第2話

ディーマとのまったりした生活。


ディーマの定位置はベッドの上。

寝てたり、ぼーっと窓の外を眺めたり。時々俺が買って来た本や雑誌を読むこともある。俺が仕事に行ってる間に出掛けてる様子もない。

暇じゃないんだろうかと心配になるが、ディーマはきっと外に出るより家にいるほうがいいんだろう。


「シオ、今日も足、して」


ディーマは足にオイルを塗るのがお気に入りのようだ。シャワーを終えると、毎日のように足を突き出してくる。


「はいはい」


世話が焼ける。俺がいないとディーマは生きていけないんじゃないだろうか。そんな錯覚に陥る。それでいいかと思う反面、いつまでもこのままじゃいけない、とも考える。


「ディーマ、外に出てみないか?」


反応なし。ディーマにとって外は怖いところなのだろうか。


「外は怖いか、ディーマ?」


足にオイルを塗ってマッサージしながら、ディーマに問う。


「ううん。怖くない。だけど」


…続く言葉は何だろう。しばらく待つと、ディーマはぽつりと返事した。


「シオが行きたいなら、行ってもいいよ」


オイルぬりぬり。ディーマの足はごつごつしている。男の足だなと思う。だけど、守ってやりたいなと思う。


「そう、そうか。じゃあ明日ディーマの服を買ってくるよ」


ディーマはもう外に出る話は興味ないみたいで、こっくりこっくりし始めた。



それから数日後。休みの日の朝。


「ほら。新しいコートだよ。帽子もある」


話をした通り、ディーマが着るものを買っておいたのだ。靴下と靴を履かせ。帽子をかぶせて角を隠し、さらに念入りにフード付きのコート。


「首、寒い」


コートで充分隠れてるかと思うが、寒いというなら。


「ああ、それならこのマフラーを」


俺のマフラーを首に巻く。角も鱗も隠せたし、人間じゃないと誰が気付くだろう。ただの寒がりさんだと思われるだろう。俺が満足していると、ディーマは指先でマフラーを摘まんでくんくん匂いを嗅いだ。マフラーを洗濯したのはいつだったか。これは本当に臭いかもしれない。


家の外に出る。外は今日も寒い。ディーマは右見て左見て、キョロキョロ。


「シオは毎日どこ行ってる?」


「商業区だよ。俺の働いてる店に行ってみるか?」


街をぶらぶらしつつ、ゆっくりと歩を進める。ディーマは珍しそうにあっちをキョトキョト。こっちをじろじろ。橋の上で立ち止まって景色を眺める。雑貨屋のディスプレイに足を止める。かと思ったら、空を見上げながらすたすた歩く。


そんなこんなして、店までたどり着いた。


「ここだよ」


ディーマはドアを指差す。


「閉まってる」


「今日は定休日なんだ。あれ、でも明かりが点いてる」


窓から店内を覗くと、オーナーがなにやら作業をしているのが見えた。俺の視線を感じたのか、オーナーもこっちを見て作業の手を止め、玄関の鍵を開けて出てきてくれた。


「どうしたんだ?何かあったか?」


申し訳ない。オーナーは俺の心配をしてくれている。オーナーに拾われた頃の俺が、あまりにも常識知らずの若者だったからだろう。


「散歩の途中で店に明かりが点いてるのが見えたから。どうしたのかと思って」


オーナーはからから笑う。


「忘れ物を取りに来たんだけど、店に来たらいろいろ気になってな。シオは気にしなくていい。今日は友達とお出かけか?」


寒がりスタイルのディーマにオーナーの視線が行く。角と鱗、バレてないかな。大丈夫かな。オーナーならバレても大丈夫だろうけど。オーナーは迫害するような人間じゃない。


「ええ、まあ。そんなところです。ディーマ、行こうか」


俺がペコリとお辞儀をすると、ディーマも続けてペコリ。お辞儀ができるえらいこ。ついそんな感想を持ってしまう。


と、思ったのもつかの間。店を離れて数メートル。ディーマは足を止めて振り返り、店を指差した。


「オレとさっきの男、どっちのほうが好き?」


「ん?んん?」


何を言ってるのかよく分からずに戸惑っていると、ディーマは重ねて聞いてきた。


「どっちのほうが好き?」


「オーナーは恩人だからな。ディーマは…ディーマは俺の何だろう」


世話を焼くのはイヤじゃない。じゃあ俺の弟なのか子どもみたいなものかというとそれも違う。うーん。


「…。食べ物屋さんがいっぱいある商店街に行こう。食べ歩きしよう」


ズルいけども話を逸らし、商店街の方向を指差す。しかしディーマは動かない。


「一緒に寝る」


「ん?」


「今日から一緒に寝る」


一緒に寝るって。そういうことか?ディーマは俺のことがすき…?


