第十九話
今、私がいるのは、約束の地点からほど近いカフェの中だ。
万が一にも遅れるわけにはいかない。でもあんまり早く行き過ぎるのも何だか恥ずかしいので、こうしてここで待機している。
ちなみにここに来たのは午前九時半。そして約束の時間は午前一一時。
……わかってる。早すぎることくらい。でも仕方がない。だって家にいても落ち着かなかったのだから。
髪型だって、メイクだって、服装だって、何度鏡を見ても正解なんてわからないし、本当にこれでよかったんだろうか、と考えだしたら止まらない。
だったら、と開き直って家を早々に飛び出し、待ち合わせ場所の付近をうろうろした挙句に辿り着いたのがここのカフェだ。
そして現在、午前一〇時四五分。約束の時間の一五分前になった。
私は待ち合わせの場所へと向かうべく、そっと席を立った。
約束の場所へとやってくると、長瀬くんはまだ来ていなかった。
とりあえず、一安心。待つのは全然かまわないけれど、待たせるのは嫌だしね。
そわそわして落ち着かない。
足裏の感覚が鈍くて、ちゃんと地面に立てているのかわからない。
そうして待つこと三分ほど、約束の一〇分前になって長瀬くんが現れた。
彼は軽い調子で右手をあげると、同時に笑顔をこちらに向けてくる。
「よ、お待たせ」
「こ、こんにちは」
私服の長瀬くん! カッコいい! いつもカッコいいけど、二割増しくらいカッコいい!
ダメだ。馬鹿になってる。でもカッコいいんだもん。仕方ない。
そうだ、ちゃんと褒めないと。でも何て言えばいいんだろう。そんな風にまごついていると――
「髪切ったんだ? 服とも合ってるし、めっちゃ可愛いじゃん。よく似合ってる」
先を越された。長瀬くんはさらりと言ったけど、私に与えた影響はそんな些細な物じゃない。
顔に熱が急速に昇ってきて沸騰しそうなくらい熱い。恥ずかしい。前を向いていられない。
俯き、口を金魚みたいにぱくぱくとさせてから、なんとか言葉を絞り出した。
「…………ぁ……ぅ……ぁ、ありがとぅ……」
う、嬉しいけど! すごく嬉しいけど!
これがリア充と非リアの差なの?! こういうこと普通にさらっと言っちゃえるの?!
ああ、もう駄目だ。きっと耳まで真っ赤だし、なんだこいつって思われてる。でも仕方ないじゃない。慣れてないんだから。
だけど長瀬くんは気にした様子はなく(俯いてるからあまり見えてないからなんとなくだけど)「ん、じゃあ行こうぜ」とゆっくり歩き出した。私も「う、うん」と返事をして、遅れないようにほんの少しだけ後ろを着いていく。
少し歩くと落ち着いてきた。一体どこに向かっているんだろう。確か軽くお昼を食べて――って言ってたからファストフードか何かだろうか。
……今さらだけど、私も考えておくべきだったのかな? 今日ここに来ることでいっぱいいっぱいになっちゃって、何も考えてなかった。どうしよう。
「ねね、今、どこに向かってるの?」
意を決して長瀬くんに話しかける。すると彼はゆっくりとこちらを振り向いた。
「前にパスタが好きって前言ってただろ? 予約しといたからその店。今さらだけど、そこでいいか?」
「う、うん。……ありがと。でも私、そんなこと言ったかな?」
首をひねる。確かにパスタは大好きだけど、そんなこと言った覚えがない。メッセージにも多分、書いてない。だが長瀬くんは「言ったよ」と軽い感じで流してしまう。まあ大したことじゃないからいいんだけども。多分どこかで言ったのだろう。
「それよりさ、今日お昼食べた後、何かやりたいことある?」
「うーん……ごめんね、今何も思いつかないや」
「じゃあさ、俺に任せてもらってもいい? 行きたいところ、あるんだよね」
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