すきの種類
のず
第1話
仕事が終わった深夜。
寒風吹きすさぶ中、家路を急ぐ。
家に帰ったらすぐに暖房つけないと。コタツがあればなあ。コタツが懐かしい。
もう少しで家に着く。その曲がり角。
街灯の下ぼろきれのようなフードを被った、体格からして男、が蹲って家の壁にもたれかかっていた。裸足だった。この街は治安が良くまあまあ豊かで、こういうあからさまに貧しい人を見るのは初めてだった。
…。見て見ぬふりをするのは簡単だ。俺には関係ない。誰かを助けられるほど生活に余裕があるわけじゃない。
でも。
「大丈夫ですか?」
俺は足を止めて、蹲っている男に人に声をかけた。男の人は微かに動く。男の人に手を貸そうと腰をかがめる。
「寝るところがないなら、俺の家に来てください」
俺が男の人の腕に触れると、男の人はゆっくりと立ち上がった。「こっちです」と促すと、男の人はついてきた。思いの外しっかりした足取りだったので少し安心。
見ず知らずの人を家に連れて行くなんてどうかしてるかも。
だけど。
俺も困ってるところを助けられたクチだ。
あれは一年も前になる。
大学で研究室のドア開けて部屋に入った。が。研究室に入ったはずなのに、外だった。公園だった。振り返ると、そこにドアはなかった。なにこれ某有名魔法使い的な出入り口?教授は魔法使いだったのか?
そんなことを考えていられたのもわずか。振り返って何回その場を行き来しても、俺は研究室に戻れない。変な行動をしていると周囲の人に奇異な目で見られた。
混乱を極めてへたり込んでいた俺を助けてくれたのが、俺が今働いてる店のオーナー。オーナーはオーナーで、若いころ田舎から出てきて大変だったとき、手を差し伸べてくれた人がいるとか。
とにかく。情けは人の為ならず、なのだ。
俺の家はせせこましい通りにある長屋の端っこ。こんな家に連れてこられて男の人にとっては残念かもしれない。
「狭い家ですが、どうぞ」
暖房をつけ、お湯を沸かす。男の人もきっと寒いだろう。何か温かいものを。
男の人は所在なさげに部屋の真ん中に立ち、ゆっくりとフードに手をかけた。
フードの下の姿。それは。
真っ青な髪に、側頭部から生える二本の角。顔のつくりはまるで絵画。若い男だった。人間ではない男。
俺はどのくらいぼうっとしただろう。人間じゃないヒトを初めて見た。人間以外の種族もいるんだ、この世界は。へええ。
「あ、すみません。じろじろ見て」
男の人がボロボロのフードに裸足だったことを思うに、普通の人間からは差別される種族なんだろう。マイノリティは差別されがち。いくら綺麗な顔してたって、見た目が完全に違うからな。勝手にいろいろ想像して悲しくなった。
「温かいもの用意しますね。お茶でいいですか?コーヒーがいいですか?」
「…なんでも、いい」
どかりとベッドに腰掛けた男の人の、その首筋に鱗が見えた。明かりが反射してきらりと光った。
お茶をカップに注ぎ、男に差し出す。
「俺はシオ。あなたは?」
「ディーマ」
ディーマと名乗ったその男の人は、不思議だった。みすぼらしい格好だけど、オドオドしたり怯えたりしてる様子はない。差別されながらも力強く生きてきたのだろうか。とは思うけど、そんなこと聞くわけにもいかないし。
「ディーマ、お腹空いてない?足は痛くない?」
そう聞くと、ディーマは首を横に振った。裸足だったから足が痛いかもと思ったが…。平気なようだ。それからディーマは黙ってちびちびとお茶を飲んでいたが、だんだんとその動作ものろのろ。
「眠いならもう寝たほうがいい。そのベッドを使って」
テーブルにカップを置くと、ディーマは横になった。俺のベッドを占領されてしまったけど、不思議と不快な気持ちもなく。人助けをした夜は更けていった。
翌朝。
「ディーマ、仕事に行ってくる」
俺の仕事は商業区にある服屋だ。店に出たり、工場で作った服を運んだり。オーナーのパシリをしたり。