「…お、おお」


その日の晩。

ドキドキしてベッドに入ったが、ドキドキするような出来事は起こらなかった。肩はくっついたが、それだけ。ただ並んで寝ただけだった。ま、床から解放されてよかったかな、と思うことにする。



そうやって過ごしている日々の中。前々から感じてたんだが、やはり心配なことがある。


「今日は遅くなりそうだから」


「そう」


「シチュー作り置きしてるから。これを温めて食べて、先に寝てて。足は明日の朝してあげるから」


ディーマは頷いたが、俺は心配だった。俺が仕事に出てる間、食事を摂ってる気配がないのだ。それでも朝は少し晩はモリモリ食べてるからまあいいか…と思っているんだけど。


「シャワーも浴びられるか?自分で体を拭けるか?」


ディーマは首を傾げた。

できないのか。いつも俺が世話してるけど、その気になれば自分でできるというわけでもないのか。


「できないなら明日の朝にしよう。とにかく、俺は今日遅いからね」


「わかった」


本当に分かってるのか。心配だ。後ろ髪を引かれる思いで家を出る。


仕事中は忙しくてディーマのことを考えてる余裕はないが、それでもふと思い出す。本当にちゃんとごはんを食べてるだろうか。


ディーマのことを心配しつつ家に帰る。


「ただいま」


帰ってきたら、ディーマは朝の体勢のままだった。そして、鍋はそのまま。中身がまるっと入ったまま。


「ごはん食べてないだろ」


ディーマは朝のことは忘れたみたいな顔で、首をちょこっと傾けた。


「食べなくても平気」


「平気じゃない。俺は心配してるんだ」


勝手に心配してるだけだと言われればそれまで。

最初に出会った頃のような、可哀想な状態からは脱しているけれど。思い出してしまう。蹲っていた姿を。


ベッドに座るディーマを厳しい顔で見おろす。ディーマは目をぱちぱちさせた。


「…そう。じゃあ、果物がいいな。果物だったら、食べる」


なるほど。昼間は食欲湧かないのかもしれないが、果物だったらのどを通るか。


「果物?そうか。じゃあ明日買ってくる。どんな果物がいい?甘いやつか?」


「うーん。黄色いやつ」


バナナだろうか。この世界にもバナナはある。


「明日買ってくる。とにかく、今からシチュー温めるから。食べられるか?」


「食べる」


深夜の質素な晩餐。

食べなくても平気と言ってるわりにシチューをガツガツ食べるディーマ。その姿を見て、やっぱりお腹空かせてるよなと思い至る。


果物リクエストあったあと、果物を買っておいておくとディーマはちゃんと昼も食べるようになった。バナナの皮が捨てられてるのを見て安心する。


一緒に市場に果物買いに行って、好きな物を選ばせてみよう。という、そんなある日の休日。

朝、布団に包まるディーマを追い立てた。


「布団干すからこっちに移動して」


ディーマをベッドから椅子に移動させると、ディーマは恨めしそうに俺を見た。その視線に気づかないふりをしてシーツを外そうとすると。


「ディーマ。落ちてるよ」


剥がれ落ちたディーマの鱗だろうか。キラキラと光る青い鱗。綺麗だから、ゴミ箱にポイはしづらい。だからディーマに一応返そうとしたが。


「それ、売ればいい。高く売れるらしいよ」


俺はピンときた。

ディーマは差別されて生きてきたんじゃなくて、希少性があるから悪い人間に狙われて生きてきたのだ。


「綺麗だから、売るなんてもったいないよ」


ディーマはキョトン。


「いっぱい生えてる」


その言葉を聞いて、なんだか変な気持ちになった。高く売れるものがその身にあって、きっと今までいろいろ大変な目にも遭ったことだろう。

でもそんなことを感じさせず、素直に純粋に俺に鱗を差し出す。一歩二歩。ディーマに近づき頭のてっぺんにおでこをこつん。


売るのはもったいない。が。


実は家計が苦しい。俺は高給取りとは言い難い。

それに、このアパートはオーナーから紹介してもらって家賃も安いが、ディーマを不自由なく食わせて衣服をそろえて、いろいろと物入りなのだ。加えて、ディーマを自立させる算段もつけないと。

ずっと一緒にいたっていいんだけど、俺にもし何かがあった場合は。


本当は売りたくないけど…。将来設計のためにこれは売らせてもらおう。

ごめんな、ディーマ。

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