第二十話

 長瀬くんが案内してくれたお店は大通りから少し外れたところにある、ちょっとした隠れ家みたいなお店だった。テーブルはそれほど多くなく、両手の指で数えられるくらいしかない。なんというか北欧テイストの家みたいな雰囲気の、落ち着けるところ。


 良いお店だな、って思って長瀬くんに


「こういうところ、よく来るの?」って聞いたら、

「普段は来ないけど、今日のために調べたんだ。恥ずかしいから内緒な?」

 と茶目っ気たっぷりに返されて思わず笑ってしまった。


 そんなやり取りをしていると店員さんがメニューと水差しを持ってきた。水差しには何かわからないけれど、ハーブのようなものが浮かんでいる。注がれた水を飲むと、スッとした香りが鼻を通り抜けてなんだか喉もひんやりと落ち着くような気がした。


 メニューを二人して眺める。が、どれも美味しそうで迷ってしまう。

 こっちのペスカトーレ美味しそうだな。でもこのボンゴレロッソも捨てがたい。シンプルにペペロンチーノというのももちろんあり。ううん、悩ましい。

 吟味した結果、私はカルボナーラを。長瀬くんはボロネーゼを注文した。


 少し待って運ばれてきたパスタはすごく美味しかった。

 一口食べれば、しっかりと味の染みたパスタと絡んだとても濃厚なチーズの味が口いっぱいに広がって、最高。

 長瀬くんも美味しそうに食べている。なんだか子供みたいでちょっと可愛らしい。


 ほんの少しの時間だと思うが、そうして眺めていると、長瀬くんは私の視線に気づき、何を思ったか「食べる?」と言ってきた。そしてそのままフォークに綺麗にパスタを巻いてこちらに差し出してくる。


 え、え、え? これ、食べるの? 長瀬くんは何とも思ってないの? だってこれって――


 長瀬くんを見るが、彼は不思議そうに「ん?」と首を傾げて見せた。ダメだ。絶対わかってない。


 覚悟を決め、差し出されたフォークを口にくわえる。――瞬間、顔が沸騰した。

 恥ずかしさとか居た堪れなさとか、そういうものがごちゃごちゃに心の中を掻きまわしていくのがわかる。

 熱くなってしまった顔を覆い隠したいのを必死に堪えてもそもそと咀嚼するが、当然味なんてわかるはずもなく。


 長瀬くんの「美味いだろ?」くという言葉に辛うじて「う、うん」と答えてから頑張って飲み込んだ後は、グラスに残った水で心と体を落ち着かせた。


 なんというか、どっと疲れた。

 今すぐベッドの枕に突っ伏して足をバタバタしてしまいたい。

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