「お腹が空いたらパンでも食べてて。買い物に行くなら…お金を置いておく。鍵は閉めて、表の植木鉢の下に隠しといて」
コインを数枚テーブルの上に置くと、ディーマは珍しそうに一枚手に取った。ううーん。心もとないその行動。
「買い物行くのがイヤなら、ここにパンがあるから。それじゃあ、行ってきます」
再度キッチンの棚のパン籠を指差して念押しして、家を出た。風がぴゅーぴゅー吹いて身を縮こませる。今日も今日とて寒い。
家は断熱バッチリとはいいがたいが、暖房はついてるし布団はあるし。路上ではない場所で、ディーマは寒さをしのげている。
「おはようごさいます!」
俺が店に入ると、オーナーもすでに出勤していた。
「おう、おはようシオ。昨日は遅くまでありがとう。今日は早めに帰ってくれよ」
たまに深夜までの残業もあるけど、その分給料ももらえるし早上がりできるし。オーナーに拾ってもらえて俺は運がよかったと思う。
ディーマも、俺に助けてもらってよかったと思ってくれればいいんだが。
オーナーの言葉に甘え、その日、俺は定時より前に上がらせてもらった。まっすぐ家に帰らずに商店街に足を向ける。ディーマがまだ家にいるのなら、何か温かい物を食べさせないと。
肉屋で鶏肉の団子を見つけ、ああそうだこれと野菜でスープにしようと段取りをつける。パンも買い足しておいて、それと…。
買い物を終え、そろそろ家に帰ろうとした商店街の外れ。そこに露店が出ていた。
「兄さん、買って行かないか。手足に塗るオイルだよ。細かい傷を治すのにも効き目があるよ」
ディーマの足を思い出す。裸足の足。平気だと言っていたけど。
「一本ください」
オイル小瓶を一本購入。露店で売ってるわりに意外と高価だった。
こんなに食料買って、オイルまで買って。ディーマはすでに数枚のコインを持ってどこかに行ってしまったかもしれない。俺は一体何をやってるんだろうな。
そう思いながら日が傾く街を家に向かって急ぐ。
きしむ玄関ドアを開ける。
朝と同じ格好で、ディーマはベッドの上にいた。お金は減ってない。鍵の位置もそのまま。パンも減ってない。
「ディーマ、お腹が空いてないか?」
「…食べても食べなくてもいい」
いや、食べなきゃお腹空くだろ。
「温かいものを作るよ」
たいした料理はできない。俺にできる料理といえば、野菜をなんでも入れたスープとか。肉を焼いてなんかのソースで味付けするとか。今日は鶏団子のスープだ。
手の込んだ料理ではないけど、ディーマは文句言わずにもくもく食べた。
「食べ終わったらシャワーを浴びて」
そう促すと、ディーマはその場で服を脱ぎ出した。慌てて止める。
「狭いけど脱衣所あるから」
風呂場の扉を指差すと、ディーマは半裸のままスタスタ歩いていく。変な奴だ。でも憎めない。
それに綺麗だ。人間離れした美しさ。そりゃ人間じゃないんだけど。あの角も鱗も。
食器洗いをしながらさっき見た半裸をぼーっと思い出す。整った顔も相まって、男だけどやたらと色気が…。
ガチャリと浴室のドアが開く。びしょ濡れのまま、申し訳程度にタオルを下半身に巻いて出てきた。世話が焼ける。色気があるかないかは考えない。相手は男だ。
「ディーマ、風邪を引くよ」
バスタオルで体を拭いてあげる。鱗が生えてるところは、その流れにそって優しく優しく。髪も優しくわしゃわしゃ。
「これを着て」
俺の寝間着を着せると、ディーマは匂いをくんくん嗅いだ。臭くないだろ。洗濯したやつだ。
「ディーマ、足を見せて」
足の裏を見ると、切り傷のような怪我はしてなかった。さっき買ったオイルをディーマの足裏に優しく塗り込む。ディーマは物珍し気に見てたけど、されるがままだった。
「この家に、いたいだけいていいよ」
お人好し発言を思わずついぽろり。行くあてがなくて道端で蹲っている姿を思い返すと…。ベッド取られて俺が床で寝ることになっても、ディーマを追い出すなんてできなかった。
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