ちた鱗を一枚あげたのだ。

その途端、帰ってこなくなった。やはりシオも欲深い人間だったのか。


この街を消してしまおうかと思い始めた明け方。複数の足音が近づいてきたかと思うと、玄関の鍵が開けられる音がした。ささっとフードをかぶる。


入って来たのは、制服を着た数人の人間。


「お前が同居人か。今からこの家を捜索する。お前はそこで動かずにいろ。立会人も入ってこい」


これは騎士というやつか。

シオ、何か悪いことをしたんだろうか。お金を手にしてすぐに。バカだな。お金があるのに何を悪いことしたんだろう。


騎士たちの後ろから、前に街で会ったオーナーという男も入ってきた。オレの姿を見て、そそっと近づいてきた。


「シオは留置所にいるよ」


オーナーは憔悴していた。


「どこで手に入れたのか、竜人族の鱗を持ってたんだ。それを換金しようとして捕まったんだよ。シオは何を考えてたんだろうな…」


人間社会のルールでは、竜人族の鱗は無許可で持っていると罪になるらしかった。オレは知らなかった。でもなんでシオも知らないんだ。シオは人間なのに。


「シオは浮世離れしてるというか常識知らずというか…。まさか竜人族の鱗を持ってるなんて」


そうか。シオは人間の中でも変な奴だったんだ。

シオがお金に目が眩んでどこかへ行ってしまったのではないようなので、街を消すのはやめとく。


「そこのお前、お前は何か知らないか?」


騎士の一人がオレに話しかけた。


「…しってる」


立ち上がって、フードを外した。

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